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Catch205 力を持つ言葉

人間の本質は優しさ、という性善説と、弱肉強食が自然の摂理とする「強者の論理」。天才が突き付けた挑戦状のお話です。

 喜劇王チャールズ=チャップリンがトーキー映画が当たり前になっても依然として『街の灯 (The City light)』(1931)や『モダンタイムス』(1936)などサイレント映画を発表し続けていた頃。彼の代表的なキャラクター「放浪の紳士チャーリー」と良く似たチョビ髭のオッサンがヨーロッパと世界を揺るがせていました。


 国家社会主義ドイツ労働者党 (NSDAP=ナチス)の党首、アドルフ=ヒトラーです。


 チャップリンの4日後に生まれたこの恐るべきインフルエンサーは大袈裟な身振(パフォーマンス)りと精力的な組織活動でバイエルンの地方右翼政党に過ぎなかったナチスを瞬く間に有力政党へ押し上げました。


 第一次世界大戦後、敗戦国ドイツに課せられた天文学的な賠償金はドイツの社会を不安定にしており、学歴や戦争での功績などを無意味にしていました。後にナチス政権で宣伝大臣を務めるゲッペルスのような高学歴の者でも生活に不安を抱える有り様だったのです。


 社会の混乱を無慈悲な「勝者の論理」で賠償を押し付けた連合国 (主にフランスとイギリス)とユダヤ資本の所為と訴えたナチスは選挙の度に議席を増やし、バランスをかなぐり捨てた極端な主張はドイツ国外にも共感者(シンパ)を産み出しました。アメリカ国内でさえナチスを褒める人間がいたのです。


 弱者を踏みにじり憎しみを拡げて支持を増やして行くナチスの論法は、極貧の幼少期を生き抜いて成功を掴んだチャップリンにとって自分や母親と同じ様な社会的弱者の可能性を閉ざし絶望に突き落とす物に感じられたと思われます。


 政権を取り「最も民主的な憲法」と言われたワイマール憲法を無効化したナチスは、やがてポーランドへ攻め込み第二次世界大戦が始まります。ポーランドはどさくさに紛れたスターリンと分け合い中立国ベルギーを経由してフランスに侵攻し(もちろん国際法違反です)ダンケルクでイギリス軍をドーバー海峡に追い落としたナチスは無双状態が続いていました。


『The Great Dictator (邦題:独裁者)』が公開されたのはパリが陥落し得意の絶頂にあったヒトラーがエッフェル塔を眺めた日からおよそ4ヵ月後の1940年10月15日。トーキーを作ろうとしなかったチャップリンが初めて発表したフルのトーキー映画でした。


 この作品はチャップリンの才能がそれまで認められていた演技(パントマイム)や脚本家としてだけに留まらない事を見せつけました。


 淀み無く繰り出される台詞付きの演技。ヒトラーそっくりの独裁者とユダヤ人の床屋を完全に演じ分けて見せるキャラクター作り。床屋が前の戦争で負った怪我で長期入院となり、独裁者が権力を握って国全体も人種差別が当たり前になって行く過程を知らないという絶妙な設定。BGMまで手がけています。


 そしてラストの「I'm sorry,but i don't want to be an emperor」から始まる6分に及ぶ演説。


 人間は優しさや助け合う気持ちを本来持っていると言い切り、機械や技術が発展しても貧困が拡がり他人を思いやる心を失わせている事を悲しみ、巧妙な権力者の支配を人間本来の幸せを奪う物、不幸と絶望を強いる物として断罪します。


「家畜のように生き方考え方感じ方まで押し付けてくる支配者を受け入れるな」と呼び掛けます。


 そして団結し、自由の為に闘おうと、それこそが絶望ではなく希望をもたらす世界、技術の進歩が幸せをもたらす世界を勝ち取る物、君たち一人一人がそれをやり遂げる力を持っているんだと訴えるのです。


 現在進行形で世界を飲み込みつつあるナチスに真っ向から挑戦状を叩きつけ、「人間性を失った生き方」「誰かの命令通りにどんな冷酷な事でも仕出かす人間の姿をした家畜」の生き方に幸福など無い事を理解させる、物凄い力を持った言葉でした。


 あれ?団結し、解決の為、社会正義の実現の為に闘う、動く。これってそのままマルクスが『共産党宣言』『資本論』で訴えた共産主義運動と同じじゃね?


 この作品はチャップリンの映画で最も興行収入を上げ、彼がトーキー映画の作り手としても一流である事を証明します。


 この演説と並びチャップリン映画上最も鋭い社会批判として知られる「人1人殺せば殺人者だが戦争で100万人殺せば英雄だ」という科白を含んだ『殺人狂時代』が作られるのはこの時から7年後です。


 出来上がった仕組みに押し潰される弱者に寄り添い、その不幸を生み出す「強者の論理」を拒み続けた芸術家でした。

お兄さんのシドニーの事もご紹介したかったのですが、別項に回します。

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