Catch27 驚愕、中国エンタ
中国の積み重ねた“文化”の奥行きはとても深い物です。
私の好きなマンガ『ベルサイユのばら』が発表された当時、「少女マンガで本格的な歴史物語を扱うなんて無茶だろう」という意見が多かったそうです。マンガ雑誌の編集サイドでは半ば「常識」だった見通しを覆して『ベルばら』は空前のヒットとなった訳ですが、残念ながらその後『ベルばら』くらいのインパクトを持つ“歴史物語”は少女マンガ界には表れていないように思います。
それでも「少女マンガ」というジャンルで歴史を扱うのがタブーでなくなった効果は大きく、たまに「え!?これを少女マンガでやりますか」と驚かされる事があります。
木原敏江さんの『夢の碑』は中世日本、特に南北朝~室町期という日本史でもあまり取り上げられにくい時代を扱った作品です。また長岡良子さんは藤原氏が台頭する黎明期、奈良時代をテーマに作品を書き続けています。
中国史をテーマにした作品も皇なつきさんが本格的な「歴史物語」をいくつも発表しています。辛亥革命後の近代化する中国の中で「京劇」の魅力に取りつかれた男たちを描いた『燕京玲人抄』や、志怪小説(中国怪奇ファンタジー)に着想を得たような『花情曲』、明末の反乱を取り上げた『黄土の旗幟の下』など、中国の画家にも賞賛された華麗な絵で綴られる優れた作品群です。
面白かったのは藤田あつ子さんの『煌如星シリーズ』で、先日『名君は民主主義の最後の敵』で取り上げた清の康煕帝時代を舞台にしたミステリー物になっています。科挙に年少で合格した天才が探偵役となって様々な事件を解決して行くマンガです。
驚愕したのは最近ではこうした「史実」や「オリジナル」の中国物だけでなく、「講談」の類いにまで創作が及んで来た事です。
滝口琳琳さんの『北宋風雲伝』。これは「歴史物語」ではなく、中国では大人気の講談『三侠五義』のマンガ化です。
原作は清代末期に書かれた任侠劇で、北宋時代の名裁判官・包拯と、彼を助ける任侠の剣士・展昭を軸に、政界にはびこる権力者の圧力に屈せず、弱い者の味方を貫く正義派官僚の活躍とチャンバラの楽しい物語です。
包拯なんて聞いた事も無い、という日本人がほとんどだと思いますが、実は彼が下した名判決(とされている様々なエピソード)の多くはあの『大岡越前』の元ネタだったりします。
こちらは由緒のある作品(例えば『西遊記』や『水滸伝』『三国志演義』など)という訳でも無く、“知る人ぞ知る”かなり中国通な方でもない限り知らないマニアックな物なんですが、こんな作品にまで「少女マンガ化」の波が及んでいるとは。
例えていうなら“近代日本文学全集”の英語版を出すときに芥川龍之介や司馬遼太郎などに混じって半村良や東野圭吾がエントリーされているような違和感。つくづく驚愕しております。
次回は「名君」の反対、「暗君」について書きます。