Catch59 鼠の殿様
現行憲法はかなり壮大な理想を掲げています。真剣に実現しようと取り組んで来なかった事が「軍事以外の安全保障」を疎かにしてしまったと考えています。
明日は憲法記念日です。現行憲法の掲げる「平和主義」「福祉国家主義」が本当に実行できるのか様々な意見が出ていますが、一人ひとりが誰かに言われたことを鵜呑みにするのではなく自分で学び考えて「自身の考え」を育んで欲しい物です。
平和主義の転換につながりそうな「安保法制」が議論されていた頃、TBSの情報番組サンデーモーニングで、「政治家の気概」という時事テーマをやっていました。
国内の政治家や民衆の大半が1つの方向へまとまり一斉に走りだそうとしている時に、その熱狂にただ1人対する事の難しさを話し合っていたのですが、その難事に立ち向かった例に対テロ戦争を提唱したブッシュ=ジュニアのアメリカ議会で反対票を投じたリー議員と戦前の帝国議会議員だった斎藤隆夫(1870~1949)を上げていました。
斎藤隆夫は「陸軍パンフレット騒動」(1935年)「粛軍問題」(1936年)など日中戦争の長期化と軍の肥大を警戒し、議会が次第に軍にすり寄って行く風潮を批判した「気骨ある政治家」として知られた議員です。外見が貧相で、マスコミに「鼠の殿様」と名付けられるような人でした。
彼の政治家としての真骨頂は長引く戦争に終結の見通しも示さず「あと少し」「あと少し」と予算の増額を要求する軍部を痛烈に批判した「反軍演説事件」(1940年)でしょう。
演説の中で「(軍は)聖戦の美名に隠れて国民に果てもなき負担を強い続けている」と見通しの甘さを批判した部分が「帝国が生き残るか滅びるかの聖なる戦いに一丸となっている時に不謹慎だ」となり、演説の3分の2が議事録から削除されてしまいます。
「殿様」は陸軍の猛反発と政局なども絡んだ党内外の事情で議員除名処分をくらい、衆議院議員を失職してしまいました。同じ年に全ての政党が自主的に解党し大政翼賛会へ合流、帝国憲法時代の政党政治は終焉を迎えます。
以後翼賛会が推薦する候補者以外は圧倒的に不利になる「翼賛選挙」体制となるのですが、1942年に行われた翼賛選挙で「殿様」は大差で当選し議員に返り咲きます。
斎藤隆夫の地元は兵庫県の但馬なのですが、定数3のこの選挙区で1位(斎藤)2位、次点(800票差)が非推薦の候補者でした。激しい軍や警察の選挙干渉・弾圧を跳ね返した選挙区の人たちも気骨・気概を持っていました。
結局、但馬の人たちなどごく少数の例外だけで歪んだ国家像を元に戻す事は叶わず、帝国憲法体制は敗戦によって崩壊します。翼賛選挙が、小選挙区制で自民党に公認されない候補者がとても不利になる今の状態と酷似しているように思えるのは気のせいではないでしょう。
昨今の国会審議に見られる不様な姿を見ると、今の自民党には「鼠の殿様」の存在すら望めないようです。尤も有権者もかなり劣化しているのかも知れませんが。
安全保障関連法案に対する賛成・反対の意見を聞いていて腹が立った事があります。「街の声」として紹介されていた、「世界平和に貢献するにはお金を出すだけではなく、人も出す方がいい。」「犠牲を恐れるのは身勝手」などの意見です。
誰かが言っていた事を聞きかじり吟味もしないで「自分の意見」として披露してしまったのでしょうけれど、どの口でこういう恥知らずな意見を言えるのでしょうか。
こうした「意見」を言う資格があるのは、自衛官とその家族の方たちだけです。どう見ても新橋駅前でインタビューに応じただけのサラリーマンにしか見えない方が「金で済まさず血を流せ」とは。
彼ら曰く、日本は「金だけ出して他人に血を流させている」、それは「(軍を出して血を流している)他国に失礼」だそうです。え~と、あのー、それは自衛官以外の日本人全てが今現在やっている、自分たちは「血」を流さず「金(税金)」を払って済まし、自分たちの代わりに自衛官たちに危険地域に行ってもらっている行為そのものではないでしょうか。
安全保障関連の法制が出来た事で私たちも「平和の為に血を流す貢献を出来るようになる」訳ではなく、相変わらず自分ではない誰かに血を流す危険を押し付けているだけの状態が続くという事です。そうした自覚すらないのでしょうか。
自分たちが戦場に行かされる事になるかも知れない、と心配し、国会前の抗議行動に出かけた青少年たちの方がはるかに健全な想像力に富んでいました。憲法改正や安全保障関連法案に賛成し、「金を出すだけでなく血を流した方がいいんじゃないか」と考えている方々、その「血」は家族やご自分の「血」ですか?
例えば外交力や経済、食糧自給率を高めて置く事などは「軍事以外の安全保障」でしょう (ワクチンやマスクの自給を思い出して下さい)。せっかくの「憲法記念日」ですから改めて前文くらい読み直して見てもいいと思います。
アメリカの下僕ぶりを発揮している党派の方々、そろそろ主権国家である事を思い出して欲しい物です。