表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

ヘルナイツの出撃


 魔王の死から翌々日。


 セカンドナイツが全滅したという噂がキーラの耳に届いた。


 それから、四の君の黒い犬が死んだ。


 急激に弱々しくなって、眠るように死んだ。


 そのさらに次の日、キーラは王城へ呼び出された。


 呼んだのは一の君。

 一の君は魔王の死後、インフェルノのリーダーとして立ち、あれこれのことを取りまとめていた。


 それが筋だろうとはキーラも思っていた。一の君は魔王の第一夫人、正妻の娘である。正妻、つまり王妃の方もかなり以前に亡くなっていたので、長女の一の君が後を引き継ぐのは当然のことと言えた。


 キーラは城からの要請のとおり、ヘルナイツの副団長(前科十二犯。赤い帽子をかぶったゴブリンで、違法呪物の小規模な密売組織のリーダーをやっていたことがあるらしい)と共に登城した。


 二人が進んだ謁見の間には禍々しくトゲトゲがいっぱいついた不穏なデザインの玉座がある。

 かつては魔王がふんぞり返っていたその椅子には、黄金色に燃え上がる髪を持った美女が座っていた。一の君である。


 一の君はキーラに対して……と言うより、ヘルナイツに対して正式な出動命令を下した。

 礼儀正しく胸の前に両手で頭を抱えたキーラに、一の君はこう命じた。


 人間界・二ーニア地方へ向かい、父のお命を奪った不遜にして不埒なる勇者を見つけ出し、大いなるインフェルノの意志を示せ。


 要は一の君はあのフードをかぶった変な奴がムカつくからタマ取ってこいと仰せなのだ。もっとも曲者がフードをかぶっていたことを知っているのはキーラだけだが。


 それを、ヘルナイツ全員でやってこいと一の君は言った。




「我ら魔人は人間界ではマナが持たず命を長らえることはできぬ。だが汝ら妖精魔人であれば、少しは持つであろうが。おのが命の尽きる前に、我が眼前に刺客の亡骸をもて。必ずじゃ。必ず、亡骸を持ち帰れ」





 死体を持って帰ってこい。大事なことなのか、インフェルノの新しいリーダーは二度言った。

 キーラは、発言よろしいでしょうかと切り出す。

 一の君が申してみよと仰せなので、キーラは尋ねた。


 塔の四の君のことだ。

 ヘルナイツの通常任務は四の君と塔の護衛である。自分たちが二ーニアとやらへ向かった場合、その任は誰が、どこの部隊が引き継ぐのかと。

 四の君の処遇はどうなるのかと。


 一の君は言った。




「あの者のお目付け役に関しては新たに再編成される。ヘルナイツよ。これまで四の君の監視と軟禁、実に大儀であった。難しき任を見事務めあげたこと、(わらわ)はけして軽くは見ておらぬ」




 キーラは何も言わなかった。ただ頭を下に下げて一礼しただけだった。

 監視。軟禁。別にそんなつもりで四の君のおそばにいたわけじゃない。伏せた頭の中でそうは考えていたが、インフェルノの上の方が、自分たちヘルナイツをそういう目的で塔につけたことぐらいキーラも知っている。


 あの塔は獄だ。

 自分たちはその看守。

 だからヘルナイツ。獄の騎士だから。


 一の君は言った。すぐに任務に当たるように。時間はない。四の君のことは気にする必要はない。


 城を辞して、キーラと前科十二犯の副団長はコシュタ・バワーに乗って塔の宿舎への帰路についた。

 その間キーラはずっと無言だった。前科十二犯の副団長は何か言いたそうにして、棒の上のキーラをチラチラ見上げたりしていたが、お互いついに何か口を開くこともなかった。


 塔が近づいてきた。キーラは何か、様子がおかしいと感じた。

 コシュタ・バワーの速度を上げて塔へと駆けつける。


 塔の前にヘルナイツの団員たちがたくさんいた。いつもはたいてい、塔入口の見張りと周囲を歩く歩哨以外のナイツメンは、宿舎に閉じこもり、賭け事に興じている奴らなのに、なぜか今は塔の周りに勢揃いしている。


 キーラはコシュタ・バワーを止めると、塔を見ているナイツメンの一人の背中に、何してはるんやウジ虫野郎と声をかけた。

 団員は振り返ろうとしていた。が、なぜか顔だけキーラの方に向けようとするだけで、団長に対して敬礼しようとしない。

 そいつは、その変な姿勢のままこう言った。


 お姫様が脱走しました。止めよーとしたんですが。


 キーラは塔の入口に目をやる。たしかに扉が開きっぱなし。

 団員に目をやれば、足が氷漬けになって地面に固定されている。だから振り向けなかったのだ。キーラが見回すと、塔の周りのナイツメン全員も同様だった。


 キーラは三つ質問した。


 殺された奴は?

 団員は、たぶん一人もいねーと答えた。


 従妹はどうした?

 団員は、みなはん堪忍どすえ〜、って笑いながらお姫様についていきました、と答えた。


 お姫はんはどこへいくとかは言わはったか?

 団員は、二ーニアというところへいってくるわ、夕食の用意はいらなくってよ、だそーです、と答えた。


 キーラは三秒ほど無言で虚空を見つめていた。

 それから前科十二犯の副団長に、ナイツメンの足の氷を溶かしてやれと命じると、自分の宿舎へいってランスを掴んで戻ってきた。


 戻ってくると、解凍中のナイツメンに新しい任務の話をした。まず最初に大いなるマナがあって、それが渦を巻いて、命が何万年もつむぎ合い、何千年もの文明が築かれ、それからあれやこれやあってから二人のオスとビッチが出会って、その深刻な間違いのためにこの世に生まれたナイツメン諸君。これから我々は人間界・二ーニア地方に向かい、魔王はんのお命を奪った空気の読めるナイスガイ……失礼、罪深き勇者にツケを支払わせる任務へと向かう。一の君……いや、時期女王陛下直々おご命令である。わかったらいつまでもそんなところに突っ立ってねーでさっさと準備をしやがれこのウスノロのクソッタレども。こういう具合にだ。


 ウスノロのクソッタレの中でも解凍が済んだウスノロのクソッタレから随時宿舎へ駆け込み、武装や食糧の準備を開始していた。

 キーラのもとに副団長が駆け寄り、尋ねた。

 四の君のことはどうするのかと。


 副団長は言う。我々妖精魔人は人間界へいってもインフェルノのマナの枯渇で死ぬリスクは少ない。だから我々ヘルナイツはインフェルノの軍団の特別攻撃部隊としての任務を与えられてきた。だが、四の君は妖精魔人ではない。

 このままでは四の君が、人間界においてマナの枯渇で死んでしまわれるのではないかと。


 キーラは聞きながら塔の上を見上げていた。

 これまで四の君が暮らしていたであろう、部屋の窓。開け放された窓には、黒いカーテンが風に揺れていた。


 こんなことになるとわかっていたんじゃないかと、キーラは思った。

 どこかに予兆があったはずだった。何か、兆しのようなものが。思えばあの夜の魔王も、その兆しをどこかに見つけようとしていた気がする。


 二の君、金盞花という名の姫が追放された時から、あの窓のカーテンがこうして主なき無人の部屋で揺れるのは決まってたのではなかったか。


 監視?

 軟禁?


 誰があの、ワガママで、自分勝手で、歩みを邪魔されるのを嫌うお姫はんが出歩くのを、止められたというのか。

 誰にだってわかっていた結末じゃなかったのか。


 キーラは副団長を振り返った。


 ランタンの中で珍しく前髪は払われ、その美しく妖艶な顔がのぞいていた。

 その顔は屈託なく、少女のようににっこりと笑っていた。




「勇者はんは、ほんに、空気の読めるタフガイやなぁ。皮肉は抜きだぜ。これで俺はんらも堂々とインフェルノを出てお姫はんを探しにいける。何も困ったことなんぞ起こってねー」




 前科十二犯の副団長は肩をすくめただけで何も言わなかった。


 四の君がなぜに生存不可能な人間界に飛び出す気になったのかは誰にもわからない。

 ただ、四の君は凶暴で冷酷だが愚か者ではないことは、ヘルナイツの全員が知っていた。


 何かそれなりの考えがあるのだろう。そしてキーラという騎士団長も、一見首無しに見えても脳がないわけではない。ちゃんと手に持っている。だから四の君に何か方策があると予想しているのだと、副団長は考えていた。


 そして、時期女王からの直々の命令を受けていると言うのに、それにかこつけて四の君の保護に向かえてラッキーだと考えるような、そういう人物だと。

 だから、ヘルナイツが驚異的な速度で人間界遠征の準備を整え整列した前で、彼女が不真面目な声色で呟いた言葉にも、何の違和感も覚えなかった。




「さぁボーイズ。楽しいピクニックの時間だぜ。いくぜ、ハメを外しに」




 だってキーラは、そういうタイプの女だから。


 




                                             〜終わり〜




お読みいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ