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♪20.懺悔

 219号室の前。妙な緊張をしているあたし……。

 何の心配をしてるんだか……。

「いーい?」

 軽く握った右手の背を扉に当てる畝奈。あたしの顔色を伺っている。こっくり頷くと、畝奈はリズムよくコンコンとノックした。

「ちょっ……ちょっとタンマっ!」

 反応した声は、お姉ちゃんではなく、そのルームメイトであり憎き天敵獅子倉茉莉花。めちゃめちゃ焦っている様子。チラッとこちらを見た畝奈は変な顔をしている。

 あたしは部屋の中から見えないように壁に背を預けてしゃがみ込み、耳を欹てた。なんだか騒がしい。他にも誰かいるのだろうか? 奥のほうでガチャガチャ音がする。

「忙しいのかなぁ?」

 畝奈が小声で問いかけてくる。同時に首を傾げ、もう一度扉に向いた。

「わーっ! 違うって、違うからやめろってばーっ!」

 すぐあちら側で聞こえた必死の訴えとともに、ものすごい勢いで扉が開いた。と同時に飛び出してくる獅子倉茉莉花。鉢合わせる形になった畝奈に気付き、固まった。

「えーっとぉ、お取り込み中すみません……」

「あ……え、えっと……君は確か……夏音のルームメイトのかわいこちゃんだよね? ぼくに何か用かい?」

 慌てふためいた形相だったくせに、一瞬でキャラチェンした獅子倉マリバッカ先輩。1年生を目の前に、急にチャラ娘モードに早変わり。さすがです。さすがマリバッカ先輩。あっぱれです。

 ちなみにしゃがみ込んでいるあたしには気付いていない模様。まぁ、今はそれどころじゃないかもね。ならば今のうちにと、ちょっとだけ部屋を覗き込んだ。

 おバカチャラ娘の背後、部屋の奥のほうには黒い何かを持ち上げているお姉ちゃんがいた。今にもそれを投げつけそうな投球フォームである。

「はい、御代田畝奈です。んっとぉ、今日お出かけしてきたので、お土産のお裾分けに」

 畝奈には見えていないのだろうか? 閻魔様の形相のお姉ちゃんが……。いや、まぁ見えていたのであれば、さすがの畝奈もおいとまするだろうけど。

「ぼくにわざわざ? ありがとう、嬉しいな」

 これが俗に言う『キラキラスマイル』というやつだろうか。ムカつくけど、取り繕った獅子倉茉莉花はやっぱりかっこいい。ムカつくけどかっこいい……。

 だけど、その王子様っぷりが通用しないのが相葉姉妹なんだなー。残念でした、マリバッカ先輩。

「まーぁりーぃかーぁっ!」

 叫ぶと同時にお姉ちゃんの手から放たれた黒い物体。引きつった顔で振り向いた獅子倉マリバッカのおでこにクリティカルヒット。もろにくらって「うぎゃっ!」としゃがみ込んだ。

「少しは反省しなさいよねっ!」

「いててー……。顔は狙うなよぉ、しおーん」

 ふんっと鼻を鳴らして、お姉ちゃんはあたしの視界から消えた。逆に、情けない声で悶絶している哀れ王子は、あたしと同じ目線で項垂れている。

「だっさ……。ざまぁ」

 思わず声に出た。その声に顔を上げた獅子倉バカ茉莉花が、あたしのどアップを見て目をひんむいた。

「しーしくーらせーんぱーい、かーぁこわるーい」

 ニヤつきながら歌うあたし。畝奈はこの状況におどおどしている。普段、相葉姉妹の前ではかっこつけたりしないこいつでも、さすがに1年生の畝奈が見ているのであくまでイケメン女子を装おうとしているらしい。

「い、いやぁまいったなぁ。ぼくの顔にたんこぶでもできたら困るし、畝奈ちゃん手当してくれる?」

 動揺している畝奈の手を握り、「君が介抱してくれたら治るんだけどな」とキザな台詞をかましている。とことん貫き通すらしい。

 ふと足元を見た。先ほどの黒い物体があたしの脇に落ちている。おもちゃなのだろうが、実に物騒な形状だった。

 ヘタレ獅子倉茉莉花が畝奈に気を取られているうちにと拾い上げた。ずっしりとした重厚感がある。本物を触ったことはないが、本物みたいだと思った。

 これ、まともに喰らったの……?

 いったそー……!

 哀れんだのは一瞬で、いつまで畝奈の手を握ってんだと睨み上げた。畝奈の目は腕にぶら下げたお土産と、チャラ娘に握られた手の間で行ったり来たりしている。頬もちょっと赤い。騙されている。畝奈まで騙されている。

「しーしくーらせーんぱーい?」

 あたしがドスを効かせて呼びかけると、殺気を感じた獅子倉茉莉花がギョッとして振り返る。目があった瞬間、握っていた畝奈の手をパッと放し、「や、やめろっ!」と両手の平をこちらに向けた。

 その黒い物体は、拳銃のおもちゃ。そしてあたしはスナイパーのごとく、チャラ娘に狙いを定めている。

「マジでやめろっ。それはただのおもちゃじゃないんだぞ!」

 取り繕うのも忘れ、獅子倉茉莉花が青ざめた。

「ただのおもちゃじゃない? なによ、じゃあ本物とでも言うわけ?」

 その慌てた表情がおもしろく、あたしは銃口をヘタレチャラ娘に少しずつ近付けていく。チャラ娘はそれに併せて後ずさる。ハテナ顔の畝奈は首を傾げていた。

「こらっ、かのーん?」

 その時、あたしの脳天にコツンと衝撃が落ちた。思わず「痛っ」と声が漏れる。サッと拳銃を取り上げられ振り返ると、仁王立ちのお姉ちゃんが怖い顔で見下ろしていた。

「廊下に出るか部屋に入るかしなさいよ。ドア開けっぱなしで騒いでたら近所迷惑でしょ!」

 お姉ちゃんに一喝され、あたしもヘタレ先輩も「ご、ごめんなさいっ」と慌てて部屋に入った。キョトンとしたままの畝奈も引き入れる。どさくさに紛れて入室したので変な空気になった。とりあえずお姉ちゃんの機嫌が悪い。

「あのぉ……」

 畝奈がおずおず切り出す。明らかにもめていたお姉ちゃんたちが、畝奈に気まずそうな顔を向けた。あたしはお姉ちゃんたちに気まずいが、この空気のどさくさに紛れて、カラオケを離脱した件が流されることを願う……。

「お土産、持ってきたのでどうぞ」

 謎のお菓子が入った箱をお姉ちゃんに差し出す畝奈。「半分だけなんですけどね」と付け足す。

「あ、ありがとう。畝奈ちゃん……」

 ぷんぷんオーラが出ていたお姉ちゃんだったが、なんとかそれを治めようとしている。ちなみに全く隠し切れていない。顔がひきつったまま受け取った。畝奈はホッとしている。獅子倉茉莉花は気まずい表情のままだった。

「ちょっと冷やしてもらってくるよ。ズキズキしてきた」

 クリティカルヒットしたおでこを摩る獅子倉茉莉花。逃げるつもりだ。こいつまともな理由を付けたが逃げるつもりだ。確かに実際にに痛そうではある。長い前髪から覗くたんこぶが結構赤く育ってきている。

「あっそ。行ってらっしゃーい」

「ちぇっ、マジで顔はやめてって言ったのに……」

 冷たく承諾したお姉ちゃんにぶつくさ言いながら部屋を出るヘタレ獅子倉茉莉花。いつもよりちょっと背が丸く見えた。バタンと扉の閉まる音と同時に、お姉ちゃんはどっと疲れたと言わんばかりのため息をついた。

「はー……。茉莉花のやつ、ほんっとこりないんだから」

「何かあったの? お姉ちゃん」

 口にした途端、愚問だと気付いた。何かあるのはいつものことだ。ギロリと向いたお姉ちゃんの目が怖い。まだ機嫌が直ってないらしい。全然怖い。

「んで? 夏音は謝りに来たわけ?」

 お姉ちゃんがスッと目を細めた。ぷんぷんオーラが沈下しきれていない。怖い。お姉ちゃん目が怖い。

「えっと、えっと、畝奈がお土産渡したいって言うから、あたしもついてきてあげただけであって……」

「ふーぅん? 謝らないのね? せっかくのカラオケに強引についてきておきながら、勝手にすねて勝手に帰って雰囲気壊しておきながら? 謝らないっていうのねー?」

 ジト目が怖い。いつもよりお姉ちゃんの身長が高く感じる。思わず俯いた。

 八つ当たりじゃないのは分かっている。あたしが悪いから怒っているのは分かっている。でも、どうしてもその謝罪が言葉にならなかった。しばらくの沈黙のあと、口火を切ったのは畝奈だった。

「夏音ちゃん、汐音先輩たちとカラオケ行ってたの?」

「え、えっとぉ……行ったってゆーか……」

「やっぱりそうかなって思ったけど、嘘はよくないよね?」

 畝奈にも責められ、あたしは縮こまるしかなかった。お姉ちゃんの「嘘ついて来たわけ?」という呆れたため息が聞こえた。

「ごめん、畝奈ぁ……。もう嘘つかないから……」

「もー、約束だからねぇ?」

 畝奈は俯くあたしの頭を「しょうがないなぁ」とわしゃわしゃした。おずおず見上げるとにっこり微笑んでくれた。

「なんですねて帰ってきたかは知らないけど、雰囲気壊しちゃったんなら汐音先輩にもごめんなさいしないと、ね?」

 子供に言い聞かせるような口調で、畝奈が覗き込んできた。目で「ね?」ともう一度促される。

「だってさぁ、お姉ちゃんたちだってさぁ……」

 見とれていた光景が蘇る。アップテンポに乗せたハスキーボイスが、ちょい悪王子様みたいな出で立ちが。確かにあたしは釘付けになっていた。かっこいいと思ってしまった。またも頬が熱くなる。

「あたしたちが、なに?」

「お姉ちゃんたちがさぁ、あたしのことからかうからさぁ……」

「へー? あたしたちが悪いんだぁ?」

 問い詰められて押し黙る。ぐぅっという変な音が喉で鳴った。

「夏音、そろそろ認めたらどうなの?」

「……認めるって……何を?」

「あいつの、茉莉花のことよ」

 今度はお姉ちゃんの手が頭に乗ってきた。でもそれは畝奈のような優しい手つきではなく、ぐっと圧力を感じる。

「夏音、いーい? あいつはバカでだらしなくてチャラくてどうしようもないけど、あいつにはあいつのいいところがあるの。分かるでしょ? 夏音はおりこうさんだから分かるよね?」

 頭上の圧が強まる。頷きを強要されているようにも思えたが、頷いたのは自分の意思でだった。

「分かってるよ……。お姉ちゃんの大事な人って言いたいんでしょ?」

「夏音はあたしのことが大好きだからあいつに嫉妬するのは分かってる。いちいち鼻につくのも分かってる。でもね……」

 お姉ちゃんが一度言葉を切る。そして、ギュッとあたしを抱きしめた。

「あたし、あいつじゃなきゃダメなのよ……」

 何も言えなかった……。お姉ちゃんは涙声だった。それは惚れた弱みゆえの悔しさか、自分の愚かさにか。容姿も心も幼稚なあたしには分からなかった……。

「あんなやつでもね、あたしにとっては特別なの。ムカつくけど唯一無二なの。ごめんね、ごめんね、夏音。お姉ちゃん、バカでごめんね……」

 なんで謝るの? そう言いたかったけど、あたしはただ、黙ってお姉ちゃんの胸に顔を埋めることしかできなかった。震えるお姉ちゃんの腕に、ただ抱かれていることしかできなかった。

 なんか、懺悔みたいで。お姉ちゃんがこのままいなくなっちゃいそうで。さよならを告げられたようで……。

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