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 転移先は公爵家の応接室だった。突如出現した私達に、掃除をしていたメイドがビクリと身を竦ませたが、すぐに礼をして部屋を出ていく。カミュ様が毎日のように通って来ていたので、我が家の使用人達には耐性が出来ていた。そんなにウチにばかり来ていて、カミュ様の世界は大丈夫なのだろうか。


 カミュ様の世界はどんな所だろう。自然豊かで人が少ないらしいが、他の生き物は沢山居るのだろうか。食べ物が美味しいと嬉しいな。言葉や文化の違いに慣れるのに、どのくらいかかるだろう。


「前向きに考えておるな。我の花嫁の自覚が出てきたか?」

「あれこれ考えてないと、二人きりの状況に耐えられなくて……また私の頭を覗いてますね?」

「許せ、いつも可愛らしいことを考えておるから、つい覗きたくなるのだ」


 私に可愛らしいなんて形容詞を使うのは、カミュ様と父くらいだ。エグモント王子にはいつも、可愛くない女だと言われていた。


「あの王子に未練があるのか?」

「まさか。好意の欠片もない、ですよ」


 カミュ様が女神に言った言葉を引用し、エグモント王子には全く好意が無いことを強調する。カミュ様は笑いながら私の手を引いて、もはや指定席となっている長椅子へと誘った。いつものように私を膝の上に乗せて、ご満悦だ。


「そういう所が可愛らしいのだ、我が花嫁は」

「それなんですが、私がカミュ様と交わしたのは、雇用契約でしたよね?」

「其方は生涯、我の世界で我の仕事を手伝うと約束したろう」

「はい。終身雇用契約だと思っていたのですが」

「一つの世界に神は一柱。例外は、夫婦神で世界を管理する場合のみだ。故に其方が我の仕事を手伝うならば、我の妻とならねばならぬ」


 そんな神様の世界の常識なんて知らない。

 だが疑問が一つ解けた。カミュ様の弟君がこの世界を管理するという話から、いきなり結婚の話になって訳が分からなかったが、この理があるからだったのか。

 だけどそうなると、カミュ様は初めから、私を妻にするつもりだったと?


「もちろんだ。其方の手のひらにも、神の花嫁の印を刻んでおるだろう」


 この花模様、花嫁の印なんですね。知らなかった。カミュ様は嘘はつかないけれど、説明が圧倒的に足りてない。わざとですか?


 非難を込めてじっと見つめると、そっと目を逸らされた。それが答えだ。


「……すまぬ。いきなり嫁にと言っても、断られると思ってな」

「そうですね。初対面で結婚とか言われていたら、警戒するだけだったと思います。思いますけど」

「騙し討ちのような真似をしたことは謝る。だが、我はどうしても、其方を花嫁に迎えたかったのだ。そのために、ずっと其方を見守っておったのだ」

「え?それって何時からですか?」

「……女神が我の世界から、魂を連れ去ろうとした直後からだ……」


 つまり、私が一番最初に産まれる前。私は大体二十歳前後で死んでいたから、それが百回分で、正味二千年?


「……もっと早く助けて欲しかった……」

「我もそうしたかった。だが、神は、人が神の存在を認めねば干渉出来ぬのだ。我はずっと其方に語りかけておったが、声は届かず、ずっと歯痒い思いをしておった」


 私は、女神が唯一この世界の神だと知っていた。女神にそう教えられたからだ。

 あの時初めて女神以外の神に祈ったのは、女神を信じられなくなっていたからで、他の神の存在を知ったからではない。だけど、もしも他に神が居るならと、そう願ったことで、カミュ様の声が聞こえるようになったのか。


「カミュ様、ありがとうございます。ずっと私を見守ってくださって」

「気持ち悪いとは思わぬのか?二千年もの間、一方的に見られておったのだぞ?」

「カミュ様は紳士な神様ですから、人に見られたくないような場面はご覧になっていませんよね?」

「……その、すまぬ……責任を取らせてくれ……」


 何を思い出したのか、カミュ様の顔が朱に染まっている。詳しく聞くのは自分の首を絞めることになりそうなので、諦めることにする。

 それにしても、照れたカミュ様のなんと可愛らしいことか。まさに私の理想が体現されている。


「そういえば、カミュ様の本当のお姿は、どんな感じなのですか?」

「本来神に決まった姿は無い。だが我の姿形は、其方が好ましいと思うものに固定した。よって其方が今目にしているのが我の本当の姿になる」

「それで宜しいのですか?」

「構わぬ。これで其方が我を好いてくれるならな」


 カミュ様が居住まいを正し、真剣な表情で私の手を取る。さっきまでの可愛らしいカミュ様が、格好いいカミュ様に変化して、私は急に居心地の悪さを覚える。逃げ出したいのに、カミュ様の手が私を離してくれない。


「ベアトリス。我の嫁に来てくれぬか?」


 私の存在は、もはや人間にとっては脅威だ。百回の人生で身につけた能力だけでも化け物じみているのに、今やカミュ様の加護を得て人外の域に到達している。こんな私が人間界で暮らしたら、軋轢が生じることだろう。魔王の脅威が無くなったことだし、次の討伐対象は私だ。

 だから、神の世界に行くことには何の躊躇いもない。問題なのは、私がカミュ様の花嫁に相応しいとは思えないことで。


「神の花嫁の印は、生涯一人にしか与えられぬ。其方が嫁に来てくれなければ、我は悠久の時を孤独に過ごさねばならぬのだが」

「逃げ道を塞がないでください」

「逃がすと思うか?我の想いを甘くみるでない」


 ああ、その笑顔は反則です。


「この姿にしたのは効果てきめんだな。ベアトリス、難しく考えることはない。我が好きか?」


 私の答えはとっくの昔に決まっていた。


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