♪17.ロリ先輩の作戦
畝奈との生活は楽しい。瑠衣先輩とはまた違った楽しさがある。
瑠衣先輩との場合、100%あたしが面倒をみていた。だが畝奈とはイーブン。……後輩とイーブンなのはさておき。
畝奈はどちらかというとおっとりさん。感情の起伏の激しいあたしに1番足りないものを持っている。
そうかと思えば優柔不断なあたしとは違い、畝奈はさっぱりときっぱりと物事を決められる。
要はあれだ。冷静に判断できる優秀な後輩と、感情に踊らされるわりにうじうじと考え込むダメダメな先輩……。
「えー! 夏音ちゃん、今週も行かないのー? もう3週連続だけどぉ?」
「ごめんっ! どうしてもあげたい子がいるの。月曜日が誕生日なの忘れてたんだよー」
頬をふくらます畝奈。口調こそ穏やかだが、内心結構むくれてるっぽい。自分のおさげの先をいじいじしている。ちょっとかわいい。
7月。今日は第2日曜日。レースのカーテンから、初夏のおひさまがおはようしている。
「ごめんって。来週は絶対行くから」
あたしは作りかけのペンダントトップを机上に置き、垂れ目で睨んでるつもりの畝奈の隣に座った。
「そんなこと言ってぇ、もしかして夏音ちゃん、私と出かけるのつまんないんじゃないの?」
「……そんなことない」
「ほらっ、ちょっとイヤなんだ。私と出かけるのイヤなんだ。そうなんだそうなんだ」
くるくると毛先をいじり続けている。あたしはその奇麗に編まれたおさげを片方取り、じっと観察した。
「腰まであるのに、枝毛ひとつないのすごいね」
「ごまかさないでよぉ」
「ごまかしてないよ。ちょっと待ってて」
今日は畝奈の所属する山岳部のみんなとハイキングに行く約束をしていた。その前はこれまた畝奈が掛け持ちしている茶道部の茶話会。。その前は……何だっけ?
夏休みに入ったらキャンプに行こうだのバーベキューをしようだの、畝奈はちょいちょいあたしを連れ出そうとしてくる。色白でひょろひょろの畝奈だが、意外とアウトドア派なのだ。インドアなあたしにとってはちょっと荷が重い……。
「こっちがいいかな?」
あたしは細めのシュシュを2つ、畝奈の焦げ茶色のおさげに巻いた。リスみたいにふくれていた畝奈だったが、おさげの先を見て、いつものふにゃっとした笑顔を取り戻した。
「ありがとう、夏音ちゃん。似合う?」
「似合う似合う。畝奈は美人さんだからなんでも似合うよー」
畝奈は「えへへ」とご機嫌。あたしも単純なほうだが、畝奈も純粋がゆえにチョロい。シュシュひとつで機嫌を直してくれるのだから有り難い。
ちなみに、あたしは先週も同じ手口を使っているのだが……。
「じゃあ行ってくるねー。あんまり根つめると肩こるから、ほどほどに休憩入れてねー」
「はいはい、気をつけてねー」
じゃーねーと手をひらひらさせる畝奈を、扉が閉まるまで見送る。パタン、という音とともにデスクチェアに腰掛けた。
「さぁて、と」
ごめん、畝奈。本当は友達の誕生日だなんて嘘なの。
「でーきたっ」
お出かけに行かれないほど時間がかかるわけじゃないの。
完成したペンダントトップを小さなラッピングバッグに入れ、お星様の形のシールで口を止める。明日にでもまとめて出品しよう。時計をチラ見したら、畝奈が出てからまだ10分も経っていなかった。
そしてあたしはそそくさと身支度を始める。
今日も今日とて、お姉ちゃんのデートを邪魔するために……!
あたしは知っている。お姉ちゃんは毎週日曜日、あのチャラ娘とデートに出かけていることを。
初めはこそこそしていたようだったが、あたしの目が光っているのに気付いたお姉ちゃんが「一緒に行きたいならそう言いなさい?」と言ってきた。しかしチャラ娘と行きたいわけではないので否定した。
半ば呆れられつつも、偶然を装ってデートに紛れ込む、それがあたしの作戦なのだ!
さっそく寮のエントランスを見渡す。日曜日とあって外出する生徒が多い。が、その中にお姉ちゃんのブロンズヘアはまだ見当たらなかった。
手作りポシェットからスマホを取り出す。時刻は10時になるところ。うん、そろそろ出てくるはず。バレバレデートのくせに、いつも獅子倉バカ茉莉花が時間差で先に出てくるのだ。今日はまず、あいつを丸め込むとしよう。
「あれれぇ? 獅子倉先輩じゃないですかぁ」
いつもより1トーン高い声で呼びかけると、ちょうどエントランスに姿を現した獅子倉茉莉花がギクリと肩を強ばらせたのが見て取れた。分かりやすい。
「どこ行くんですかぁ? もしかしてカラオケとかぁ?」
「か、夏音……おはよう」
ほっぺた引きつってますけど? イケメン女子が台無しですよ?
獅子倉茉莉花は冷静さを取り戻そうとしているのか、咳払いをしながら黒いワイシャツの襟をいじりだした。
「あー、獅子倉先輩の顔見たら、あたしもカラオケ行きたくなってきちゃったなぁ。でもどうしよっかなぁ、1人だしなぁ。鴨ちゃんは今日、バレエのレッスンだし、1人じゃ寂しいなぁ……」
上目使いでモジモジしてみる。きっとかわいいはず、あたしかわいいはず。ほっとけないはず。
「へ、へぇー、夏音もカラオケとか行くんだぁ? し、知らなかったなぁ」
まだ引きつってますよ? 目が笑ってないですよ? ボー読みですよ?
あたしの魂胆はとっくにお見通しなんでしょうが、断れないようにすれば勝ちだもんね!
「ねぇねぇ、獅子倉先輩はめっちゃ歌上手いんでしょ? あたし聞いたことないなー。聞いてみたいなー」
「わ、分かってるんだぞ? 夏音はそうやってまたぼくらのデートを邪魔しようとしてるんだろ? ってゆーか、その獅子倉先輩って呼び方……」
「えぇー! デートぉっ?」
わざと叫んでみる。エントランスにこだますあたしの疳高い声に、生徒たちの視線が集まった。
案の定、獅子倉茉莉花は慌ててあたしの口を塞いだ。ニヤつきをこらえて獅子倉茉莉花を見上げると、「分かったから、分かったから!」と耳打ちしてくる。そのまま自動扉を抜け、桜花寮から引きずり出された。
「えー? じゃああたしも連れてってくれるってことぉ? やったぁ!」
獅子倉茉莉花があたしの口から手を離したのは、寮の敷地から数十メートル出たところだった。すかさず腕にしがみつき、「やったぁ、やったぁ!」と胸を押しつけた。
あたしは知っている。獅子倉茉莉花は女の子に自分からはスキンシップするが、逆にスキンシップされるのが苦手なのだ。どんなチャラ娘だ。チャラ娘が聞いて呆れるわ。
「分かった! 連れてくよっ、連れてくから放せって」
ふふっ、チョロい……。
「やったぁ!」
ニヤつきの止まらないあたしが離れると、獅子倉茉莉花は大きなため息をついてがっくりと項垂れた。
あたしは知っている。どんなに悪態ついてもはめられても、こいつはあたしを邪険にできない……。
だって……。
「ちょっとぉ!」
背後から頬を紅潮させたお姉ちゃんが追いかけてきた。今日はトレードマークのポニーテールを下ろしている。あたしの手作りの貝殻イヤリングが揺れててかわいい。似合っててかわいい。
振り返ったあたしと獅子倉茉莉花の表情は真逆だった。満面の笑みのあたしとは対称的に、隣で絶望的な顔をしている。ざまみろだ。
「お姉ちゃん、おはよー!」
「ちょっと夏音? なにまた茉莉花で遊んでるのよ。茉莉花も茉莉花よ、エントランス出たとこで待ってるって言ってたくせに。『マリッカなら妹ちゃんと出て行きましたよー』って知らない後輩に言われちゃったじゃない!」
「違うんだよ、汐音。夏音がカラオケ行きたいって言うから……痛っ」
余計なことは言わせまいと、全体重を……じゃなくて心を込めて足を踏んでやった。お姉ちゃんはいぶかしげな顔であたしと獅子倉茉莉花を見比べた後、チラッと足元を見た。すかさずサッと引いたが、見ても見なくてもバレてるだろう。お姉ちゃんもよくやる技だし。
「茉莉花、あんたが誘ったの?」
「だから違うって。ぼくは一言もカラオケ行くなんて言ってないぞ?」
2人が同時にこっちを向いたので、「あたし、鼻が効くの」と自分の鼻先をつんつんしてみせた。
あたしは知っている。歌好きな2人が3週に1度はカラオケに行っていることを。そしてその日が今日であることを。
不機嫌なネコみたいな目つきで、お姉ちゃんはチャラ娘に物言いたげな視線を向けている。当人はご機嫌取りのつもりか、へらりと笑ってみせたが、今度は逆の足をお姉ちゃんに踏まれたらしく、「ぎゃ」と小さくもだえた。
「しょうがないなぁ。じゃあ一緒に来てもいいけど、あんまり茉莉花で遊んじゃダメよ?」
「はぁーい!」
さっそくお姉ちゃんの腕に抱きつき、「行こ行こ!」と先導する。チラリと振り返るとしぶしぶ着いてきた獅子倉茉莉花と目が合ったのでベーっと舌を出した。つまらないことに、獅子倉茉莉花のリアクションといったら「はいはい」とめんどくさそうな顔をしただけだった。
あたしは知っている。獅子倉茉莉花がお姉ちゃんをどれだけ大切に思っているかを。大事にしているかを。大好きなのかを。
でも、それはあんただけじゃないからっ!