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♪2.それなのに

 それなのに……。

「お姉ちゃんっ! どういうことよこれーぇっ」

「ち、違うのよ夏音っ。こ、これは……」

「何がどう何と違うわけぇ? 何がどう違ったら全裸で寝るわけよーぉっ」

 星花女子学園に入学した翌日、あたしは衝撃の事実を知った。

 入学式の後、さっそくお姉ちゃんと感動の再会をするつもりだったのだが、荷ほどきやら寮の案内やら注意事項やら云々かんぬんで、気が付けば夕食の時間、気が付けば入浴の時間、気が付けば初めてのベッドでこてんと寝ていた。

 というわけで昨晩9時にぐっすり寝てしまったよいこのあたしは、今度こそ感動の再会をと、お姉ちゃんの自室である219号室へ早朝5時に忍び込んだのだった。

「誰なの何なのっ? なんで全裸のお姉ちゃんと男が寝てるわけぇ? そもそもここ男子禁制じゃ……」

 あたしがものすごい剣幕で託し立てると、正確にはパンティ1枚のお姉ちゃんは慌てて掛け布団で胸元を覆った。

 お姉ちゃんがたぐり寄せたことにより、後頭部しか見えていなかった添い寝の男の、すみれ色のジャージの肩先までがずるりとお目見えする。甲高いと言われるあたしがキャンキャン叫んでいるのに、のんきにぐーぴー寝ていらっしゃり、余計に腹が立つっ。

「夏音、落ち着いて? あたしが裸で寝てるのはいつものことで、こいつはその……」

「はぁっ? いつものことぉ?」

 この星花女子学園には桜花寮という2人部屋がある。2つ並んだデスク、2つ並んだクローゼット、2つ並んだベッド。なのに、ベッドはちゃんと2つあるにも関わらず、お姉ちゃんとガン寝男は同じベッドに寝ているのだ。

 すっからかんの隣のベッドにはお姉ちゃんの物と思われる桜色のジャージ。サイドに白のラインが2本入っている。あたしの視線に気付いたお姉ちゃんは、綺麗に畳まれたそれを手に取り、いそいそと袖を通した。下にTシャツとか着ないわけ? と急いでチャックを上げる手元をジト目で見てやった。

「こいつはその……」

 お姉ちゃんは珍しく顔を赤らめている。もじもじと動かす指先に視線を落としたり、そうかと思えばあたしと添い寝男をちらちら見比べたり忙しい。

 おかしい。怪しい。いつも堂々としていたお姉ちゃんがこんなに挙動不審にしているのを見たことがない。

 1年前まで一緒に住んでた頃は裸でなんか寝ていなかった。長女のお姉ちゃんのおさがりの、ブタさんプリントパジャマを愛用していた。お姉ちゃんが入寮してからこの1年はあたしがボタンを付け直して着ていたが、だからってパジャマがないから裸で寝ていたというわけではないはず。現にピンクのジャージは上下揃っている。

 強くてかっこよくて、優しくていつも堂々としてて……そんなお姉ちゃんがここまで動揺するなんて……。

 気付けばあたしの目には涙がにじんでいた。自分で稼いだ売り上げ金で学費はどうにかするから、と両親を説得してまで追いかけてきたというのに……この1年でお姉ちゃんは変わってしまったのか……。

 裏切られた気分で悔しくなった。

「お姉ちゃんのバカぁぁぁ」

 まだジャージは上着しか着ていないお姉ちゃんのウエストにしがみつく。自然と頬に胸の柔らかい感触がした。

 胸に顔を埋めてでべそをかく妹にびっくりしたのか、お姉ちゃんは少し躊躇ってからあたしの頭を撫で始めた。お姉ちゃんがいなくなった夜にお母さんが撫でてくれたことを思い出す……。

 気持ちがいい。やっぱりお姉ちゃんは優しい。やっぱり何かの誤解だ。あたしは何か誤解してるだけなんだ。こんなに優しく撫でてくれるお姉ちゃんが男を連れ込んでるわけが……。

「うっさいなぁ……まだ5時にもなってないじゃんかよぉ……」

 その時、お姉ちゃんの背後からカサカサのハスキーボイスが聞こえた。そして、けだるげに寝返りをうったガン寝男と目が合う。衝撃のあまりあたしが目をひんむくと、あちらも浅い瞬きをぱちぱちと2度した後、同じように目をひんむいた。

「お、おんな……? 女? オンナ?」

 イントネーションの定まらないあたしを見て、ガン寝男ならぬ、ガン寝女はガバリと身を起こし口をパクつかせた。

「え。え? 誰?」

 そちらさんこそ、と口から出るより先に、お姉ちゃんに視線が向く。同時にガン寝女もお姉ちゃんに向いた。

「もしかして、妹?」

 一旦お姉ちゃんに向いた視線が戻ってくる。あたしとお姉ちゃんがほぼ同時にこっくり頷くと、ガン寝女は「あぁ、やっぱり」とにんまり笑った。

「なによ、文句ある?」

 あたしは口を尖らせて精一杯威嚇する。もっとも、この威嚇顔はいつも、すねてる小学生にしか見えないと笑われるのだが……。

 ガン寝女は起き上がりながら手櫛で髪を整えると、改めてにっこり笑う。少し茶色がかったゆるふわパーマのショートボブのおかげで、やっぱりチャラ男にも見える。

「初めまして。汐音しおんの妹の夏音ちゃんだろ? ぼくはね……」

 ……だろ? ……ぼく?

 厨二病というやつだろうか? それとも最近話題になっているセクマイというやつだろうか?

 どちらにしても初めて間近でお目にかかる新種。きょとんとしているうちに名乗っていた気がするが、あたしの頭はそれどころじゃなかった。

 お姉ちゃんは固まるあたしの両腕を解き、やれやれといった感じでジャージのズボンに足を通している。この1年で少し太っただろうか、お姉ちゃんのむっちりした太ももが色っぽい……。

 そうじゃなくてっ!

「お姉ちゃん、なんで一緒に寝てるの? おかしくない? いくらルームメイトっていってもおかしくない? 裸だよ? お姉ちゃん裸だよっ?」

 あたしは思わず欧米人のようなオーバーリアクションで両手をバタつかせてしまう。お姉ちゃんは鎖骨の下まで伸びた赤毛をかきあげながら、ぽりぽりとこめかみをかいた。つるんとしたおでこは三姉妹そっくりと昔から言われていたなーとか思い出す。

「ちょっと夏音、落ち着いて? そもそも夏音こそなんでこんな朝っぱらからいるわけ? しかも勝手に入って来て……」

 ぐさりと刺さる。

 確かに冷静に考えれば常識外れだ。あたしの作戦ではぐっすりご就寝のお姉ちゃんのベッドに潜り込んで1・2時間ごろつくつもりだった。でもここは2人部屋、住んでいるのはお姉ちゃんだけではない。

「夏音? あたしだって会いたかったけど、こんなに朝早く来て、あたしはともかく、ルームメイトに迷惑だと思わなかったの?」

 ちょっと怒ってるっぽい。だんだん冷静になってきたあたしもしょぼんと俯く。小さなため息を1つついてお姉ちゃんはまたあたしの黒髪を撫で始めた。

「相変わらず綺麗な黒髪だね、夏音。短いのも似合ってるじゃない」

「やだよ、こんなカラスみたいな真っ黒け。お姉ちゃんみたいな赤毛が良かったもん」

 見上げるとお姉ちゃんは苦笑いした。生まれつきの赤毛がコンプレックスなのは知っている。それが原因でからかわれていたことも知っている。だけどあたしはその赤毛も含めてお姉ちゃんに憧れている。

「ごめんなさい……。昨日はソッコー寝ちゃったから早く目が覚めちゃったし、早く会いたくて……。あと、おっきい声出しちゃってごめんなさい」

 お姉ちゃんの肩に鼻を埋める。うちとは違う洗剤がしてまた少し切なくなった。そんなあたしの変化を察してくれたのか、お姉ちゃんはぎゅっと抱きしめてくれた。あたしにこんなでっかい物が付いていなければ、もっとお姉ちゃんと密着出来るのに……。

「おいで夏音。7時まで一緒に寝よ?」

「やったぁ!」

 半ば押し倒すようにベッドにダイブする。「こらこら」と笑うお姉ちゃんの奥でわざとらしいため息が聞こえた。

「あのー……ぼくは?」

茉莉花まりかはあっち」

 お姉ちゃんにスパッと言われ、茉莉花と呼ばれたガン寝女さんはしぶしぶ起き上がり、後頭部を手櫛ですきながらなにやらぶつぶつ言っている。お姉ちゃんの腕枕で満足げなあたしの顔をちらちら見ながら朝シャンの支度を始めている。

 狭いボロアパートに一家5人で寝ていた頃は、末っ子のあたしはいつもお母さんに腕枕をしてもらっていた。だけど、お姉ちゃんが入寮することが決まってからは、毎晩こうしてお姉ちゃんにくっついて寝ていた。

「汐音、ぼくはシャワーに行ってくる」

「はいはい、行ってらっしゃい。2時間くらい浴びてきていいわよ?」

 お姉ちゃんが笑いながらひらひらと手を振ると、あちらも「はいはい」とおもしろくなさげに背を向けた。

 ふと足音が止まった気がして扉の方へ目をやると、ドアノブに手をかけたままの茉莉花さんがジト目であたしを見ている。あたしが小首を傾げると、茉莉花さんは扉を閉める直前、とんでもないことを口にした。

「汐音はぼくのだからな?」

 

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