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Catch143 ゴッドマザー

治天やら観応の擾乱やらややこしい院政期の事情や構造は既に書いた『Catch73 院政』や『Catch124 京都陥落』を参照して下さい。

 ウクライナの戦争が始まって少し経った頃、ロシアの暴挙を止める為にドイツのメルケル前首相がロシアに飛びプーチン氏と会談するんじゃないかという予想が流れた事がありました。


 ロシア社会に詳しいという事であちこちの番組に出演していた筑波大学の中村逸郎教授によると「ロシアはエカテリーナ2世など過去に優れた女性指導者を持った歴史があるので女性の政治家の言うことを比較的良く聞く。プーチン大統領も長年付き合いのあったメルケル氏に頭が上がらず、彼女が首相でなくなった事でプーチン大統領にとっての重しが取れた点も今回ウクライナに対して戦争を仕掛けた要因かも知れない」と解説しておりました。


 本当かなぁ。エカテリーナ2世って300年ちかく前の人なんですけど、そんな政治風土をロシアに根付かせたのかしら。まあ危機に際して女性が担ぎ出されるのは政治だけに限らない現象ですが。


 日本の歴史を眺めても幾人か「危機に際して担ぎ出された女性」は見出だせます。平清盛亡き後ゴッドマザーとして平家一門を率いていたのは清盛の後妻・二位尼(にいのあま)こと平時子でした。


 一族をよくまとめていましたが、飢饉で兵糧の当ても無いのに遮二無二都へ攻め込んで来る源義仲の非常識さや当時の作法を無視して「とにかく勝ちゃあいいんだ」と卑怯千万やり放題の義経の素頓狂ぶりに常識人だった息子や孫たちが対応出来ず、壇ノ浦で集団自殺に追い込まれてしまいました。彼女の失敗というより「相手が悪かった」ゆえの悲劇でしょう。


 この時「治天の君」と呼ばれる天皇家の家長・後白河法皇は、安徳天皇の弟を三種の神器が無いまま自分の宣言一つで即位させています。『伝国詔宣』と言います。後に鎌倉幕府と対決し承久(じょうきゅう)の乱で敗れ流罪になる後鳥羽天皇です。


 承久の乱の後始末は厳しい物でした。乱に関わった後鳥羽・順徳・土御門の3上皇 (治天は後鳥羽)を島流しに、現職の天皇・仲恭は退位ではなく廃位 (つまり天皇になった事すら認められなかった)。天皇になった経験の無い後鳥羽の弟・守貞法親王を還俗させ治天とし、その子を後堀河天皇に据えました。無茶苦茶です。


 時代は下って南北朝時代の事、観応の擾乱 (足利家の内紛)の最中に京都を占領した南軍によって三種の神器と北朝の治天になれそうな皇族 (光厳・光明・崇光3上皇と廃された前皇太子・直仁親王)を奪われた北朝と足利幕府は、こうした過去の無茶苦茶を参考にして更なるトンデモ策を強行します。


 神器抜きの伝国詔宣は後鳥羽の時にやりました。天皇未経験者の治天就任は承久の乱でやりました。今、神器も治天候補も奪われたなら「皇族以外の関係者を治天にして伝国詔宣をやっちまえ」という「え? いいのそれ」な案でした。ピンチヒッターに選ばれたのは、後伏見院の女御で光厳院・光明院の母親、広義門院こと西園寺寧子です。


 いくら何でも幕府が持って来たこのイレギュラー案に賛成出来なかった彼女は、散々に抵抗します。何しろ事の発端は3上皇・廃太子が拉致されたせいで、拉致されたのは彼女の息子と孫です。それで困っているから助けてくれとはよく言えた物、広義門院が怒るのは当然でしょう。


 幕府が説得に派遣したバサラ大名・佐々木道誉や連絡係の公家・勧修寺経顕の要請を蹴り、女院の抵抗は続きます。このままでは南軍が有利になる上に幕府の支配権が揺らいで軍勢の動員にも支障を来す恐れが出て来たので、北朝に味方する寺社・公卿・武家が総動員で彼女に泣きつき、日本史上唯一の「天皇家出身ではない治天=国王」が誕生しました。


 天皇家が保持する荘園群の差配を行うなど、治天としてやるべき事を行い、孫の弥仁親王が後光厳天皇として即位し北朝の再建に努めるのを後見したこの時期の広義門院は間違いなく天皇家のゴッドマザー、家長でした。彼女の決断で北朝方は南北朝の動乱を乗り切り、やがて南朝の降伏へとつながる事になります。

広義門院は治天に就任していないと主張する学者も未だに居りますが、そうすると北朝の血を引く現在の天皇家も正統性を疑われる事になります。

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