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 オギャーと一声泣いた瞬間に、大量の記憶が雪崩込んできた。前回と前前回と前前前回と前前前前回と前前前前前回と……ざっと見積って百回分の記憶だ。私は人生を百回ほど繰り返しているようだ。それに気づいた途端、驚き過ぎて涙なんて引っ込んでしまった。

 急に泣き声が止まったので、息が止まったと思われたらしい。私は裸のお尻をペンペンと叩かれた。めちゃくちゃ痛い。歴戦の産婆さんは産まれたばかりの赤ん坊にも容赦ない。痛みで涙と一緒にアウーと言葉にならない声が出て、それでやっと産婆さんは私を産湯に運んでくれた。


 ゆらゆらと湯に揺れながら、私は溢れそうになる記憶を大まかに整理していった。

 私は公爵令嬢で聖女のベアトリス。勇者であるエグモント王子の婚約者になるが、王子はフローラという女性と恋仲になり私との婚約を破棄する。これがデフォルト。

 周りとの関係によって、それまでの道筋もその後の展開も変わってくるが、エグモント王子が私を蔑ろにして棄てるのは毎回変わらない。だが魔王を封印するためには勇者と聖女の真実の愛が必要で、私は世界の滅亡を防ぐために何度も人生をやり直している。

 つまり、エグモントは毎度毎度私を裏切って、浮気を繰り返しているクソヤロー。そこまで整理したところで、頭の中で女性の声が呼び掛けてきた。


『良かったー、ちゃんと巻き戻ったみたいねー。しばらく応答無かったから心配しちゃったわー』


 声の主は、私をこのリピート地獄に突き落とした女神だった。これまでは前回死んでから赤ん坊に戻るまで一瞬だったのに、今回タイムラグがあったから不安になったらしい。


『前回の記憶はあるみたいねー、じゃ、今回こそ頑張って真実の愛を掴んでねー』


 軽ーく難問を押し付けてくる女神。敬虔な信者だった前回までの私は、女神様のお言葉に素直に頷いていたのだが。


『お断りします』

『え?よく聞こえなかったんだけど』

『お断りだって言ったのよ、この駄女神!あんたの尻拭いはもう真っ平よ!』

『ええっ、ちょっとベアちゃんどうしちゃったの!?もしかして何か失敗した?』


 巻き戻りに不具合でもあって、私の精神に異常をきたしたのかと女神は思っているようだ。だが私は正気だ。むしろ今迄が異常だったのだ。


『失敗したのはあんたでしょ!聖女の魂消滅させたの誤魔化すために、よくも私をこき使ってくれたわね!もうあんたなんか神とも思わないわ!』

『え、な、何言ってるのかなー?女神が失敗する訳ないじゃないの、ねぇ?』


 必死に誤魔化そうとしているが、あからさまに声が動揺している。あの話は本当だったらしい。あんたの言う事なんて二度と信じるものかと、私は誓った。


『私はもうあんたの信者なんて辞めるわ。金輪際話し掛けてくるな!』

『待って、ベアちゃんお願い話を──』


 駄女神の声がフェードアウトしてゆき、やがて全く聞こえなくなった。ざまぁみろ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 前回、つまり百回目の人生の最後、私は断頭台の上にいた。ここも何度目かわからない程、お馴染みの場所だ。エグモント王子が自分の浮気を正当化するために、フローラを本物の聖女、私を偽者だとして断罪したせいだ。

 私は頭上の巨大な刃を睨みつつ、心の中で罵った。


 何故ここまで酷い事が出来るのか。どうして私だけがこんな目に遭わなきゃいけないんだ。どうせ女神様は巻き戻すだけで助けてくれない。他に神は居ないのか、居るなら返事しろ!


 人生百回目にして初めて、私は女神以外の神に助けを求めた。この世界には創造の女神以外に神は居ないと知っていたが、やけっぱちだったのだ。まさか返事があるなんて、思ってもみなかった。


『やっと我に呼び掛けたな、ベアトリス』


 頭の中に響く低音は、初めて聞く声だった。思わず口に出して呟いた。


「えっ、誰?」

『其方が呼んだのだろうが。我は神である』


 この世界で創造の女神以外に神を名乗るものは、邪神だと言われている。私は邪神に魅入られてしまったのか。


『失礼な、我は邪神などでは無い。そちらとは別の世界の神だ』

『はあ、そうですか』


 どっちでも良いや。どうせもうすぐ死ぬし。


『其方の言う通り、死は免れない。だが、其方が望むなら、あの駄女神の支配下から外してやることは出来るぞ。どうす』

『ぜひお願いします!』


 私は食い気味に答えた。繰り返しの人生に飽き飽きしていたし、いい加減疲れ果てていたのだ。深く考えたりしなかった。この不毛な繰り返しから逃れられるのなら、相手が邪神でも何でもいい。


『だから邪神では……まぁいい、時間が無いからな。死ぬ前に我の名を唱えるのだ。我の名は──』


 私は慌てて教えられた神の名を唱えた。異世界の神だからか発音が難しい。つっかえては言い直し、何度目かでやっと完璧に発音出来たと同時に、私の首は斬り落とされた。


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