Catch29 億兆離心
引用した漢文部分を正確に知りたい方は翻訳ソフトを使いませう。
1911年の辛亥革命で近代化する前の旧中国には、「正史」という国家が責任編集して作る歴史書がありました。現在進行形の生の歴史ではなく、同時代に記録された文書などを元に後代の王朝が前の時代の歴史を客観的に記録して「正式な記録」とする物です。
これを行う事は、いわば「中国大陸の正統な支配者の証」とも言うべき政治的な意味合いもありました。俗に『二十四史』と称して司馬遷が編んだ『史記』から最後の清朝が出した『明史』まで24本あります。
最後の清朝の記録は、清を打倒した革命政権の中華民国が編纂しようと準備していたのですが、相次ぐ内戦や日本の侵略で作業が遅れた上に、国共内戦に敗れて台湾に逃げ込む羽目になり、現在も完成していません。完成していたら25番目の正史『清史』となっていたはずです。
この準備した物は『清史稿』といって今もちゃんとあります。明朝が大急ぎで編集した『元史』が余りに雑で、民国時代に歴史学者が新たに編集し直した『新元史』と合わせて『二十六史』と数える場合もあります。
さて、その最後の正史『明史』に「億兆離心」という言葉が記されています。明朝が何故滅んだのか、を清代の学者や政治家たちが分析した興味深い部分です。
“明自世宗而後綱紀日以陵夷神宗末年廃壊極。俟雖有剛明英武之君己難復振。而重以帝之庸懦婦寺窩柄濫賞淫刑忠良惨禍億兆離心。雖欲不亡何可得哉”
明史天啓帝本紀の末尾部分です。
意訳すると「明の政治は世宗 (嘉靖帝)以後風紀が乱れ、神宗 (万暦帝)時代にはどうしようもなくなっていた。例え優れた君主が現れたとしても、立て直すのは難しかった事だろう。それなのに愚かな君主(天啓帝)の下で宦官や悪女が側近として権力をもてあそび、気ままに褒美を与えたり厳しく処罰を下したりした結果、本当に国を憂い民を考える者たちを罪人として悲惨な境地に落とし、絶望した民の心は明朝の世の中が続く事を願わなくなっていった。滅亡を回避したいと思っても無理であった」とでもなるでしょうか。
ここで清代の学者たちが述べている事は、旧時代だけでなく、多くの権力体制が崩壊する時に見られる普遍的な現象とも言えます。批判を受けない、あるいは批判を受けてもそれを潰して権力の座に居続ける事が可能になった権力者は、必ず腐敗し自浄能力を失う物です。
言いたくはありませんが、“桜”だ“買収選挙”だと騒がれている昨今の自民党政権の有り様を見ていると、「億兆離心」が始まっているんじゃないかなぁと思うのです。
歴史に学ばない権力は必ず民に仇をなし滅びの道を歩みます