3
百一回目の誕生から六年がたった。この六年間は平和に穏やかに過ぎてゆき、女神の関与がありそうな出来事は一切起こらなかった。それもこれも神様が、私に加護を与えて下さったおかげだ。神様の加護が、女神が私に干渉するのを防いでくれている。
私は毎晩寝る前に、神様に祈りを捧げるのが日課になった。今日も祈りを終えてから、右手のひらにある花のような形の痣に触れて呼び掛ける。
「カミュ様、今宜しいでしょうか」
神様の御名は発音し辛いと伝えると、神様はカミュと呼ぶ許しをくださった。神様の御名の頭部分の発音と似ているし、神の発音とも似ているからと。
カミュ様からすぐに返事が返ってくる。
『大丈夫だ。何かあったか?』
「いえ、万事つつがなく過ごしております。ただ、明日は王宮へ招待されておりますので、そのご報告をと」
『ああ、明日だったか。運命の分かれ目だな』
明日はエグモント王子の7歳の誕生会がある。そこに招待されている令嬢の中から、王子の婚約者が選ばれる。
私はこの六年間、ごく普通の子どもの振りをして過ごしてきた。百回分の記憶があるだけでなく、知識も魔力も身体能力も精神力も、ありとあらゆる能力が百回の人生分繰り越されているので、実際の私は化け物じみている。バレたら王家に目を付けられたり、色々と面倒事が押し寄せてきそうなので、隠しているのだ。
そのため私の評価は凡庸で、エグモント王子の婚約者候補筆頭は才女と名高い候爵令嬢だ。是非とも候爵令嬢には、このまま王子との婚約に漕ぎつけて頂きたい。貧乏くじを押し付けるようで申し訳無いが、相手が変われば浮気王子もマトモになるかもしれないし。
だが、あの女神がこのまま大人しく引き下がるとも思えない。駄女神だとしても神の力は強大だ。正直私は不安なのだ。その不安を紛らわせたくて、特に用もなくカミュ様に話し掛けてしまった。
『心配するな。我が付いておる』
カミュ様には私のちっぽけな不安なんてお見通しのようだ。また私の考えを読まれたのかもしれない。手のひらの花紋が温かくなり、カミュ様の力が流れ込んでくる。与えられた加護の力が強まったのが分かった。
「ありがとうございます」
『良い。其方は我の愛し子だからな』
神の加護を受けた者は、愛し子と呼ばれる。勇者も聖女も神の愛し子だ。
愛し子は幸せを約束されているはずなのに、女神の愛し子だった時の私は毎回悲惨な運命を辿った。だから私は、愛し子という呼び名が好きではない。
『我の護りは万全だ、愛しい子よ』
「はい、カミュ様。信じております」
やっぱりカミュ様には、私の考えを読まれているようだ。嫌いな呼称をわざわざ変えてくれるカミュ様は、とても優しい神様だ。
その気遣いだけで私の不安は吹き飛んで、私はぐっすりと眠ることが出来た。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日スッキリ目覚めた私。質の良い睡眠のおかげで肌ツヤも良く、我ながら美少女だ。けれど、王宮に出向くための馬車に乗る頃には、私は瓶底眼鏡にソバカス顔の、地味な少女に変身していた。服装も、失礼にならないギリギリまで地味にしてある。間違っても王子や王妃の目に留まらぬようにだ。
言葉が喋れるようになってから、私は事あるごとに王家に嫁ぐのは嫌だ、特にエグモント王子とは絶対に嫌だと両親に伝えてきた。初めのうちは笑って流されていたが、次第に私が本心から嫌がっているのが伝わったのだろう、今では二人とも私の味方だ。
今日も、何かあれば父が王家との間に立って、交渉してくれるとの約束だった。何を言われても婚約を断れるよう、百回分の王家の遣り口を元に父とシミュレーションした。
でもこれは想定していなかった。
「おい、公爵家のベアトリスはいるか!いるなら出てこい!」
誕生会が始まってすぐ、壇上で挨拶するはずのエグモント王子に名指しで呼び付けられた。
私は父と顔を見合わせた。出来ることなら回れ右して家に帰りたい。だが父は名宰相として顔が知られており、一緒にいる私が娘のベアトリスだと丸分かりだ。
周囲の人々の視線に押され、自然に出来上がった花道を嫌々父と進み、王子の前に出る。エグモント王子は私を頭から爪先まで不躾に値踏みして、フンと鼻で笑った。
「お前がベアトリスか。聞いていたのと全然違うな。どこが可愛いんだ」
ウチの子は可愛いと言い掛けた父を、上着の裾を引いて黙らせる。父の不満そうな顔がしゃくにさわったのか、エグモント王子はますます不機嫌に、尊大に言い放つ。
「こんなブスと結婚なんて嫌だけど、女神様の御告げだから仕方ない。お前をオレ様の婚約者にしてやるから有難く思え!」
エグモント王子の宣言に、伊達眼鏡がずり落ちそうになる。女神の御告げだと!?あの駄女神、私と直接コンタクト出来なくなったから、搦め手で来やがった!