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翌日父と共に登城し、国王陛下に謁見を求めたが、案内された部屋に居たのはエグモント王子だった。お前に用はない、なんで居るんだ。
不快指数が急上昇した私と反対に、エグモント王子は機嫌が良さそうだ。私の前では珍しく、笑顔を浮かべている。
「さすが公爵家、耳が早いな」
どっかりと椅子に座り、エグモント王子がにやにやと私を見つめる。気持ち悪い。最近ウチに来なくなったから平和だったのに、会わない間に何をやらかしたんだ。
「恐れながら殿下、何を仰っているのか分かりません」
「知らぬのにオレ様に会いに来たのか?やはり運命なのだな」
いや本当に何言ってんだコイツ気持ち悪い。私がエグモント王子から距離を取るために父の後ろに隠れると、王子はまたにやにやと笑う。顔面に一撃お見舞してやりたい。
私が拳を固めていると、ドアが開いて国王陛下が入室してきた。若い女性を伴って──あれっ、フローラだ。今回では初めましてだね。
フローラは私を見て顔を顰めた。今の人生では全く接点がないはずなのに、どうも嫌われているらしい。
彼女はエグモント王子の腕にぶら下がると、豊かな胸をグイグイ王子に押し付けた。王子は一瞬鼻の下を伸ばしかけたが、私の視線に気づくと慌てて咳払いし、フローラを腕から離す。
「ベアトリス、彼女はフローラ、教会が認めた聖女だ。この度オレとフローラは婚約することになった」
「それはそれは、おめでとうございます!」
私は満面の笑顔で祝福した。エグモント王子の顔が真っ赤になったが、フローラの胸の感触でも思い出したのだろうか。
未だにエグモント王子の婚約者が決まっていなかったのには驚いたが、結局フローラになったのか。これはもう、王子の言うように運命なのだろう。エグモント王子の真実の愛の相手はフローラで良いじゃないか。ねえ、女神様?
私は十六年振りに、女神に話しかけていた。朗報にテンションが爆上がりしたせいだ。女神はきっと、この状況を見ているのだろう。これで納得して、二度と時間を巻き戻したりしないで欲しい。まぁ、私にはもう関係の無いことだけど。
「だが、これは政略結婚だ。フローラとは政治的な判断で婚約するだけだ。だから安心してオレ様の正妃になれ、ベアトリス!」
「……は?」
おかしいな、無関係なはずだよね、私。
「オレ様が愛しているのはお前だけだ、ベアトリス。フローラにもきちんと話してある。お前ももう十六歳なんだから、いつまでも子どもじみた意地を張ってないで、オレ様を愛していると認めるんだ!」
「エグモント殿下、妄想も大概にしてください」
「ハハハ、照れ隠しか?本当はオレ様とフローラの婚約を知って、不安ですっ飛んできたんだろう?」
「違います。私は国王陛下にご報告があって」
「いい加減素直になれ。オレ様の気を惹きたくて、勇者の真似事までしていたくせに」
まるで話が通じない。おまけに勇者の真似事だって?私に勇者の雷を落とされたこと、忘れたとは言わせない。
エグモント王子の不愉快な言動のせいで、私の気分は乱高下する。頭が痛い。元から人の話を聞かない人だったが、私が雷を落としたせいで、大事な脳の神経が焼き切れたのか?私のほうがプッツン切れそうなんだが。
「さぁベアトリス、せっかく来たんだから結婚式の相談でもしようじゃないか」
「フローラさんと相談すれば良いのでは?」
「フローラとは後で良い。正妃との結婚式が先だ」
エグモント王子は父を押し遣り、私の手を掴もうとする。その手が見えない障壁に弾かれた。と同時に、私は後ろに引かれ、馴染み深い温かさに包まれる。
「さっきから聞いておれば、ずいぶんと勝手なことだな」
カミュ様の声は、はっきりと怒気を含んでいた。頭から押さえつけるような威圧感に、カミュ様の神気に慣れている私でさえ震えがくる。
真っ先に折れたのは国王陛下で、エグモント王子とフローラを薙ぎ倒しつつ、自らも平伏した。目に見えてガタガタ震えながら床に頭を擦り付ける国王陛下。威厳の欠片もないが危機察知能力は高いなと、若干現実逃避気味な感想を抱く私。
「国王よ、我のことは公爵から聞いておるな?」
カミュ様の問い掛けに、国王陛下は頭を下げたまま何度も頷いた。そうなの?お父様、陛下にカミュ様のこと話してたの?
目で問うた私に父は苦笑いで応える。ちなみに父は立ったままだったが、カミュ様の威圧感が増し、膝を折った。
背中から感じる神気が、かつて無いほどに荒れ狂っている。カミュ様は何をこんなにお怒りなのだろう。
「ならば、なぜ国王の息子如きが、我の花嫁と結婚などとほざいておるのだ?」
えっ?それ私のことですか?カミュ様の花嫁なんて話、聞いてないんですけど!