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Catch164 名字と地名

以前NHKで『日本人のお名前!』という番組をやっていましたが、テレビ番組を作れるくらいこのテーマは面白い。

 日本では人名から大きな地名を付けることはほぼありません。山口県が岸信介県だの安倍晋三県 (ゲロゲロ)だのなんて変わる事はまあ、無いですね。今年 (2023)「日本人特殊詐欺グループが逮捕された」とニュースで報じられたカンボジアのリゾート都市・シアヌークビルやら、アメリカ中部のルイジアナ州 (源はフランスのルイ王)、旧ソヴェート=ロシアのスターリングラード (現ボルゴグラード)など、日本以外では割合見受けられます。


 日本に限らず、中世と呼ばれる封建制の時代を経た国では、自分で開墾した土地を支配する武装農民=武士や騎士が地名を名字にする現象が起こります。地名→名字です。逆に社会に多大な影響を与えた人物にあやかって地名を付けたり変えたりする事は他の文化圏では珍しく無い事に以前から興味はありました。


 日本でも人名→地名になるのはごく小さな物はあります。○○衛門新田とか✕✕兵衛坂とか、開拓者やランドマークになるような土地の所有者から付けた場合です。武士の場合、名字の由来となった地名から離れる事もまま有りますが、その家のルーツを手繰れる場合、壮大というかロマンというか、感慨深い思いを味わう事もあります。


 名字の由来になっている地から大きく人が動いたのは、明治以前では鎌倉時代中期と室町時代中期、それに安土桃山時代だったように思います。ざっくり言えば社会が変化する“動乱の時代”ですね。


 知人にASさんという方がいます。私は会議の資料封筒か何かに記されているのを最初に見て「Aさん (仮名)」と「Sさん (同仮名)」が何かの理由で同じものを共用する事になったのかと思ってしまいました。AとSそれぞれが日本人の名字としてありがちな物だったので。珍しい名字に興味が湧き、ご本人に出身地を尋ねると秋田と答えが返って来たのですが、続けて「先祖は茨城の方なんです」と仰有いました。


 a→b→c、つまり美人だったのです。


 途中を3段落くらい省略しております。これを復元すると

a私の学生時代の後輩に茨城県出身の者がおりまして、とある言い伝えを教えてくれた事がありました。

b天下分け目の関ヶ原の戦い (1600年)の後、上杉家や毛利家、宇喜多家などとともに反徳川陣営に付いた茨城県 (当時は常陸国(ひたちのくに))の戦国大名・佐竹氏は、家康の戦後処理の一環で先祖代々守ってきた常陸を取り上げられ、秋田へ国替えさせられます。

cその際、佐竹氏は家臣だけでなく領内から見目麗しい女性を根こそぎ連れて行ってしまい、ただでさえ美人の産地として古来有名だった秋田はますます美人だらけになり、茨城県はブ人だらけになった、との事でした。


 ほんまかいな。


 私が話しかけたASさんはこの「佐竹の殿様に連れていかれた人たち」の子孫だったのです。地図帳を見ると現在も茨城県内に名字の元になったであろう「AS町」という地名があります。



 滋賀県南東部をローカル鉄道で移動していた所、「尼子」という駅に停車して驚いた事があります。尼子(あまご)と言えば戦国時代の山陰地方を代表する大名で「毛利元就に滅ぼされた」という事で後世に名を残した、何となく“毛利元就の引立て役”みたいなイメージの大名です。尼子のルーツは滋賀県?


 滋賀県 (中世は近江国(おうみのくに))に勢力を振るった佐々木源氏は室町時代に南近江の六角家と北近江の京極家に別れます。幕府から与えられた山陰地方も京極家の差配する所になった時、現地を治める家臣団の一つとして尼子家も山陰に移ったのでしょう。そして京都で幕府に仕える殿様に代わり現地で根を張ったのだと思います。


 こうした「領地にいない殿様の代理で現地を差配する家臣」の事を「守護代」(殿様は「守護大名」)というのですが、この階層から戦国大名が多く出ております。越後では守護の上杉氏に取って代わったのが守護代の長尾家 (有名な上杉謙信の実家)でしたし室町幕府で最高の家柄の1つだった斯波(しば)氏は守護代を務めた朝倉氏や織田氏に実権を奪われてしまいました。


 京極家の支配力が後退すると現地で実務を任されていた尼子氏が取って代わり、戦国大名・尼子氏が毛利家と覇権を争ったという訳だったのでしょう。


 地名と名字から分かる歴史の面白さ、まだまだ他にもあると思います。

滋賀県東南部に張り巡らされた近江鉄道は西武グループなのだそうで(創業者がこの辺りの出身だった)高田馬場で毎日目にする西武線の電車が走っているのに驚いた物です。

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