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♪10.タイミング悪すぎ

 

 タイミング悪すぎっ。

 買い物帰りか、紙袋片手に改札から出てきた獅子倉茉莉花。一方こちらはICカードタッチ寸前。状況に気付かなかった瑠衣先輩はすでに改札をくぐっている。

「汐音たちはどこまで行くの?」

「いいじゃん、どこでもっ。行こ、お姉ちゃんっ」

 あたしがぐいっと手を引くと、お姉ちゃんは一瞬躊躇した。けどすぐにピッというタッチ音が聞こえたので一安心する。

「じゃーねー、マリバッカせんぱーいっ」

 振り向いて、べーっと舌を出す。やつのファンからは『マリッカ』と呼ばれているらしいが、一度お姉ちゃんが『マリバッカ』と呼んでいたので真似てみた。

 仕方なさげに手を振る獅子倉茉莉花は、黒革のチョーカーに真っ白なワイシャツ。袖から覗く細い手首にはレザーブレスレット。細身のブラックジーンズはスラッとした長い足を際立たせている。

 ……悔しいけど、ちょっとかっこいい……。

 そんな風に感じてしまった自分にか獅子倉茉莉花にか、余計にムカムカがこみ上げてくる。踵を返してずんずん進むと、あたしたちが少々遅れていることに気付いた瑠衣先輩が振り返っていた。

「あれ、2年のマリッカちゃんでしょ? 夏音ちゃん、仲悪いの?」

「別に。なんかムカつくだけです。さっ、行きましょっ」

「ふぅーん」

 瑠衣先輩は疑うわけでもなく、ただ不思議そうに獅子倉茉莉花を眺めていた。視線に気付いた獅子倉茉莉花も瑠衣先輩を見返す。背を向けかけて「今度ぼくとも遊んでね、先輩」とウィンクをした。

 き、キモっ! 一瞬でもかっこいいと思ってしまったのは撤回っ、前言撤回っ!

「なにあれっ。今時チャラ男でもあんなウィンクとかしないでしょー! めっちゃキモいっ」

 あたしが鳥肌の立つ両腕を摩るとお姉ちゃんは乾いた笑いを浮かべた。もう慣れてるのだろう。やつのスケコマシっぷりにも、あたしの拒絶っぷりにも。

「じゃあ一緒に行こうよー」

 改札と人混みの雑踏で騒がしい中、瑠衣先輩が叫んだ。ぎょっとしてあたしが制する。耳に届いてしまった獅子倉茉莉花がくるっと振り向いた。

「喜んで」

 219号室では見せない営業スマイルにまたぞっとする。そのままにこにこと改札を通過し、あっという間に合流した獅子倉茉莉花と瑠衣先輩はご満悦。

「なんであんたまで来んのよー。せっかくのお出かけなのにぃ!」

「いいじゃんいいじゃん、仲悪いわけじゃないんでしょ? 今日は私のおごりだから、ね?」

「そ、そういう問題じゃ……」

「いいからいいからぁ」

 なんの説得にもなっていないまま瑠衣先輩に手を引かれる。呆れ顔のお姉ちゃんもまんざらでもない様子。反対なのはあたしだけらしい……。

 学校最寄りの駅ではあるが、改札とは逆にホームに星花女子学園の生徒の姿はなかった。女子高生どころかあまり人がいない。考えてみれば14時過ぎだ。健全な女子高生たちは、先ほどの獅子倉茉莉花の連れのように帰路だったのかもしれない。

 すねるあたしを1人さておき、3人は仲良く談笑している。

「買い物とカラオケ行ってたんスよ。女の子たちがぼくに服を選んで欲しいっていうから。その後、御礼にってカラオケおごってもらっちゃって」

「へー。うちら3年の間でも、マリッカちゃんは歌上手いって有名だもんなぁ。その容姿で歌も上手いんだし、やっぱモテるんでしょー?」

「あはは。モテないって言ったら嘘になりますけどね」

「へぇ、やっぱりねー」

 瑠衣先輩は物珍しそうに監察している。あたしの知っている限り、マリッカファンは、校内でも派手目の女子が多い。地味系な瑠衣先輩にはあまり縁がなかった存在なのだろう。

 しかしこいつ、初対面で『汐音はぼくんだからな』とかぬかしてたくせに、噂通り他の女子たちともずいぶん遊んでいる。

 そもそもただのルームメイトのくせに、うちのお姉ちゃんを物扱い。あげく独占しようだなんてずうずうしすぎるっ!

「汐音ちゃんはヤキモチ妬かないの?」

 にこにこ笑顔で放たれた瑠衣先輩の問いに、あたしたち3人は一瞬で凍り付く。

「ちょっと瑠衣先輩っ? なんでうちのお姉ちゃんがヤキモチなんか妬くんですか? 妬くわけないでしょぉ?」

「えー、どうして? だってさ、誰だってパートナーがモテたら嫉妬くらいするでしょ? それとも、マリッカちゃんくらいの有名人ともなると、嫉妬してたらキリがないから……」

 瑠衣先輩の言葉の続きは、ホームに入ってきた電車の音にかき消された。ぱくぱくしていたので何か言ってはいたのであろうが、なぜかあたしもお姉ちゃんたちも聞き返そうとはしなかった。

『空気』という概念が、瑠衣先輩には欠如しているのかもしれないと確信した瞬間だった。以前から薄々思ってはいたが、特に大きなことではなかったので、確信には至らなかった。車内でも構わず話を続けている。

 あたしはなんだか面白くなくなって、窓の外ばかり眺めていた。まだ14時過ぎだというのに、9月の太陽は西に傾いていた。それが余計に物悲しくなった。

「夏音」

 お姉ちゃんの声。柔らかかった。リュックを背負った時に乱れたのだろう、パーカーのフードを整えてくれた。無言で振り向いたあたしのほっぺたを軽く抓んできた。

「夏休み以来だね、夏音と出かけるの。一緒にスイーツ食べに行くのは初めてだね」

「……うん」

「楽しみじゃないの? またほっぺ丸くなるから?」

「違うもーん!」

 いたずらっぽく笑うから、あたしもつい笑顔になってしまう……。「楽しみだね」と言ってそっと離したお姉ちゃんの指先は少し冷たかった。

 瑠衣先輩と獅子倉茉莉花の、3駅分の会話は途切れることがなかった。車内の騒音で耳に入らないのか、それとも耳に入れたくなくて入ってこないのか、あたしは一言も参加しなかった。お姉ちゃんは発言すらしないものの、笑ったり相づちを打ったりしていた。

 瑠衣先輩はあたしのルームメイトなのに……。お姉ちゃんはあたしのお姉ちゃんなのに……。獅子倉茉莉花の笑顔が憎たらしかった……。

「降りるよ?」

 瑠衣先輩に手を引かれて我に返る。初めて降り立つ駅は、少し潮の香りがした。

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