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Catch237 破壊は創造の元ならず

もっともらしいムツカシイ言葉にはご用心あれ。

 学生時代に驚愕した事が有ります。私が在籍していた学科は中国文学を研究する所だったのですが、クラスに何人か中国からの留学生がいたのです。


???


 これは例えて言うならば「源氏物語を学び研究するために日本人がUCLAに留学する」ような物ではないでしょうか。


 そう思ったのですけど、本人たちに訊いてみた所、全然事情が違うという事でした。


 源氏物語は紫式部が手書きした原本こそ無い物の、日本中に写本やそれを吟味し活字化した出版物に研究書・解説本がたぁ~くさんございます。


 ところが近代以降何度も戦火に曝され(とど)めに文化大革命によって「封建的遺物(ふるいもの)」が大量に破壊された中国本土には物によっては原本や写本・研究書その物が残っていない場合が有るのだとか。


 私のクラスメートたちはその「中国では勉強出来ないテキスト」が有る日本に留学するしかなかったのだそうです。これは恐るべき事です。


 先ほどの例えで言うなら戦火や思想運動の結果日本国内には源氏物語の写本も研究書も残っておらず、研究したい日本人はテキストが残る外国の大学に入学するしかない、という事ではありませんか。中華世界を襲った破壊がいかに凄まじい物だったのか、思い知らされたような気がしました。



 文化大革命 (1965~1976)は今では当事者の中国共産党からも「内乱」と規定されている代物ですが、当時は「封建的思想・資本主義的堕落を排除して社会主義国家を建設する革命運動」と捉えられていました。そのテキストが『毛語録』です。


 大躍進運動 (1958)で非科学的な指導により中国本土の農業・工業に大打撃を与え大量の餓死者を出した事で失脚した毛が、ズタボロの中国を立て直そうとしていた劉少奇や鄧小平らを排除する為に、過去の論文や発言の中からそれらしい言葉を選んで冊子にまとめ、原典とは微妙に意味合いを変えて彼ら“実務派”を資本主義的だと攻撃した物です。


 何の事はありません、内政に失敗して権力を失った老害がムツカシイ言葉を並べ立てて統治の責任者たちを非難し、暴力を正当化された物知らずな若者が「そうだそうだ!」「毛主席も仰有っている!」とけしかけられ(毛が指示する対象を)攻撃した権力闘争が文化大革命でした。


 ただの逆ギレじゃん。


 ムツカシイ「それっぽい言葉」に丸め込まれた知識人は世界中に発生し、毛沢東の指導の下で中国は世界に先駆け積極的に人民の国を造ろうとしている“進んだ国”だなどと考えるようになります。


 多くの中国人、それも特に青年男女がムツカシイ言葉を叫び既成秩序を否定する様子が大衆の賛同を得た社会運動に見えたのは間違いありません。しかしてその正体は権力奪還を図る老害の逆切れに過ぎませんでした。


 「竹のカーテン」と呼ばれた閉鎖体制によって毛沢東に都合のいい情報しか漏れ聞こえて来る事がなかったとは言え、社会主義を志向する“進歩的文化人”がこの恐るべき破壊行動の真意を読み取れなかったのは、残酷な様ですが当時の左翼陣営の知的水準がいかに低かったかを表しているでしょう。


 日本では左翼政党が「資本主義陣営が持つ原爆は被支配者の人民や植民地を恫喝する為の悪い原爆、社会主義のソ連 (ソヴェート=ロシア)が持つのは人民を暴力から解放する良い原爆」などと大真面目に妄言を吐いていた時代です。


 私たちが「原水爆は人類と共存出来ない」「文化破壊は歴史の冒涜」という認識に至るにはもう少し時間が必要でした。



 文化大革命が新たな人民の時代を創る為に必要な破壊だったのではなく、単なる権力闘争のお題目だった事は、毛沢東が死んだとたんに革命の推進者ヅラして政敵を潰しまくっていた“4人組”(毛の夫人・江青を含む)があっという間に逮捕処刑された事でも分かります。


 フランス革命で勝ち取られ一般化した人権意識が、その後ナポレオン体制の崩壊でブルボン王家が復帰した後も社会に定着していた事を考えると、より分かりやすいでしょう(もっとも国王は時代錯誤な王権の回復と革命に対する報復の白色テロに走って7月革命を起こされますが)。


 今でも中国のアスリートにはビックリする程色気の無い女性がいますが、これも文革中の「女性が化粧や華美な服装で着飾るのは支配者である男性に媚びを売る“封建的行動”だ」との暴論の影響に思えてなりません。


 嗜好品を楽しむのと同様で、男女問わず「美しく外見や所作を整えたい」と思うのは人類がまだお猿さんだった頃からの本質的な欲求であって、封建的かどうかなんて社会的な物ではなかったのですから。


 文革がもたらした“破壊”は思想や文化もズタボロにし、中華世界が積み上げた文明を貧しい文明モドキに後退させてしまいました。無用な暴力や破壊の無い進歩こそ真の創造の有るべき姿だと思うのです。

恣意的な暴力と権力が結び付くのは最悪でしょう。本来は人権を脅かすこうした危険性を察知し警鐘を鳴らすのが進歩的文化人の役割なのです。丸め込まれてどうする。

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