Catch209 明治体制の整合性
封建的もなにも本物の封建時代から近代化を図ったのですから、ある程度の不具合はあるのが当たり前です。
どういうご縁があったのか不明ですが、私が幼少期を過ごした家には田河水泡の『のらくろ』の復刻版が有りました。『のらくろ少尉』だったかな。
『のらくろ』は明治憲法時代に人気の漫画で、作者の田河水泡は『サザエさん』の長谷川町子氏の師匠として知られています。
ご存知の様に『のらくろ』は野良犬の主人公が猛犬連隊に兵隊として入り(上官も同期もみんな白犬なのに主人公だけ黒犬)手柄を立てて出世していくお話です。勇気と献身、それと活躍する場面が巡ってくる運。明治体制の少年たちが夢中になり人気漫画になったのも納得の物語でした。
最終的に戦争で失敗し「全てが悪かった」かの様に語られがちな帝国憲法時代ですが、江戸時代の鎖国などという国レベルの引きこもりに比べ欧米列強の脅威を意識した国造りを心掛け、実際に対応した事は評価した方が良いと考えています。
まぁ体制の最後が軍は勝手に勝てる見込みも無い戦争を始めるわ、それを止める奴は臆病者扱いされるわ、ぐっずぐずの惨状で終焉を迎えましたが、その所為で、実際以上に悪い印象を持たれている気がします。制度として幕末に政権を奪い取った「側」としてはなかなか良く出来た国造りだったと思うのですが。
明治体制の整合性は諸々の機関が集約されていた点によく表れています。教育、司法、国防、民法 (家族関係)などそれぞれが連動して「国」を形作っていたのです。
教育は義務教育を据えて尋常小学校→高等小学校→中学校 (旧制中学。今の高校)→大学というヒエラルキー。高等小学校以上は任意です。
司法では上から最高裁判所→高等裁判所→地方裁判所。国防は海軍と陸軍に分かれますが陸軍では参謀本部→師団→連隊。民法は封建時代に私法レベルで幕府が定めていた曖昧な慣習法を戸籍を始め夫婦家族関係などを整理して徴兵制度や相続にも関わる近代法としてヨーロッパの法体系を参考に明文化(この際に女性の権利を制限する“江戸時代以来の”物にしてしまった事が明治体制の限界をよく表している部分でしょう)。
階級制度も江戸時代の「士農工商」から華族・士族・平民とし、階級間の婚姻も自由になりました。上の階級にどの程度アドバンテージがあったのか不明ですが、私の知り合いの親御さんが新宿区 (当時は淀橋区)で初めて許認可が必要なある事業の免許を取った際に、証書に認可の内容や取得年月日、資格内容と並んで「平民」と出身階級が記されていたそうです。
そして東京を中心とした中央集権制を敷いて行政も首都→府県 (現在の都道府県)→市町村と階層がはっきりしていました。
連動していたというのはこの各分野の拠点が同じだった辺りに感じるのです。すなわち首都には各分野の最高責任機関が置かれ、全ての責任を負う天皇がいるのは勿論、政府も最高裁判所も最初の帝国大学である東京大学も軍令の中枢である参謀本部 (海軍は軍令部)も全て東京に集中していました。
中間の機関が一番分かりやすいかも知れませんが、軍なら師団司令部、司法なら高等裁判所、教育で東大以外の帝国大学の所在地はほぼ一致しています。
北海道は札幌に、東北は仙台に、中部は名古屋、関西は大阪 (大学だけは京都に先に作られています。大阪帝国大学は体制末期1931年の設立)、中国は広島、四国は高松、九州は福岡です。
そして鉄道網も東京からこれらの中間拠点を経て更に下級の都市へと結ばれて行きます。連隊や地裁、旧制中学のある地方都市ですね。社会の仕組みとしてとても整然としています。
『のらくろ』も出世して連隊からさらに大きな旅団や師団に組み込まれて隣国の豚の国 (これどう見ても中国なんですよねぇ。首都の名前が「豚京城」なんだもん)との戦争で活躍する事になっていますが、地方の連隊生活から汽車で士官学校や戦地へ向かう港へ移動する様子などにも「自分たちが暮らしている地方の位置付け」が分かるのが興味深い。
連隊のある町から鉄道でその地方の中心になっている町へ出ると連隊や地方裁判所や中学校がある訳です。さらに港のあるもっと大きな街には師団や高裁、大学があるのです。
国として直した方が良かった部分は沢山有りましたけど、とても整合性がある造りの国だったと思うのです。明治維新という「近代化」で引いた設計図がこの整然さをもたらしました。懸命に国防や人材育成、司法と民政の近代化などを同時並行でこなしていた所は評価するべきでしょう。
『虎に翼』で描かれたような帝国憲法時代の不具合の何が問題と言って、崩壊から80年が経とうとしているのに、まだ不具合として女性や少数者を圧迫している事ですよ。