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ふと目を開けると、私はカミュ様の膝の上にいた。またやってしまった。十年掛けて刷り込まれた習慣は、そう簡単に修正できるものではない。恥ずかしいから止めようと思っても、ついうとうとしてしまうのだ。
私はもうすぐ十六歳だ。実態はともかく淑女と呼ばれる年齢になるというのに、カミュ様は相変わらず私をお膝に乗せて下さる。やんわりとお断りしても乗せて下さる。遠慮するな、我と其方の仲だろうと。
いや遠慮とかそういうのではなく、父の視線が痛くてですね……。幼児の頃ならともかく、私もう重たいですし。
「御父上が存命なのは、我の加護があるからだが。余計なことであったか?」
「いえいえ感謝しておりますとも。ですが、それとこれとは話が別でしょう」
にこやかに話すカミュ様と父。すっかり仲良しだ。
これまでの人生で、父は私が十歳になる前に亡くなっていた。政権争いに巻き込まれたり、魔物や盗賊に襲われたり、理由は様々だったが、寿命が定められているかのように必ず父は死んでしまった。
もちろん私は父の生命を守るために毎回手を尽くしたが、結果は変わらなかった。父の庇護の無くなった私は次第にエグモント王子から疎まれ、フローラに聖女の地位を奪われても反論すら出来ず、誰も味方が得られぬまま死に至る。それが前回までの私だ。
だが今回は違う。父のことを相談すると、カミュ様はあっさりと、父にも加護をくださった。私のように世界が滅亡しても生きていけるほど強力なものではなく、ちょっぴり運が良くなる程度の軽いものなのだとか。
それでも、私がこれでもかと魔法で守っていても死んでしまっていた父が、ここまで命を落とすこと無く来ている。カミュ様に出逢えて本当に良かった。
心からの感謝を捧げていると、私のお腹に回したカミュ様の腕が、私の身体を更に引き寄せた。ベッタリと密着した私とカミュ様を、父が力ずくで引き剥がそうとする。
「止めよ。ベアトリスが嫌がっておる」
「嫌がっているのは神様の膝の上ですよ。ベアトリスを子ども扱いするのは止めてやってください」
「では大人として扱って良いか?」
「大人扱いも駄目です!」
父よ、いったいどうしろと。
「お父様、私はカミュ様に大人として扱って頂きたいです」
「ベアトリス、お前は黙っていなさい」
父は理不尽に言い放つ。横暴だ。カミュ様が機嫌を損ねられたのではと心配になったが、私の耳にはカミュ様がクスクス笑う声が届いた。耳がくすぐったい。
「其方は我に、大人として扱って欲しいのだな」
父の視線が刺さるので、私は無言で頷く。なんですか、そのお顔は。言い付け通り黙ってるじゃないですか。
「そう睨むな、御父上。我が愛しい子は分かっておらぬ」
「そうでしょうね」
「私は明日で十六歳です。もう大人ですわ、お父様」
「まだぎりぎり子どもだ!」
この国では十六歳で成人となり、貴族としての義務が課される。私の場合はちょっと特殊で、魔王を封印するために旅立つことが決められている。国による勇者認定はまだなのに、勇者の義務は果たせというのだ。納得がいかない。
それでも私は明日の朝、魔王の城を目指すことにしている。だからカミュ様は、私の加護を最大限強化するために、私と密着されている。すごい勢いで神力が注がれているのを感じたので、私は恥ずかしいのを我慢して、大人しくカミュ様に抱きかかえられていた。
「ベアトリス、手のひらを見せてみよ」
手のひらの花模様は、この十年で大きく生長した。初めは爪くらいの大きさで、五枚の花弁の花だった。それが今では何重にも花弁の重なった、手のひら一杯に広がるものになった。色も淡いピンクから薄紅色、深紅と濃くなり、鮮やかで艶やかな印となっていた。
「ふむ、これなら問題無かろう」
私の手のひらの花を、カミュ様の手がゆっくり撫でている。カミュ様はなんとなく嬉しそうで、声が弾んでいる気がする。
カミュ様のお墨付きを頂いたからには、魔王の封印は無事成功するだろう。そうなれば、私はこの世界からさよならだ。
カミュ様と出逢った日。この世界への未練を捨てられなかった私に、カミュ様は仰った。
「魔王を封印する力を授けよう。その代わり、封印が成功した後は我の世界に来て、我の仕事を手伝ってはもらえぬか」
私は生涯カミュ様に仕えると約束し、魔王を封印出来る勇者の力を得た。それだけでも有り難い事なのに、カミュ様は父も助けて下さった。
私は花模様を見つめながら、改めて誓う。
早くカミュ様のお役に立てるよう、急いで魔王を封印しよう。