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素直な気持ち

 ツクヨミとセツの視線が、陽菜の頭に注がれている。

 陽菜は生えてきたウサギの耳を掴んだまま、硬直して動けずにいた。

 セツは目をパチクリとさせ、ツクヨミは小首を傾げている。


「陽菜、その耳は?」

「え?」


 魔法みたいに、陽菜の頭に生えたウサギの耳を消してくれたツクヨミだったのに、完全に記憶の彼方。キレイさっぱり忘れ去られているみたいだ。

 陽菜にとっては忘れられない、印象に残る出来事だったのに。

 


(なんだろ……凄く、寂しい)


 寂しいというより、悲しいかもしれない。

 どうやらツクヨミとは、思い出の共有ができないみたいだ。

 陽菜の空想では、ツクヨミは陽菜のことを覚えていて、陽菜は再び会うまでに起きた出来事を楽しく話して……という展開だった。でも、 陽菜が理想として思い描いていた、再会したときのシチュエーションとは、全く違う展開になっている。

 一方的に寄せていた期待とは違ったからといって、ツクヨミを責めるのはお門違いだ。

 ショックを受け、落ち込んでいることを悟られないようにしなければならない。

 ウサギの耳を掴んでいた手を離し、正座をしている太ももの上に置くと、不自然なまでの笑みを浮かべた。


「ア、ハハッ! 初めてコッチに来たとき生えて、それから、天帝様のところでも生えてきちゃったの。最初のときは、ツクヨミ様に……消して、もらったんだけど……」


 言葉が、どんどん尻すぼみになっていく。

 作り笑いのぎこちなさに嫌気が差すし、隣に座るセツの視線が痛かった。ツクヨミに至っては、陽菜のほうを見てすらいない。

 

「あぁ、思い出したぞ」


 ツクヨミはポンと膝を叩く。そして「なるほどな」と呟いた。


「きちんと消したはずなんだが……残っていたか? 強い想いや願いが引き金となり、陽菜に影響を及ぼしてしまったのかもしれぬ」


 強い想い。

 それは、恋心と名づけられた陽菜の想いだ。


「強い想いや願いに、心当たりはあるか?」


 ツクヨミに問われ、陽菜は素直に答えるべきか……少しだけ葛藤する。

 どの程度までなら、ツクヨミの負担にならないだろう。一方的に寄せられる好意は、その気が無い人にとっては重たく、負担になるだけに決まっている。

 でも今の状況で、なにも答えないわけにはいかない。

 沈黙している間中、ツクヨミとセツから注がれる視線に耐えられなくなってきた。

 陽菜は、腹をくくる。


「また会いたい。また、コッチに来たいって……思ってた」


 でも最初、それは近所の友達の家へ遊びに行くような感覚だった。

 会えたらいいな、という軽い気持ちが、次第に会いたくて仕方がないという強い想いに変わり、執着に変化していった。

 街中で有名人に会えたらいいな、という軽い気持ちから、好きな人に会いたくてたまらないという執念にも似た感情に変わってしまったのだ。


「私どうしても……またコッチの世界に来て、ツクヨミ様とセツちゃんに会いたかったの」


 陽菜ちゃん! と、感極まったセツが陽菜に抱きつく。


「セツも会いたかったよぅ! また陽菜ちゃんに会えて、セツは嬉しいんだよぉ〜」

「へへ……ありがとう」


 ギュッと回されたセツの腕に、陽菜もソッと手を添える。

 ツクヨミとは違い、セツはずっと覚えていてくれた。セツの言葉は、本物だ。社交辞令じゃない。本心であることが、とても嬉しかった。

 ツクヨミはセツと陽菜の抱擁を微笑ましく眺めながら、さらなる問いを口にする。


「陽菜は……我やセツに会って、どうしたかったのだ?」


 ただ、話がしたかったの……かな、とは思う。

 具体的になにがしたかったのか、自分の気持ちなのに分からない。

 あんなに会いたかったのに、好きだと思っていたのに。いざ、ツクヨミを目の前にしたら、告白なんて気になれない。

 特別な好きじゃ、なかったのだろうか。

 今は、好きだ、とツクヨミに伝えるのが怖い。

 陽菜はツクヨミを直視することができず、俯いたまま答えた。


「ただ、会いたかったの。久しぶり、元気だった? 会えない間、なにしてた? って……そんな、久しぶりに会う友達みたいな会話を……セツちゃんとはしたかった」

「ならば、我とは?」


 ツクヨミの声は、どことなく不機嫌なように受け取れる。陽菜のことはスッカリ忘れていたのに、自分に対して語られないのは、面白くないのだろうか。


「ツクヨミ様とは、話したいなんて……畏れ多くて。こうして顔が見られただけで、会えただけで満足なの」

「それは……本心、かな?」


 陽菜は、ツクヨミのほうを向かずに「はい」と答えた。

 陽菜を抱き締めていたセツの腕が離れ、沈黙の帳が下りる。

 とても気まずい。

 はい、という返事が嘘だと気づかれているのではと、陽菜の心中は穏やかではなかった。

 唾を飲み込む音さえも、聞こえてしまいそうで恐ろしい。

 陽菜が己の存在を消すように息を殺していると、ツクヨミは諦めたように小さく嘆息吐いた。

 

「そうか、ならば……そろそろ、アッチの世界に帰るがよい。セツにも会え、私の顔も見られたことだ。風呂に入っていたのなら、この場に長居をしないほうがいい」


 淡々としたツクヨミの言葉に、どこか突き放されたような気持ちになる。悲しい、という感情が広がっていく。

 もう少し優しく接してくれたらと思うのは、陽菜のわがままで、贅沢なことなのだろうか。


「それとも、ココで我やセツ達と共に暮らすか?」


 ツクヨミの言葉に、陽菜は勢いよく顔を上げた。驚きに、陽菜の目は大きく見開かれる。

 ツクヨミは片方の口角を上げ、得意げな笑みを浮かべていた。


「ふふっ。前回、帰す前にした会話は自力で思い出したよ。陽菜が来たときのことを思い出せなくて、我は悔しかったのだ」


 嬉しそうに笑うツクヨミは、脇息(きょうそく)に両腕を置いて体重を預ける。白銀の髪が肩口から流れ落ち、サラリと顔にかかった。ツクヨミは慣れた手つきで、邪魔な髪を耳にかける。

 その姿が美しく、陽菜はときめいてしまった。


「さぁ、陽菜。今回はどうしたい?」

「どうって……」


 陽菜が返事に困っていると、ツクヨミは脇息に右肘だけ置いて頬杖を突く。


「前にも言ったが、帰るも残るも、陽菜の気持ち次第だ。残りたければ、残るがよい。アッチの世界では陽菜が居なくなってしまったことになるが、それでもよければな」


 帰らずに残っていいのなら、どんな生活が待っているだろう。

 もう小学校には通わない。勉強は、コッチの世界でもできるのだろうか。まだ平仮名とカタカナしか読めないし、書けない。漢字も少しずつ教わり始めたばかりだ。足し算と引き算はできるけど、上の学年で習う掛け算や割り算はまだできない。テレビも無いだろうし、連載漫画も読めなくなる。

 それでも、コッチに残ることを選択するだけの動機は……もう恋焦がれるのは辛くて嫌だから、という感情だけ。


「今帰ったら……もう絶対、二度と会えなくなっちゃうよね」


 アッチの世界みたいに、電話も文通もできない。月を眺めて、思いを馳せることしかできないのだ。


「今までもだったけど、また月を見る度に寂しくなっちゃう。きっと、また会いたいと思っちゃうよ……。だって私、ツクヨミ様やセツちゃんに出会っちゃったんだもん!」


 ギュッと握る拳に、白くて小さなセツの手が重なった。上目遣いに様子を伺うと、陽菜を安心させるような優しい笑みを浮かべてくれている。


「セツも、仲間が増えるのは嬉しいなぁ。ねぇ、陽菜ちゃん。セツ達と一緒に暮らそうよ」


 実はね……と、セツはイタズラを白状するときみたいな、茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべた。


「セツもねぇ、コッチの世界に迷い込んだ人間だったんだよ。陽菜ちゃんと同じなんだぁ」


 セツのカミングアウトに、陽菜は意表を突かれる。まさか、セツもアッチの世界の住人だったなんて。


「ってことは、セツちゃんも……アッチの世界に家族が居たんだよね。帰らないって決めたとき、未練は無かったの?」


 当時のセツは今の陽菜と同じで、神隠しか行方不明か、もしくは誘拐されてしまったと思われていたに違いない。

 セツにとって、なにが決め手だったのか、聞かずにはいられなかった。


「未練なんて無いよぅ。だって、セツは捨て子だもん。口減らしで彷徨ってたら、ツクヨミ様と出会ったの」


 えっ……と、陽菜は言葉に詰まる。

 捨て子や口減らしは、昔話で語られる中でしか知らない出来事だ。

 朗らかな対応をしてくれているセツに、そんな過去があっただなんて、予想だにしなかった。


「ご、ごめん……私……」


 セツに対して申し訳なくて、なんだかもう泣きそうだ。


「なんで謝るの? 謝らないでほしいなぁ。だってセツは、今が幸せなんだよぉ」

「今が、幸せ?」


 申し訳ない気持ちに押し潰されている陽菜に、セツは「そうだよぉ」と、心の底から幸せそうな笑みを浮かべた。


「食べる物に困らないし、お友達が居るし、ツクヨミ様とも一緒だし。アッチの世界に居たときよりも、今のほうが何倍も何十倍も幸せ」


 セツは陽菜の手を取り、陽菜の顔を覗き込む。赤い瞳に、不幸を全て背負っているかのように、悲惨な表情を浮かべている陽菜の顔が映る。


「陽菜ちゃんは? 今の生活が幸せかなぁ?」

「私は……」


 きっと、セツがアッチの世界で暮らしていたときに比べたら、何倍も何十倍も幸せな生活だ。

 帰る家はあるし、家族とは喧嘩もするけれど仲良く暮らしている。小学校に行けば友達も居るし、命の危機に晒されることはほとんど無い。

 そんな安定を捨ててまで、コッチの世界で暮らすメリットは……ツクヨミと離ればなれにならない、という一点のみ。


「陽菜が言うとおり、今回アッチの世界に戻ったら、またココに来られるとは限らぬ。ココに居る間に、己の心とシッカリ向き合ってみることだ」


 ツクヨミからの提案に、でも……と陽菜は疑問を投げかけた。


「時間の流れが、アッチの世界と違うんでしょ? 天帝様には、長く居たらダメって怒られたんだけど……」

「少し遊んで帰るくらいなら、大丈夫だろう」


 セツは立ち上がり、そうだよぅ、と陽菜の両手を引っ張って、立つように促す。


「前に来たときは餅つきして、みんなで食べてから帰ってるんだよ。それくらいの時間なら平気だよぅ」

「そっか。そうだよね」


 もう少しだけココに居て、気持ちの整理をつけることにしよう。

 陽菜も立ち上がろうと、セツの手を握り返し、足に力を込めた。しかし、膝から下の感覚が無い。ビリビリと、電気が走ったような痛みに襲われる。


「あっ、痛っ。足が、痺れた……っ!」

「わぁ……それは痛いんだよぅ。無理しないで、ゆっくりでいいんだよぉ」


 陽菜にとっては、今が正座をしていた時間の最長記録かもしれない。膝立ちになって足先を床から浮かせながら、ビリビリとした刺激が消え去るまでひたすら堪える。

 陽菜の気を紛らわせようと、セツが一生懸命に話しかけてくれた。


「ねぇ、陽菜ちゃん。お腹は空いてない? 栗ご飯が残ってたと思うんだけど、食べる? セツ達みんなで作ったんだぁ」

「お腹は空いてないよ。ウチの夜ご飯も、栗ご飯だったから」

「わぁ、一緒だねぇ」

「うん、おばあちゃんが、節句とか……昔からの習わしを大事にする人なの」


 祖母を思い返し、素直な言葉がポロリと零れる。


「尊敬……してるんだよねぇ……私。おばあちゃんのこと」


 ツクヨミは、そんな陽菜の呟きを拾い上げた。


「陽菜は、祖母殿のような大人になりたいのか?」

「おばあちゃんみたいな、大人?」


 陽菜は、自分が大人になった姿を想像してみる。

 家事をササッとやれて、仕事もテキパキこなす大人になれているだろうか。結婚して、子供ができていたりするのだろうか。


(結婚したいくらい好きになる人……できるかな?)


 思い浮かぶのは、ツクヨミの顔。

 ちょっと視線を横に向ければ、会いたくて仕方がなかったツクヨミが、今は目の前に居る。

 自然と、言葉が口をついて出た。


「私、ツクヨミ様が好きです」


 ツクヨミが「え?」と、間抜けな声を上げる。陽菜は「あ!」と、慌ててセツの手を振り解き、自分の口を塞いだ。

 でも、もう遅い。言ってしまった。聞かれてしまった。勝手に口から出てしまった、陽菜の大切な気持ち。

 こうなったら、もう後には引けない。

 陽菜は、今ある全ての勇気を振り絞ることにした。

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