Catch23 コスト
新自由主義は少なくとも「経済理論」ではないと思い知った物です。
2018年11月19日の夕方からニュースはテレビ各局もインターネットも「日産カルロス=ゴーン会長逮捕」一色になりました。どのチャンネルを点けてもゴーン、ゴーンとやっていてまるで大晦日『ゆく年くる年』の様。除夜の鐘ですか。
カルロス=ゴーンと言えば「コストカッター」、2万人の従業員の首を切り主力工場を閉鎖して“業績を回復”させたとして経営手腕が評価された「新自由主義経済の寵児」です。
新自由主義の危険性に鈍感な経済解説者たちが (恐ろしい事に殆んどのメディアが鈍感な方の解説者を起用していました)背任まがいの逮捕案件には批判をしていましたが、相変わらず「(でもとかしかしと断って)経営手腕はある」と持ち上げる“解説”に首をひねりました。
マルクスが提唱・指摘した資本主義の原理的批判を再評価して注目されたフランスの経済学者トマ=ピケティ氏が「資本主義の行き着く当然の姿」とコストカッターの振る舞いを批判してコメントを出していましたが、恐ろしい事にこのコメントを紹介するくらいが日本の一連の報道でのゴーン氏の“手腕”に対するほぼ唯一のカウンターという寒い状況でした。
正気でしょうか。
国家や社会がどのような統治体制をとるかという事と経済の在り方は実はイコールではありません。民主主義=資本主義経済、社会主義体制=非民主主義の様な単純に分けられる物ではないのです。
過去・現在において民主主義の延長に極端な国家主義に陥った例も社会主義を志向して国家主義に陥った例 (何故かスターリン型“社会主義”が主流)もある中で、未だに単純な分類で済ませ資本主義の弊害に注目しようとしない報道の意義って何でしょうか。
カルロス=ゴーン氏の罪状は有価証券の虚偽記載という何やらややこしい容疑です。ご存知の様に日本の警察に逮捕され、検察・裁判所の裏をかいて国外へ逃亡。現在は中東のレバノンで暮らしております。
上場企業は株式を市場に公開して投資家たちに自社の株を購入して貰う以上、役員報酬などに公開義務があり、この中身を偽っていた、という事らしいです。脱税とかではないとの事。ただし、日産経営陣 (と東京地検特捜部)が流すのか、ゴーン氏が留置されて何も発信出来ないでいる内に常軌を逸した公私混同ぶりが次から次へと明らかになり連日ワイドショーを賑わわせました。
再婚した今のご夫人との結婚式をベルサイユ宮殿の中のトリアノン宮殿を借りきって行い費用は全部日産持ちだったとか、親族が持つ実体の無い会社に“投資”していたとか、出てくる情報だけ聞いていると日産がしゃぶられ尽くしている様にしか思えません。
報道されている諸々のふざけた支出は取締役員会で一度は通したのでは? と一方的な“被害者”のような顔をしている日産の姿勢にも首を傾げた次第。
ゴーン氏はいかにプライベートの身の振り様が守銭奴の成金根性丸出しでも経営手腕は凄い、という事になっています。少なくとも日本の報道の扱いは「日産のV字回復」を成し遂げた“功労者”だと。
経営上、非合理的なやり方 (いわゆる「無駄」)を改め費用対効果を能率的にする、という意味で肯定的に捉えられがちな「コストカット」「コストダウン」ですが、この文脈に乗っかって人件費を論じて欲しくありません。
人件費は企業が生産活動を行う上での支出と見れば確かに「コスト」です。しかし、先に挙げた様な「削れるなら削った方が好ましい無駄」という意味合いを持つでしょうか。
ゴーンさんやフランス大統領のマクロンさん (他にも一度自民党の参議院議員になった和民の創業者とか、大臣として非正規雇用を増やした上で人材派遣会社(人件費ピンはね会社)の会長に横滑りした経済学者とか)が掲げている新自由主義経済では人件費さえも削れるだけ削った方が好ましい「コスト」に過ぎないのかも知れませんが、人件費=賃金とは生産活動にあって支払わなければならない労働者が提供した労働力への対価です。
材料や設備と同じです。「出来る事ならゼロで」などと言い出したら泥棒と変わりありません。
リストラ (リストラクチャリング=再構築)がレイオフ、「首切り」と同義語になって久しいですが、これは実は経営者の甘えに過ぎないんですね。
こういう事は極端な例の方が分かりやすいと思います。あらゆる生産活動で自動化 (人間が居らずロボットしかいない工場を想像して下さい)し限りなく低コストで商品を作り続けても社会に失業者 (ロボットに置き換えられて首になった人たち)しかいなくなれば誰がその「低コストで生産された安くてイイ商品」を購入・消費するというのでしょうか。
つまり人件費の切り下げとは「経営手腕」でも何でもなく、他の企業や産業がまっとうに人件費を払っている (だから勤めている人たちが商品を買う消費者になる事が出来る)中で、抜け駆けのように泥棒まがいの賃金削減を「自分たちだけが」やるから人件費の支出が一時的に減り余裕が生まれるだけ。
あっちもこっちも首切りを始めたら折角「コストダウン」しても買える人がいなくなるから利益は出なくなります。
売上や景気を良くしたいならやる事が逆でしょう。こんな一時しのぎの先送りを未だに経営手腕と持て囃す方々、誰の目線で物を言っていらっしゃるのでしょうか。
経済格差を煽ってもいい事などほとんどありません。