悪役令嬢は浮気して婚約破棄したイケメン吸血鬼に思い知らせる ~実は私、史上最強のヴァンパイアハンターなの。銀と血と笑顔の聖女って呼ばれてた~
私の彼氏、いいえ、私の婚約者は吸血鬼。
彼との出会いは、私が、田舎での村の暮らしや厳しい家の掟に縛られた生活にうんざりして、イライラしながら夜道を散歩している時だったわ。
「こんばんわ。可愛いお嬢さん」
彼が、私の血を吸いに来たの。
「だ、だれ?」
「僕は、吸血鬼。お願いがあるんだけど、君の血をほんの少しでいいから、分けてもらえないかな?」
私は一目で、彼が乱暴する気はないとわかったわ。
「本当にちょっとだけでいいんだ。嫌だったら……おっと、いけない」
誰かが近づいてきて、彼は私の前から逃げ出した。
この村の自警団はしっかりしていたから、彼はすぐに囲まれて、おとなしく捕まった。
村の人たちを傷つけたくなかったのだ。
それなのに村の人たちにひどいことされて、見ていられなかったわ。
彼は地下牢に入れられて、裁判もなく問答無用で火あぶりの刑と決められる。
三日後の処刑の日まで、私が見張りとお世話係を命じられたの。
「やあ、また会ったね。お嬢さん」
地下牢の中で、ボロボロにされても、笑みを絶やさない彼はとてもカッコよくて、すごく優しかった。つまり、イケメンだったの。
「私は、ウェンディ。あなたは?」
「イアーゴ。僕は、イアーゴ。僕が処刑されるまでの間、よろしくね、ウェンディ」
私たちは、すぐに仲良くなれた。
だって、彼、人を殺めたことは一度もないもの。吸血鬼だからってだけで、始末してしまうのはかわいそすぎるわ。
そして、私がこんな家、出て行きたいと素直に明かした時に、彼はこう言ってくれたの。
「ねえ、イアーゴ……。私、どうすればいいと思う?」
「……ウェンディ、僕と一緒に逃げよう」
私は、嬉しかった。
たとえ、彼が吸血鬼であっても。
「本当、イアーゴ?」
「ああ。僕たち二人でどこかいい場所を見つけて、いつまでも一緒に暮らすんだ」
「それって……駆け落ち?」
「そうだよ。君と僕は、駆け落ちするんだ」
私は、すぐに決意する。
「……うん! うん! あなたと一緒にどこまでも行かせて」
彼を解放してあげた。
だって、もう私たちの間には愛があったから。
「ありがとう、ウェンディ。僕と一緒に来てくれるんだね?」
「ええ。イアーゴ。あなたと一緒ならばどこまでも――」
私たちは、一緒に村を飛び出した。
彼と逃げながら、二人っきりの旅。
「はあ、幸せ。こんなの初めて」
「僕も楽しいよ、ウェンディ」
「イアーゴ、頼むから浮気だけはしないでね」
「ははは。何を言うんだい。君みたいな素敵な女性がいるのに浮気なんてするもんか」
遠い、遠い、素晴らしい場所まで行って、そこに大きな屋敷を建てて、私たちは同居した。
それからまもなく経って、
「ウェンディ、君を愛している。心の底から。僕と結婚して欲しい」
私はもう嬉しくてたまらない。
「ええ。いいわ。いいわ、イアーゴ。あなたと結婚させて。私も愛してるわ」
栄えある貴族の侯爵家出身で贅沢な暮らししかできない彼を支えるために、私は何でもやった。
家令、料理、洗濯、お掃除、身の回りのお世話。
執事のようなお仕事、侍女のようなお手伝い。
今まで苦手だったけど、何でも必死に覚えたわ。
「今日もがんばるね、ウェンディ。本当に君はすごいよ」
「すごくなんかないわ、イアーゴ。あなたにふさわしい花嫁になるためですもの」
もちろん、血を吸わせてあげることだって――。
「イアーゴ、私たちいつまでも一緒よね」
「ああ。もちろんさ。君といつまでも……」
ああ、こんな日がいつまでも――、
「すまない、ウェンディ。君との婚約はなかったことにしてくれ」
なりませんでした。
「……どうして?」
屋敷の広間に呼ばれて、向かい合った途端に、突然そんなことを言われて、私は真っ青になることしかできなかった。
「もう一度言うよ。ウェンディ、君との婚約を破棄させて欲しいんだ」
今まで信じてきたことや思い描いてきたことが嘘のように、イアーゴは私のことをまるで何でも言うことを聞く飼い犬のように扱ってくる。
「イアーゴ……、どうしてなの?」
「本当にすまない。何と言ったらいいのか……」
「私……、何かいけないことした?」
「いいや、君は何もしてないよ。逆に君は今でも、僕のために一生懸命なことはわかってる」
「……じゃあ、何か物足りなかったとか?」
「いいや、僕は、今でも君を愛している。本当さ。君に対する僕の気持ちは、今も変わらない」
「……だったらどうして?」
「それはね、ウェンディ……。この子と結婚すると、一族の中で僕の地位と名誉が跳ね上がるからさ♪」
と、イアーゴは軽々しく言って、
「ハ~イ♪ はじめまして、ウェンディ~♥」
彼の影の中から、とてもとてもかわいくて、踊り娘みたいな格好をした美少女が出てきたの。
「わたしは、エリカ。代々千年続く、真祖の末裔たる一族のお姫様よ~♥」
そう名乗って、エリカはあざとい笑顔を振りまく。あからさまに、振られた私のことを侮辱していた。
「……なるほど。吸血鬼のお姫様と政略結婚したいから私との婚約を破棄したいというわけね?」
「そういうことさ、ウェンディ。これは僕にとってチャンスなんだよ! エリカと結婚すれば、魔族の中で僕の名声と地位は、一挙に跳ね上がる!」
「わかった、ウェンディ~? どっかの田舎の出のあんたとわたしとじゃ、格が違いすぎるってワケ、格が。愛する彼氏に与えられるモノってモンがねえ~♪」
「ああ。そうさ。君は、ウェンディがどうがんばっても与えてくれないものを、僕に与えてくれる。愛しているよ、エリカ」
「わたしもよ、イアーゴ。いつまでも、愛してるわ~♥」
そう言いながら、イアーゴとエリカは、私の目の前で熱い口づけを交わす。
私が見ている前で、何度も……。
ああ、彼が「愛してる」って、こんなものだったのね……。
私の心は、悲しみに沈んだ。
そんな私の様子に、イアーゴが気づき、キスをやめて、私の方に声をかける。
「大丈夫だよ。安心して、ウェンディ。君のことは僕の愛妾として……」
「そうよ。あんたのことは醜き奴隷としていつまでも可愛がってあげるわ♥」
エリカがそう言うと、イアーゴの胸元にいる彼女の両側に、黒ずくめの格好をした屈強なる二人の大男が出てくる。
おおかた彼女の親衛隊である、吸血鬼の精鋭の戦士だろう。
「ちょっと待て、エリカ……。話が違うじゃないか。ウェンディは……」
「いやあね、イアーゴ。そんなこと、真祖の末裔たるこの私が認めるわけないじゃな~い。自分の旦那に愛されてる妾だなんてねえ~♪ 醜き奴隷は、こいつらのオモチャにされるのが、お似合いよ♪」
ああ、こんな男のせいで、こんなことになるだなんて……。
「やめろ、エリカ。ウェンディには……」
「問答無用よ、やっちゃいなさい、お前たち!」
「「はっ、エリカさま!!」」
エリカが命じると、二人の大男がコウモリ男に化けて、私に襲いかかってきた。
「や、やめろー!」
「「シャアアアアア!!」」
イアーゴが止める暇もなく、私の血を吸って、奴隷にするために。
「まったく、もう……」
心の底から炎のような怒りが湧き起こった私は、右手の指輪から銀のナイフを作って、
「……思い知らせてあげるんだから!」
攻撃をさっとかわして、コウモリ男たちの首を斬り裂いた。
「……はっ?」
「えっ……えええええええええええええええええええええええーーー!!??」
私が今したことに、エリカはキョトンとなり、イアーゴは驚愕の声を上げる。
コウモリ男たちは私の足元に倒れ伏して、黒い塵となって消えて行った。
「……ウェンディ、今のは?」
「……ごめんなさい、イアーゴ。私、ずっと黙っていたことがあるの。あなたに、嫌われたくなかったから」
「君は、一体?」
「私、実はね……元は、ヴァンパイアハンターだったの」
「…………はい?」
「私の家は、代々五百年続いてきた狩人の一族でね。私も子供の頃から英才教育を受けてきて……、一族の掟だの、絆だの、仕来りだの、政略結婚だの、婚約者だの、吸血鬼狩りの仕事や戦いだの、めんどくさくて、束縛された人生に本当にウンザリだった……。だから素敵なあなたについてきたのに!」
私の告白は、途中から完全に愚痴だった。
私が愛していたイアーゴは、何も言ってくれない。
それに対して、エリカの反応は素早かった。
「……親衛隊!!」
「「はっ、エリカ様!」」
彼女の周りに、二十人の親衛隊が召集された。
「あたしのために、あの子を倒して!!!」
「「お望みのままに!」」
二十人全員が一斉にコウモリ男となって、私に襲いかかる。
同時に私は、指輪から二十本の銀のナイフを作って、ぶん投げていた。
二十本の銀のナイフ全部がコウモリ男の脳天を貫通し、黒い灰に変えて、エリカとイアーゴの後ろにある壁にぶっ刺さった。
親衛隊があっけなく全滅し、エリカがイアーゴと一緒に愕然となる。
「……ねえ、ウェンディさん?」
エリカは、ガクガクブルブル震えながら聞いてきた。
「あなたのお家の名前ってなんていうの?」
「ヘルシング家の分家筋よ」
「……あの伝説の?」
「うん」
「あら、そうなの。本当は、とっても素敵なお家の出なのね♥」
「それとあんまり実感ないんだけど、私、本家も含めて一族始まって以来の天才少女みたいなの」
「わあ、スゴイじゃない!」
「ドラキュラ伯爵家の一派を一人で全滅させたこともあって、その時から『銀と血と笑顔の聖女』と呼ばれるようになったわ」
「やだ~。ドラキュラ伯爵家って言ったら、私たちの中でも最強の一族じゃな~い。しかも『銀と血と笑顔の聖女』って史上最強の吸血鬼狩り…………ごめんなさい、ゆるして」
「ダ~メ♪」
イアーゴの見ている前で、私は銀の十字架を造って、エリカを磔にした。
吸血鬼は、銀に触れると激痛を感じて火傷しちゃうの。
「いやあー、痛い、痛い! やめて~!」
「何言ってるの。私を奴隷にしようとしたくせに」
「あやまるから、あやまるから!」
「だからダ~メ。しばらくそのまま泣いててね」
「イヤー、助けてー! パパー! ママー! お兄さまー! イアーゴ!」
エリカの悲鳴を聞いても、イアーゴは私の前で震えることしかできなかった。
「……ダメだよ、ウェンディ。エリカが痛がってるじゃないか」
「だからしばらくこのままって言ってるでしょ」
「は、はは……。ごめん。ゆるしてくれ。君への気持ちは本当に変わらない。エリカがやろうとしてたことだって知らなかった。僕は、君に危害を加える気なんて……」
「ええ。わかってるわ、イアーゴ」
「よかった。本当にごめんね。君とは改めて婚約を……」
「浮気したくせに」
「そ、それは……」
「奴隷にしてあげる」
「やーめーてー!!!」
――それから、しばらく経ちました。
私たちは、吸血鬼と吸血鬼狩りの刺客たちに何度も襲われて……、
「ほお……貴様か。狩人の小娘に尻尾を振る裏切り者! 仔犬のイアーゴとは!?」
「……そうさ。麗しのウェンディに可愛がられている、仔犬のイアーゴとは僕のことさ!!」
毎回、本当は臆病なイアーゴに戦わせていた。
「はっ、偉そうにほざくな、飼い犬め! 小娘の前に貴様から始末してやる!」
「ハハハハハハハ! 無駄だよ。シャアアアアアアアアアアアアアーー!!!」
それで、私はと言うと、
「ふんふ、ふんふ、ふう~ん♪」
エリカとイアーゴから分捕ったお金で、贅沢三昧の生活を送っていた。
世界各地の豪華なホテルや料理店を渡り歩いて、今日も私はホテルのスイートルームで、風呂上がりにソファーの上でくつろぎながら、美味しい紅茶とチョコレートアイスを満喫している。
「う~ん、もうサイコ~。やっぱり都会の贅沢な生活ってたまんな~い。田舎の家を出て正解だったわ~♪」
あれから実家の連中も裏切り者だのうるさくやって来るんだけど、ほんとエラそうなのよね。
本家と違ってお金稼げない貧乏貴族だし、私がいなかったら吸血鬼をロクに狩れない分際で。
「……ただいま~。ウェンディ~」
そこへボロボロになったイアーゴが帰ってきた。
「おかえり~、イアーゴ。生きてる~?」
「……ああ。無事だよ、ウェンディ。君を残して死ぬもんか」
イアーゴは私の血を吸ったことで、メチャクチャ強くなってるから、吸血鬼だろうと吸血鬼狩りだろうとそんじゃそこいらの奴らに負けたりしない。
私の番犬として、いつも大活躍よ。
「まあ、今度こそ『死んじゃう!!』と思ったけどね……」
けれど彼自身は臆病で、戦い方もヘタクソだから、いつも泣きながら戦う羽目になってるけれど……。いい気味。
「ありがとう。それじゃあ、早速今日の夕飯に取り掛かってくれる」
私は、ボロボロで疲れ切った彼に、ご主人さまとして遠慮なく命じる。
「私、今日はステーキがいいなあ」
「ああ……。任せてくれよ、ウェンディ……」
料理、掃除、洗濯、身の回りのお世話など、召使いにやらせる仕事は、ぜーんぶ贅沢な暮らししかできなかった侯爵家出身のイアーゴにやらせてるわ。
戦闘や狩りや家事なんて、男にやらせるに限るわよね。面倒で、疲れるだけだもの。
「……ねえ、ウェンディ。僕、がんばってるよね?」
「ええ、イアーゴ。あなたは、がんばってるわ」
「僕、君のために、いっぱいいっぱいがんばってるよね!?」
「うん。あなたは、私のためにとてもがんばってくれてるわ」
「だからさ……もう許……」
「ダ~メ♪」
私は、屈託のない笑顔で答えてあげる。
「浮気の罪の重さは、こんなものじゃないのよ」
「おねがいーーーーーー!!!!」
イアーゴは、私に泣きついた。
「怖い戦闘とつらい召使いの仕事は、もういやだよおおおー!!!」
「う~ん。どうしよっかな……」
だって、イケメン好きにできるの、たまらないんだも~ん。
そうだ。イケメン吸血鬼狩りとかおもしろそうかも〜。