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ツクヨミの神

 唯一ある今の感覚は、セツが握ってくれている右手の感触だけだった。


「陽菜ちゃ〜ん。もう目を開けても大丈夫だよぉ」


 セツに促され、慎重に目蓋を持ち上げる。

 幕が開くように、下のほうから徐々に外の景色が広がっていく。

 目蓋が全て持ち上がると同時に、陽菜の目は大きく見開かれ、口がポカリと開いた。


「うわぁ!」


 目を開けた瞬間に広がったのは、輝きに満ちた雄大な空間。プラネタリウムの真ん中に立っているような、宇宙の中を漂っているような……そんな星の煌めきで満ちている世界。

 陽菜とセツが立っている草原は、白いイルミネーションで飾られているかのように、キラキラと輝いている。木造の建物は白い光に縁取られるように、淡い光に包まれていた。


「凄くキレイ」


 まるで、幻想を題材にしたイラストの中に佇んでいるみたいだ。


「ね〜! キレイよねぇ。そうでしょ〜」


 上機嫌なセツに「コッチだよぉ」と案内されたのは、平安時代の貴族が住んでいたような間取りの、とても大きな屋敷。向かった先は、その庭に位置する場所だった。

 大きな池の近くに、セツみたいな耳をしている子達が集まっている。

 数は、ざっと十五くらいだろうか。匹と数えていいのか、羽と数えるべきか、それとも人か。陽菜は数え方に困った。


「あ、もうみんな来てる」


 おーい! と手を振り、ススキを入れているカバンを腕に抱えて、セツは走り出す。陽菜も慌てて、セツのあとを追った。


「セツだ!」

「やっと帰ってきたね」

「遅いよ〜」


 口々に声をかけられ、セツはもみくちゃになる。少し離れた場所で、陽菜はウサ耳達の姿を観察することにした。

 セツと同じウサ耳達は、人間と同じで、みんなそれぞれ顔が違う。着ている物の型はみんなセツと同じだけれど、着物の色やデザイン、帯の色や鼻緒の色は違っている。

 髪型もひとつやふたつに結んでいたり、ショートカットだったりボブヘアーだったり、人間と同じでさまざまだ。

 ウサ耳達にも、個性がある。これなら、セツを見失ったとしても、ちゃんと見つけることができそうだ。


「ごめんねぇ。ちょっと、迷子さんを見つけたから、連れてきたんだよぉ」


 迷子? と、視線が陽菜に集中した。


「人間?」

「え? 生きてる? 死んでる?」

「分かんない。どっち?」


 コソコソと仲間内で話す声が、ところどころ聞こえてくる。

 生きているとか、死んでいるとか、なにやら物騒だ。


「あの子はね、生きている子だよ。陽菜ちゃんって言うの。アッチの世界に帰してあげたいから、ツクヨミ様に会わせたいんだけど……どこに居らっしゃるか、知ってる?」

「ツクヨミ様なら、そこだよ」


 ウサ耳達が左右に分かれ、道を作る。

 杵と臼の餅つき準備がしてある場所に、白く長い髪を結い上げ、振袖のように長い袖を襷がけにしている大人の姿があった。


「陽菜ちゃん、行こう!」


 笑顔のセツに手を引かれ、小走りにあとをついて行く。

 これから紹介されるのは、神という立場にある方だ。そう意識すると、途端に緊張してきた。心臓がドクドクとうるさい。表情が強ばっていくのも分かる。どんな顔で挨拶をしたらいいのか判然としなかったから、口角にキュッと力を入れて、笑った表情を作ってみた。


「ツクヨミ様〜!」


 セツの声が届き、二人のウサ耳と一緒になって、臼に注連縄を張っていたツクヨミが振り向く。

 翡翠色の瞳に、陽菜は釘付けになった。


(うわぁ……綺麗な顔だ)


 神であるツクヨミをひと目見た瞬間の感想は、顔立ちが整っている美人を見つけたときと同じだった。どんな感じだろうと身構えていただけに、自分の感想がありきたりすぎて、ちょっと拍子抜けする。

 ツクヨミは、柔らかな笑みを浮かべた。


「おかえり、セツ」

「えへへ〜! ただ〜いまぁです〜」


 甘えモードにスイッチが切り替わったのか、セツはツクヨミの腕の中に飛び込んだ。

 神様に抱きついていいものなのか、陽菜はセツの行動にハラハラしてしまう。

 ふと、翡翠色の瞳が、陽菜に向けられる。ビクリと体が揺れ、微動だにできなくなってしまった。息をすることさえもはばかられるような、そんな緊張感の中に突如として放り込まれた感じだ。


「セツ、この人間の子供は?」

「波動とタイミングが合って、コッチの世界に迷い込んじゃった人間の子供だよぉ。ススキを採りに行った帰りに出会って、ほっとけないから連れてきちゃったのよ」

「は、初めまして。陽菜です」


 セツに紹介され、陽菜は慌てて頭を下げる。

 陽菜なりに、神様に対して失礼があってはならないことくらいなら理解しているつもりだ。大人から習ったように、挨拶をしてお辞儀をしてみたけれど、頭を上げるタイミングが分からなかった。

 頭を下げたままの陽菜に、ツクヨミが歩み寄って来る気配がする。今このタイミングで、頭を上げていいものなのかも分からない。とりあえず、なにか声をかけられるまで、下を向いたままでいることにした。

 足音が止まり、衣擦れの音もやむ。僅かばかり上目遣いに様子を伺えば、翡翠色の瞳が目の前にあった。


「〜っ!」


 陽菜は、声にならない悲鳴を上げる。神であるツクヨミとの距離が近すぎて、頭の中はパニックだ。

 しゃがんで陽菜と視線を交わらせたツクヨミは目を細め、唇に笑みを乗せた。


「初めまして。我の名は、ツクヨミノミコト。セツ達ウサギの精からは、ツクヨミ様と呼ばれておる。陽菜も、そのように呼ぶとよい」

「はい、ツクヨミ……様」


 言われたとおりに名を呼べば、ツクヨミは陽菜の頭をヨシヨシと撫でる。


「ところで、陽菜。餅は好きか?」

「はい、大好きです!」


 ガムみたいだという人もいるけれど、あの伸びがあるモチモチがたまらない。スーパーで年中売ってはいるけれど、お正月用に餅米から手作りする餅のほうが格別に美味しい。味もさることながら、噛み切った瞬間の感触と、噛んでいる最中の歯切れ感と甘さが全然違うのだ。

 陽菜の答えに、ツクヨミは「そうかそうか」と、嬉しそうに頷く。


「では、一緒に餅つきをしよう」


 ツクヨミの言葉に、陽菜とセツはキョトンとした表情を浮かべる。


「ツクヨミ様、すぐにアッチの世界に帰さなくていいの?」


 セツが、陽菜の気持ちを代弁してくれた。

 すぐに帰らないと、陽菜が居なくなったと心配する祖母のことを安心させてあげられない。

 なんなら、今すぐにでも帰してほしいくらいだ。


「まぁ、そう焦らずともよい。ちょうど餅米の用意が整ったのだ。陽菜をアッチの世界に帰すことと、餅をつくタイミング。どちらのほうが大事で、どちらのほうが時間に追われているかと言えば、それは明白ぞ」


 ツクヨミは立ち上がり、颯爽と臼の元に戻る。左手を腰に当て、サッと右手を掲げた。

 控えていたウサ耳が、阿吽の呼吸で杵を手渡す。


「さあ! 一番美味いときを逃すでない。餅とり粉の用意はいいな。臼に餅米を運べ!」


 ツクヨミの号令で、ウサ耳達は慌ただしく動き始めた。

 畳の大きさ二畳分くらいで、厚さが三センチほどの板が用意され、白い粉がパパパと一面に広げられる。臼の横には水の入った桶が用意され、注連縄が張られた臼の中には、湯気が立ち昇る餅米が投入された。


「さあ、餅つきの始まりぞ!」


 ツクヨミの号令に、ウサ耳達の歓声が起こる。まるで、サッカースタジアムの応援席に居るみたいだ。

 ツクヨミが杵で器用に餅米を磨り潰し、粘り気を持った塊に変えていく。その様は、とても手慣れて見える。

 ウサ耳達は、赤い瞳をキラキラと輝かせ、餅米が餅に変わっていく行程を眺めていた。


「嘘ぉ……」


 陽菜を元の世界に戻すことよりも、当たり前のように優先された餅つき。

 神様って意外と振る舞いが自由なんだな……と、予想外すぎるツクヨミの行動に、陽菜は呆気に取られていた。

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