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Catch215 天才の兄

これを書くために様々なチャップリン作品をチラ見しようとDVDを引っ張り出したのですがチラ見で終われませんでした。

 シドニー=チャップリン(1885~1965)は“喜劇王”チャールズ=チャップリンの異父兄として世紀末のロンドンに生まれ育ちました。


 極貧の家庭から殆ど一緒に暮らした事のない父と同じ舞台の喜劇役者として頭角を現し、同じ道を選んだ弟を自分が所属する劇団に紹介します。当時イギリス国内で人気だったフレッド=カルノー一座です。


 弟が劇団のアメリカ巡業中に映画会社にスカウトされ、周囲と衝突を繰り返し“トラブルメーカー”、“ヒットメーカー”と相反する批判と評価を浴びていた頃、弟のマネジメントを買って出ます。


 貧困の中で少しでも早くお金を稼いで母や弟の生活を守るために年齢を3才上に申告して外洋船のボーイをしていた経験から(この時の年齢詐称が後に大事(おおごと)になります)、彼は人の機微をつかんで交渉する事が上手く、能力注意力の全てを映画作りと演技に振り向けていたチャールズに取って最も心強いサポート役となりました。


 舞台役者としては弟よりも先に評価されていたシドニーですが、彼自身は弟の才能と創作力を本当に信じ切っていたようです。



 映画の世界に入ったばかりのチャールズは文字通りトラブルメーカーでした。舞台コメディアンとしてのキャリアは有りましたが、映画では駆け出しです。それが数作出演した後「監督をやらせろ」と言い出したり、人気俳優で初の女性映画監督でもあったメイベル=ノーマンドと衝突したり、社長で監督もやるマック=セネットよりも高い給料を要求したり「大当たりはするが困り者」状態だったのです。


 著作権がいい加減だった時代に「チャーリー」にあやかった商品が勝手に売られており、そうした物への使用料などの管理も試みるなど、公私に渡って弟が創作に力を注げるように努めました。


 金銭を管理する関係から実業のセンスも育ったようで、航空会社を起こしたりしています。これからはアニメーションも映画の大きなジャンルに育つと予想し、「チャーリー」をキャラクター化してチャールズの動きをトレースした物の「出演契約」をアニメ会社と結んではどうかと企画した事もありました。これはチャールズが全く興味を示さず実現はしませんでしたが、もし実現していたら「チャップリンが出てくるディズニーアニメ」が見る事もできたかも知れません。何とも残念な事です。


 チャールズは新作の企画を盗もうとする同業者のスパイに常に悩まされ、数多く伝わる社交界や女性関係での揉め事も、彼の懐にくい込んでアイデアを先取りしようとしたハニートラップの類いとスキャンダルを拵えて彼の人気を落とそうとする企みが大半だったと思われます。


 自分の身の回りの事に無頓着な(映画に集中していて脇が甘かった)弟を弁護士と連携して守り続けたのがシドニーでした。


 チャールズはスカウトされたキーストン社から次々と所属会社を変え、エッサネイ社、ミューチュアル社、ファーストナショナル社、ユナイテッドアーティスツ社と合計5社を渡り歩きますが、この内ファーストナショナルは興行会社の支配が強まる中で反発した映画館側が設立した物で、ユナイテッドアーティスツは文字通り俳優・監督・脚本家など「芸術家(アーティスツ)たち」が「団結(ユナイテッド)」して結成した会社です。


 弱い立場の者が不利にならない為に起こす動きに賛同し、積極的に力を貸すチャーリーは、同時に反戦主義者でもありました。折しも第一次世界大戦の頃、この思想と影響力を危険視された彼は「チャップリンがイギリス国籍のままでいるのは徴兵を逃れる為だ」と批判にさらされ、シドニーが船員に応募した時の年齢詐称までがその為だろうと疑われました。


 十分な資金を得て自由に映画を作れるようになっていたチャールズは『The Immigrant(邦題:チャップリンの移民)』などで差別や貧困をコメディの形であっても問題として取り上げ始めていました。国民を戦争に動員しようとしていた政財界に取って危険を感じる存在になり始めていたのです。


 私はファーストナショナル時代が一番安定したチャップリンらしい作品だと感じていますが、そのファーストナショナルでの第1作『A Dogs Life(邦題:犬の生活)』からシドニーは弟と共演を始めます。この映画ではよそ見をしていてチャーリーに売り物のパンをちょろまかされる屋台のオヤジ役。次の『Shoulder Arms(邦題:(にな)(つつ))』では主人公に捕虜にされるドイツ皇帝。『偽牧師』では鉄道の車掌など。練達の役者ぶりで息のあった演技を見せています。


 1928年の母の他界もあって南フランスのニースに移住したシドニーは、ナチスが勢力を拡大する中でヨーロッパに危険を感じ再びアメリカに戻りますが、一貫してチャールズのマネジメントとアドバイザーをこなしています。


 第二次世界大戦後にニースへ戻り、1965年に80才で亡くなるまで終生弟の才能を信じ強い絆を持ち続けました。極貧の幼少期を共に支え合うかけがえの無い家族として、天才の弟を持った兄として、最もクレバーに振る舞った人だったと思います。

完璧主義者だったチャールズが山ほどこしらえた没フィルムを大量に保管したのもこのお兄さんでした。

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