Catch136 ヒトラーは化物か
ロシアの「戦勝記念」って未だにナチスに勝った事なんですね。他に誇る物が無いのかしら。
以前、南アフリカ共和国を「地獄」にしていた人種差別政策・アパルトヘイト。21世紀に入っても日本の高名な小説家が「いい面もある」などと評して物議を醸しました。
この方に言わせるとアパルトヘイトは「差別」ではなく「区別」、貧困層は住む場所を分けた方が治安に取ってもいいのだそうです。黒人に生まれただけで一方的に「劣等民族」と決めつけられ、進学や就業、賃金でも不利な状態にされ、外食しようとすれば「お前らはアッチ」と入店すら出来ない店だらけ。公衆トイレすら黒人用は別にされている、このヘイト状態のどこが「いい事」なのでしょうか。
この女性小説家は「犯罪被害に遭う白人の視点」で考えた事を正直に書いてしまったのでしょう。自分が差別される側に立たされるなど想像もしていない、能天気な方です。作品はその辺の「民主的価値観」を持つ作家の物よりも面白いんですけどね。
執拗な、そして音楽的な繰り返し。自分の見解に同調する者の「誇り」を、他者を踏みつけ見下す事で煽る暗い精神。
誇り・矜持とは本来「自らが何かしら他者にプラスの働きをする事で得られる内省的な物」です。他人から褒められたり高い評価を与えられる事で得られる満足感は「誇り」というより「承認欲求」の満足であり、誇りとは似て非なる物です。
「他人から褒められたい」「認められたい」と思う気持ちは人間なら誰でも抱く根源的な欲求の1つだと思っていますが、それを「嘘・デタラメで弱者や少数者を社会の敵に仕立て上げ、彼らを踏みにじることで正義の実現に自分が貢献したかのような満足感を得る」というのはイカンでしょう。ぶっちゃけて言えば「楽をして世界を救ったヒーローになりたあい!」という“舐めた願望”を、力の弱い、間違っても反撃で自分たちがケガをしそうもない「チョロい相手」に喧嘩を売って叩き潰す事で叶ったかのような気持ちにさせるという事なのですから。
「チョロい」とみなされ一方的に迫害を受ける方にさせられた人は堪った物じゃあありません。こんな願望・承認欲求を叶える為に何で理不尽な扱いを受け入れなければならないのでしょうか。そこには平等も人権もありません。ただの社会ヒステリー、「歪み」です。
第一次世界大戦の敗北と、その後の政治的・経済的な社会の混乱でドイツは「あいつらのせいだ!」と誰かが煽れば賛同者を得られやすい状態でした。誰しもが持つ弱者への残酷さ醜さが、“疑似理性”とでも言うべきナチスの精力的な活動と執拗な繰り返しで広まり遂には国の方針となります。
ヒトラーが化物だったのではありません。社会ヒステリーの中で理性的な判断が出来ずにナチスの主張に賛同していった、多くの人間 (ドイツ国内以外にも賛同者はたぁ~くさんいました)こそが化物だったのです。ヒトラーという、少しだけ承認欲求の強い鬱屈したドイツ人がカリスマになっていったのは、この「誇りとは似て非なる物」、“舐めた願望”を人間が誰しも持っているからなのだと思います。
一時代を作り出した「彼」は間違いなく「天才」でした。しかしその「才能」と欲求は世の中も彼自身も幸福にはしませんでした。
他者の人権を制限する様な主張は思想・表現の自由では保障されないんですよ。自分自身が前提を踏み壊しているんですから。