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突然のエグモント王子の宣言に、辺りは騒然とした。あちらで卒倒しそうになっているのは、王子の婚約者候補最有力だった候爵家の御令嬢だ。壇上では既に王妃様がお倒れになっている。国王陛下も普段の威厳は何処へやら、ポカンと口を開けて突っ立っている。
これだけ騒ぎになるといることは、エグモント王子は何の相談も根回しもなく、私を婚約者にと言っているのだろう。馬鹿ですか、馬鹿ですね。腐っても王子の婚約者を、お前の一存で決めて良いはずないだろうが。
父が私の顔を窺う。お断り一択だよねと顔に書いてある。父としても、あれは無いと判断したようだ。同意を示すと、父は貴族的な笑顔を貼り付けて、お断りの口上を述べてくれる。
「誠に申し訳ございませんが、娘の能力ではエグモント殿下と釣り合いがとれません。殿下の婚約者の栄誉は、どうか他の御令嬢に」
「出来るならオレ様もそうしたい。でも、勇者であるオレ様には聖女の力が必要だと女神に言われたんだ。だから仕方なく、お前の娘を婚約者にしてやるんだ」
王子のこの言い方だと、直接女神からの御告げがあったように聞こえる。そうなのか?これまで何度も、エグモント王子にも女神から勇者の力の覚醒について伝えてくださいとお願いしたが、全く聞いて貰えなかったのに。
女神の御告げを受け取れるのは信心深い者だけだってのは、真っ赤な嘘だったのか。私にまるっと丸投げだったのは、単に面倒くさかっただけなのか。
私は一歩踏み出して父と並び立ち、父によく似た貴族の笑みを浮かべた。国王陛下のお顔が引き攣っている。この笑顔は父が心底怒っている時だとご存知のようだ。私も陛下の息子さんに怒ってますよ。
「恐れながら陛下、発言をお許し頂けますでしょうか」
エグモント王子のことは無視して、国王陛下にお願いする。陛下は鷹揚に頷いた。怒れる父よりましだとでも思ったのだろうが、お生憎様。父の身内に甘いが敵には容赦無い性格は、しっかりと私に受け継がれている。
これまで私はエグモント王子と表立って敵対してはこなかった。個人的に王子のことは嫌いでも、魔王を封印するためには必要な人だと思って我慢していた。この世界のために。
だけど、もう良いよね。なるべく目立たず騒がず大人しくしている予定だったのに、私を舞台に引き摺り出したのはそっちだからね。
「陛下、エグモント殿下は何か勘違いをしておられます。私は聖女などではございません」
「女神がお前を聖女だと言ったんだ。お前は女神が嘘つきだと言うのか!」
その通り、駄女神は嘘つきですよー。私は女神に騙されて、無駄に百回も人生繰り返しましたけど。その辺の事は聞いてないのか?
私はゴミを見る目でエグモント王子を一瞥してから、視線を国王陛下に戻す。
「私には女神の声は聞こえませんので、女神が何と仰ったかは存じません。ですが、重ねて申しますが私は聖女ではございません」
「嘘だ!」
「嘘ではございません。私は聖女ではなく、神に特別な力を与えられた勇者なのです」
エグモント王子がポカンと口を開ける。間抜けな顔は国王陛下にそっくりだ。王子は暫く唖然としていたが、私の言葉にやっと理解が追いついたようで、途端にゲラゲラと笑い出した。笑い方にも品が無い。
「こいつ、馬鹿も休み休み言え。勇者はオレ様だ!」
「そうですか。でも私も勇者です」
「お前の何処が勇者だ、聖女だってのも怪しいのに、お前なんかが勇者の訳ないだろ!勇者ってのはオレ様みたいに強くてカッコいいんだ!」
おかしいな、私が聖女だってのも疑ってるのか?女神は嘘つかないんじゃなかったのか?
それに今の発言、聖女は勇者より下だと見下してるのが滲み出ちゃってるよ?そんな心構えで勇者が務まるの?
私はにっこりと笑みを深める。
「陛下、言葉を並べても埒が明かないようなので、勇者としての力をお見せしても宜しいでしょうか」
言っても分からないなら実力行使だよね。
「ここでか?危険はないのか?」
「父上、こんな女に大した事など出来る訳がありません!やらせてみれば良いではありませんか!女、オレ様に向かって魔法を使ってみろ!本物の勇者の力で防いでやる!」
「エグモント殿下、大丈夫なのですか?私の力でお怪我でもされたら、我が公爵家にお咎めがあったりしませんか?」
「ふん、お前の力ごとき、オレ様に効くわけがないだろう!かすり傷程度で責めたりするか!」
胸を張って自信満々に言い切ったエグモント王子。そうですか、では何があっても私や公爵家には責任が無いということで。
とりあえず言質は取った。もの問いたげな父には後で説明するとして、一旦離れてもらう。父の不安気な顔を初めて見た。当然だよね、普通の子だと思っていた娘が、いきなり自分が勇者だなんて言い出したらびっくりするよね。
でもごめんね、お父様。本当に驚くのはこれからなんだよ。
私は左の人指し指で空を指した。魔力を指先に集中し、適当なところでエグモント王子に向け、放つ。
はいドーン!