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Catch16 スンニ派

前回の続きです。

 昨日『シーア派』について書きましたので今日は『スンニ派』について書きます。


 「スンニ」とはムハンマドが在世中に残した言葉をまとめた物の事です。「言行録」とも訳されています。普通は「言行録」の意味で使う時は「スンナ」と表記される事が多いようです。 何故か宗派の名前になると「スンニ」の表記の方が多い様に感じます。


『スンニ派』のイスラム社会ではこのスンナを法律の原形としてシャリーアという法体系が形成されています。


 コーラン(アラビア語では「クルアーン」“読むべき物”の意)とスンナを読みといて「法律的に正しい(妥当)」と思われる解釈を導き出せると社会的に認定された人を「ウラマー」といいます。「法官」とか「大法官」などと訳されています。


 宗派の呼称になっている事からも分かるように『スンニ派』はスンナに重きを置きます。昨日書いた通り、『シーア派』が「アリーの血筋」に社会秩序の中心を求めたのに対して、『スンニ派』はスンナとシャリーアとウラマーを柱に社会を営もうとした人たちと言えるでしょう。


『スンニ派』と『シーア派』の勢力関係は、別れた当初はほぼ五分(というより“シーア=アリー”の方がやや優勢)でしたが「ウマイヤ朝」の成立と定着、そしてウマイヤ朝の下において西はイベリア半島・南フランスから東はペルシア(現在のイラン)・中央アジアにまで飛躍的に“イスラム世界”が広がった結果、『スンニ派』は「アリーの活躍」など知らないヨーロッパや中央アジアの「新たにムスリムとなった人たち」を「スンナ」に基づくイスラム社会に迎え入れる事になった訳です。


 勢力比が逆転し、さらに開いていくのは当然です。シャリーアの導き出し方にもいくつか“流派”があって、ウラマーもその学派に分かれているのですが、基本的に『スンニ派』はスンニ派、『シーア派』とは異なる社会秩序を営み続けています。


 スンニ派は概して“穏健派”、シーア派は少数派に転落して以降、テロを含む“あまり正々堂々として「いない」方法”で再び全イスラムの主導権を握ろうと「セコい」画策を続けた末に“過激派”のレッテルを貼られるに至りました。挙げ句に、元々の『シーア派』の本拠地以外にほとんど信徒を確保出来ていない状態です。


 アリーがあの世で嘆きますよ。そもそもアリーはイスラム社会の「分裂」自体を望んでいなかったのですから。


 私は「ウマイヤ家」がイスラムにもたらした弊害が多々あったと考えているのですが、「アリー」や「ムハンマド」の“血筋”を神聖視する流れを否定した事は評価出来ると思っています。分かりやすい「血の論理」=「正義に対する思考停止」に代わる社会秩序を、イスラムの原点たる「コーラン」と「スンナ」に求めたからです。


 それはもしかしたら預言者ムハンマドと同じ血を引くアリーとイマームたちの神聖性に対抗するための「苦しまぎれ」だったかも知れません。しかし結果的に「シャリーア」や「ウラマー」といった「応用力の高い社会システム」を編み出した事で、イスラムがより普遍性の高い秩序を備える事になりました。


『スンニ派』を中心とするイスラム社会は確かに今現在の世界秩序の主流となっている「ヨーロッパ由来」の文明とは異なる社会かも知れません。しかし中華世界やインド文明と同様に1000年以上に渡って多くの人々と数々の偉大な学識者を育んだ「ヨーロッパとは異なる文明圏」である事に変わりはないのです。

正確には『スンニ派』と訳されている「アハルワ-アルジャマーア」は日本語だと「スンナと正統な (イスラム)共同体に属する者」という意味です。

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