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♪19.おみやげ

 

 カラオケから逃げるように飛び出してきたあたしは、お昼ご飯も食べず、鴨ちゃんお手製のしいたけ枕を抱きかかえ、ひたすらベッドでゴロついていた。

 鴨ちゃんに会いたいが、夏休み入ってすぐにバレエの公演があると言っていた。今が1番大事な時だろう。迷惑はかけられない。

「畝奈ぁ……。早く帰ってきてぇ……」

 嘘をついてドタキャンしたくせに、あたしってば本当に都合がいい。寮でプレゼント作りに勤しんでいるはずなので、お姉ちゃんたちとのカラオケの愚痴なんて聞いてもらえないのに……。

 それでも、早く帰ってきてほしい……。

「あららら? しいたけさんが苦しいって言ってるよぉ?」

 しっとりとした声に目を開ける。ウトウトしていたらしい。霞がかった視界の中に畝奈のふにゃっとした笑顔が映った。

「畝奈ぁ……」

「ただいまぁ。よしよし、何かあったんだねぇ。お目々がウサギさんですよ?」

 ベッドに腰掛けた畝奈は、「よしよし、よしよし」とゆっくり髪を撫でてくれた。嘘をついたあたしに。涙の訳も聞かずに。ただ、ゆっくりと髪を撫でてくれた。

「ごめん、畝奈ぁ。あたし、先輩失格だね……」

「どうして? 夏音ちゃんはそのままでいいじゃない」

 言われて思い出す。『張り合わなくたって、夏音はそのままでいいんじゃないの?』という、獅子倉茉莉花の一言……。

「違うの。そのままじゃダメなの。このままじゃダメなの。あたし、こんなんじゃどんどん置いていかれちゃうもん……」

 お姉ちゃんにも、畝奈にも、獅子倉茉莉花にも……。

 しばらく黙っていた畝奈だったが、「そっかぁ」と言って隣に寝転がった。あたしがかかえていたしいたけを取り上げて、ギュッと抱きしめてくれた。日なたのにおいがした。

「お土産があるよ?」

「いらない。あたし、もらう資格ないもん」

 ぐすっと鼻を啜って、畝奈の胸に顔を埋める。

「おいしい物は一緒に食べるともっとおいしいんだよぉ?」

「もらえないもん。畝奈が1人で食べて?」

 概ね予測がついているのだろう。あたしの涙の訳は聞いてこない。それがまた申し訳なさすぎて。情けなさすぎて。

「畝奈ぁ? 来週はどっかおいしいもの食べに行こ? 夏音先輩がおごってあげるから」

 畝奈のウエストに手を回す。お天気の中ハイキングに行ったからか、Tシャツが少ししっとりしていた。

「ほんとーぉ? じゃあ焼き肉がいいなぁ」

「いいよ。ガッツリ食べて?」

「えへへ。やったぁ」

 むぎゅーっと抱きしめられて、「ギブギブ!」と畝奈の背中を叩く。スレンダーのくせに腕力ハンパない。わざとじゃないから、なおたちが悪い。

「あれぇ? そんなに苦しかった?」

「苦しいし痛いし……背骨折れるかと思ったぁ」

 顔を上げたら目が合った。ハテナ顔の垂れ目がふにゃっと更に垂れる。

「ごめんねぇ。夏音ちゃん、かわいいんだもん。焼き肉、楽しみだなぁ」

 後輩にかわいいと言われて微妙な気持ちになったが、所詮あたしはどこへ行っても妹キャラなのだろう。もう下手に先輩ぶらずに受け入れたほうがいいのかもしれない。

 ご機嫌になった畝奈は、「約束だからねぇ?」とあたしの髪をぐちゃぐちゃにした。そしてひらりとベッドから降りていく。取り上げたしいたけも忘れずに「はい」と返してくれた。

 ぱふんとそれを受け取って、ぐちゃぐちゃの髪を手櫛で整える。このぐちゃぐちゃは、嘘をついたあたしへの細やかな仕返しなのだろう。もぞもぞ起き上がりながらそう思った。

 開けっぱなしのカーテンの向こうは、すっかり夕暮れていた。長いこと転がっていたらしい。

「はーい、お土産ぇ」

 何事もなかったかのような畝奈の呑気な声に振り返る。畝奈は「じゃーん」と言いながら、お菓子の箱らしき物を高々と掲げていた。若草色の包装紙には『とみしあんこを小さくてかわいいせんべいでサンドしました』と書いてあった。

 とみしあんことはどんなあんこなのだ? あんことせんべいの和菓子コラボはどうなのだ? という疑問が脳内を埋め尽くす。

「おいしそうでしょー? 夏音ちゃんに絶対買って行こうと思ってー」

「う、うん。ありがと」

 おいしいの? それ、おいしいの? ポテチとチョコは聞いたことあるけど、あんことせんべいはどうなの? それ、おいしいの?

「ここ見てーぇ。『べ』を『ぱ』に変えると夏音ちゃんになるのー」

 畝奈が包みの一箇所を人差し指で行ったり来たりさせる。あたしはそれを声にだしてみた。

「小さくてかわいいせん……ぱ・い?」

「そう! 夏音ちゃんにぴったりでしょー?」

「あー……」

 そういうことね?

 嬉しそうな畝奈がかわいいので頷いてはみたものの、あたしは苦笑いしかできなかった。

 登山リュックの片付けもそっちのけで、丁寧に包装紙を開く畝奈。箱のサイズに比べ、大量のせんべいがこんにちはしたので唖然となった。確かに小さいとは書いてあったが、ざっと見る限り30枚は入っている。これを2人で食べるの? おいしくなかったらどうするの? という疑問と不安に、脳内は完全支配された。

「食べよ食べよー。汐音先輩にもあげようと思ってぇ」

「えっ? お、お姉ちゃんにも?」

「うん。ダメぇ?」

「い、いやぁ、ダメじゃないけどぉ……あたしは……」

 ダメじゃないけど……。

 気まずいもん……。

「私が行ってくるから、夏音ちゃんは食べてていいよー」

 言うと畝奈は、あたしの手にどっさりせんべいを乗せてきた。そしてすくっと立ち上がり、「行ってくるねー」と手をひらひらさせた。

「ま、待って! あたしも行くっ」

 あたしも立ち上がると、畝奈は「えー?」と言って振り返った。

「夏音ちゃん、お姉さんと何かあったみたいで気まずそうだったから、私だけで行こうと思ったんだけど……」

「あ、あはは……。バレた?」

 直接は会えない。また謝れだの仲直りしろだの言われたくないし。それよりなにより、見とれてたことをほじくり返されたくない……!

 ただ、お姉ちゃんが畝奈にどんな話をするのか気になるのだ。お姉ちゃんのことだからあたしの悪口や不利になることは言わないだろうが、あたしのいないところで恥ずかしいことを後輩にバラされたくない!

 そっと着いて行って、2人の会話だけ拝聴するつもり。万が一、あたしの心配が的中するようなことがあれば突入するつもりだが……。

 畝奈には、お姉ちゃんの部屋の外で待ってるからと伝えた。初めは首を傾げていたが、すぐに「うん。分かった」と納得してくれた。

 物わかりがいいのかお見通しなのか、はたまた何も考えてないのか……ふわふわしているので、あたしには判別できないところがある。

 いずれにしても、あたしの心情をちゃんと理解してくれているのだ。出来た後輩に感謝!

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