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♪15.どこかの誰かさん

 どこかの誰かさんと同じく下着姿で就寝……。1年前の出来事を思い出す。

「誰っ? 誰っ? ここ、あたしの部屋だけどぉ? 305号室だけど? っていうか誰っ?」

「んーっとぉ……」

 鴨ちゃんもどきの白鳥少女がのっそりと起き上がる。腰まで伸びた髪が肩を滑り、薄桃色のブラジャーを覆っていく。ベッドにぺたんと座り、あたしに軽く頭を下げた。

「私は御代田みよた畝奈せなって言います。あと……んっと、今日から305号室に入寮します」

 へにゃっと笑顔を向けるその少女、御代田畝奈は、ベッドの下に置かれていた学生カバンから生徒手帳を取り出した。「はい」と差し出されましても……。

「え、じゃあ1年生? 今日からあたしのルームメイトってこと?」

「そう……みたいですねぇ。じゃあ、あなたが相葉先輩ですか?」

 慣れない呼び名に、ぞわっと鳥肌が立つ。どうやらこの子はルームメイトの名を聞いていたらしい。だがあたしは新しいルームメイトが入ることすら聞いていなかった……。

「うん、2年の相葉夏音。……あたし、何も知らなかったからびっくりしちゃったぁ。っていうか、その、先輩って呼び方気持ち悪いから夏音でいいよ」

「かのん……先輩」

「いや、だから『先輩』はいらないって」

「んーっとぉ……」

 御代田畝奈は下着姿のまま立ち上がった。身長も鴨ちゃんくらいある。165センチくらいだろうか。見下ろされるのには慣れているけれど……。

「かのん、さん」

「……さん、もちょっと……。夏音ちゃんでいいよ、夏音ちゃんで」

「夏音ちゃん……」

 そのまま何度か「夏音ちゃん、夏音ちゃん」と反芻し、なにやら納得したようにうんうんと頷いている。低めだがしっとりした声が耳に心地よい。

「私のことは畝奈でいいですよ、夏音ちゃん」

「畝奈かぁ……可愛い名前だね。敬語も使わなくていいから。あたし、年上っぽくないし、一緒に寝泊まりしてるのに息がつまるでしょ?」

「いいの? 夏音ちゃん。優しいね、夏音ちゃん」

 連呼するのは練習がてらなのだろうか? とろんとした垂れ目は寝起きだからではなくデフォルトらしい。のんびりした口調もそうなのかも。

 ところで……。

「なんで下着だけで寝てるわけ? 服は?」

 畝奈は「あー」とたった今思い出したらしく、自分の姿を見下ろしている。天然なのか?

「お荷物を宅急便で送ったんだけど、まだ届いてなくて。入寮生が多いのかなぁ?」

「……にしても着てきた服があるでしょうが」

「んー、シワになっちゃうしぃ……」

 畝奈の視線を辿る。開いたままのクローゼットに丁寧に吊されているドレス。いや、シックなワンピースか。服1枚を見ただけでいいとこのお嬢様なんだと直感した。

 まぁ相葉家以外、この学校のほとんどの生徒がお嬢様なんだけど……。

「だからって、初対面の人との部屋でそんな格好で寝ないでしょ、普通。着るものないなら貸してあげるからぁ」

 あたしは完成直前の着ぐるみパジャマを差し出した。ピンクの垂れ耳うさぎ。まだ袖と裾にゴムをいれていないので、出品は今週末を予定していた。基本だぼだぼに作ってあるので、すらっとした畝奈にも問題なく着れるはず。

「可愛いっ! これ、どこで買ったのぉ?」

「可愛いでしょ? 手作り。アクセとか服作るの得意でね、フリマサイトで売ってんの」

「すごぉい!」

 あたしはえへんと胸を張る。純粋に感動している畝奈は、一見大人っぽく見えても先月まで中学生だったんだなと思わせるいじらしさがあった。角度を変えて見たり、垂れ耳をもみもみしてみたり。「すごぉい!」を連呼している。

「それ、お近づきの印にあげるよ。後でゴム入れてあげるから」

「いいのお? ありがとう!」

 畝奈がうさぎごとあたしに抱きつく。ブラの刺繍の感覚が生々しい。あたしは子供を宥めるように「はいはい」と畝奈の背をぽんぽんした。

 荷物が届いたのは、それから2時間程経った頃だった。制服のまませっせと受け取るおチビのあたしと、それをのんびり運ぶ着ぐるみパジャマのままの長身の畝奈。傍から見たらおかしな光景だっただろう……。

 瑠衣先輩を迎え入れた日と同じく、畝奈の荷物の開梱を手伝った。だが、瑠衣先輩とは全く違い、生活用品も服もキチンと整頓されて入っていた。高そうな洋服たちを取り出す度、やっぱり上流家庭なんだなぁと確信させられた。

 そ、そんなお嬢様に、ウサギの着ぐるみパジャマなんぞを着させて申し訳ない……。

 一息ついたのは夕飯の直前。「お腹ぺこぺこだねー」とベッドに腰掛けたところで、あたしのスマホがピロンとメッセージの受信を知らせた。

『やほー! 心配かけたみたいだけど、明日は元気に学校行くからねー!』

 ……鴨ちゃんだった。

 あまりの動揺と忙しさですっかり忘れていた……。いや、忘れてたわけじゃないよ、忘れてたわけじゃないよ鴨ちゃん。ちょっと用事ができたからお見舞いに行けなかっただけなんだからねっ? 鴨ちゃんが具合悪かったこと、忘れてたわけじゃないんだからねっ?

 お見舞いにお邪魔すると伝えてたわけじゃないのに、鴨ちゃんへのというより、自分へのいいわけが先行する。恥ずかしさと情けなさで、あたしのスマホを持つ手が固まった。

「どうしたの? 夏音ちゃん。何かあった?」

 首を傾げた畝奈の頭で垂れ耳が揺れる。

「……ううん。ちょっとね……」

 あたしはしばらく考えたあげく、『良かった! 明日ねー』と返信し、デスクにスマホを置いた。なんだか自分が偽善者のようで、罪悪感に襲われた……。

 食堂と浴場が初めてだからということで、あたしは畝奈を案内しつつ夕飯と入浴を済ませた。その間も鴨ちゃんへの罪悪感でモヤが晴れなかった……。

 ドライヤーをかけている畝奈は、まだウサギパジャマを着ていた。パジャマは? と聞いたあたしに、畝奈は「いいの」と一言。よほどウサギパジャマが気に入ったのだろうか……。

 あたしも愛用のアヒルパジャマに腕を通し、今日配られたばかりのピカピカの教科書たちを引き出しにしまう。ドライヤーの騒音のせいで音量バカになっている畝奈が「アヒル可愛いー!」とデカい声で指を差してきた。

 今夜から独りなんだと思っていた。瑠衣先輩がいないのは寂しいけど、おっとりとした性格は瑠衣先輩と似てる。そこになんだかホッとする……。

 一通り明日の準備が終わったところで、デスクに置いたスマホがピロンと鳴った。また鴨ちゃんかな? そう思い手にすると、差出人のアカウント名は『SHION』と記されていた。

『部屋にいる? 寂しくない?』

 心配してくれている……。さすがお姉ちゃん、あたしのサミシンボっぷりをよく分かってらっしゃる。寂しくないわけじゃない、でも今は寂しくない……のかなぁ?

 何て返そうかもじもじしていると、後ろから大きなあくびが聞こえた。

「夏音ちゃぁん、先に寝ていーい?」

「え、うん。いいけど……あたし、ちょっとお姉ちゃんのとこ行くかも」

「お姉ちゃん? 夏音ちゃん、お姉さんいるの?」

「うん。3年生でね、219号室にいるんだ」

 ばふんというベッドにダイブする音と共に、「ふぅん」という意味深な相づちが聞こえた。あたしがスマホから顔を上げると、畝奈は布団から顔だけを出し、ふにゃっとした笑いを浮かべていた。

「なに?」

「ううん、夏音ちゃん、お姉さんのこと大好きなのかなーって思っただけー」

「えっ、な、なんで?」

 たった一瞬で見抜かれたことに動揺したあたしは、とっさにスマホの画面をロックした。まだ何も返信していない。していないどころか入力もしていない。後ろめたいことも隠したいこともないのに、なぜかスマホを背に回してしまった。

「別に恥ずかしがることないじゃーん。夏音ちゃん、スマホ見ながら嬉しそうにしてたからさ、お姉ちゃんっ子なのかなって思っただけだよぉ。私は一人っ子だから、お姉ちゃんいて羨ましいなぁ」

「えっ、あっ、そんなにニヤニヤしてた? 恥ずかしいなぁ……。そのうち紹介するね」

「うん、してしてぇ」

 それだけ言うと、畝奈はまた大きなあくびをして「おやすみぃ」と布団を頭まですっぽり被った。引っ越しと新しい生活の初日で疲れたのだろう。

 さて、心配してくれている優しいお姉ちゃんに新しいルームメイトの話でもしてきますかね、と腰を上げた瞬間、コンコンっとノックの音が響いた。

「かーのんっ、入るよー」

 いつもより1トーン高い声でひょっこり顔を覗かせたのはお姉ちゃん。既読なのに返事をしなかったあたしが余計心配になり、様子を見に来てくれたのだろう。嬉しくて今度こそ口角が上がるのを自覚した。

「お姉ちゃん、今ね、あのね……」

「よかった! 元気そうじゃない、夏音ー」

 駆寄るあたしをなでなでしてくれるお姉ちゃん。あたしは後輩が布団を被っていることをいいことに、いつも通りお姉ちゃんに抱きついた。お風呂上がりのいい香りがした。

 一頻りお姉ちゃんの香りを堪能し身体を離してから、あたしは人差し指を唇に当てた。視線で合図すると、お姉ちゃんがその視線を辿る。おチビなあたしの向こうには、こんもり盛り上がった布団がある。

 小さな声で「へぇ……」と呟いたお姉ちゃんに、「畝奈って言うの」と小さく返す。

「寂しくなさそうで安心したわ。後輩ちゃんと仲良くね」

 耳元で囁かれてむずむずした。せっかく着てくれたのでまだ帰ってほしくない。お姉ちゃんのジャージの袖を掴むと、「もー」と苦笑しながら入ってきてくれた。ついでにアヒルの嘴を抓まれた。

 2人でベッドに腰掛け、こそこそ話で今日の出来事を話す。後ろのベッドから寝息が聞こえるのを確認し、あたしはお姉ちゃんの肩に頬を寄せた。久しぶりのぬくもりで安心する。

 春休み、お姉ちゃんは家には帰って来なかった。正確には1日、両親に顔を見せただけだった。お姉ちゃんは家や家族が嫌いなんじゃない。なぜか知らないけれど、地元にいるのが嫌らしい……。

 その理由を、あたしは知らない……。知らない方がいい気もするし、聞いちゃいけない気もするから……。

 もう3年生だ。お姉ちゃんはここを卒業しても、きっと地元には帰らない。この1年間が、お姉ちゃんと過ごせる最後の年になる……。

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