Catch13 富士山
世界遺産LOVE
高田馬場からもある程度の高さがあるビルからは眺める事ができる富士山。
東京や関東各地から無理なく見えます。
いい姿の山ですし、見えたらそれに越したことは無いのですが、「富士山が見える事」って「権利」なんでしょうか?
今、高田馬場の南側に大きなビルが建ち、見慣れた景色が一変してしまったのですが、初めに工事が始まり囲いが作られた時に貼り出された建築標記には「42階」と書かれていました。ビルは2棟あり、居住棟が27階、商業棟がこの42階だったらしいのですが、しばらくして標記が「38階」に変わっていました。
知り合いの区議会議員に聞いた所、なんでも文京区 (東大とか鳩山御殿のある東京でもハイソサエティなイメージのある区)の住民から「富士山が見えなくなる」というクレームがついて計画が修正されたのだそうです。
日照権やビル風の風害ならまだ分かるのですが、「自宅から富士山を見られる権」というのはディベロッパーが配慮しなければいけないような「生活の根幹に関わる権利」とはとても思えません。
このレベルでクレームをいい始めたらもう何でもありだと思いますけど。
詳しく調べていないので、あくまで私の推測なんですが、このビルに富士山を遮られる事になりそうな辺りは丁度鳩山さんのお家(小さくないお家)が建っている音羽山の近辺なのですよね。
ん-んん?
富士山が見えなくなると、この辺りに建っているマンションの資産価値が下がるとか、そういう事だったのでしょうか。
1990年代の終わり頃に突然「そうだ、富士山へ行こう」と、JRのキャッチコピーみたいな事を思い立ち、翌日さっそく登ってみた事がありました。
高田馬場からだと朝5時台に出掛けて午後には頂上に到達してしまいます。馬場から新宿で中央線、大月で富士急に乗り換え河口湖からバスで富士吉田に向かいます。大体9~10時台に着きます。この辺りにはルート沿いの山小屋・山荘の宿泊予約が出来るお土産屋さんがいくつもあるので、ここで泊まる宿を押さえてしまいます。
ついでに懐中電灯や杖など用意していなかった「有ると便利な物」を購入します。で、登坂開始。
今は大混雑の富士山ですが、当時は自分のペースを崩さずにサクサク登れましたので、まず小屋に泊まって明け方に頂上と思っていたのですが、「行けそうなんで行っちゃえ!」で頂上まで上がってしまいました。
暗くなる前に小屋に戻り明け方に再び山頂へ向かい、驚いたのですが道が昼より混んでいる!真っ暗な中を進んでいるので遅くなるのは分かるのですが、中には懐中電灯を持たずに登る無謀な方も混じっていたりして、そりゃ渋滞にもなりますよね。
富士吉田は北口のルートになります。ご来光を見たかったので、かなり早い時間に小屋を出たのですけど、まだ暗いのにかなり人がいました。そして寒い!
売店で甘酒を買って温まりながら無事ご来光を見物し、山頂を一周して帰って来ました。ご来光を待つ間、遠くに東京や横浜の光りがよく見えていました。
考えてみれば当たり前の事ですが、富士山がどこからでも見えるという事は富士山からもどこでも見えるという事で、さっきまで足元に小田原・横浜方面が見えていたのに10分歩いたら伊豆半島が真下に見え、更に15分程歩くと駿河湾や名古屋方面を望む事になります。
最高地点・剣ヶ峯を過ぎれば今度は樹海と日本アルプスが見えます。太陽の反対側に雲海がかかり始めたので、雲海に富士山の影が映る「影富士」も見る事が出来ました。
ところで世界遺産に選ばれた富士山ですが、何故「自然遺産」ではなく信仰と文化を評価した「文化遺産」なのかご存じでしょうか?
実は富士吉田口を下りて来ると真下に広大な草地が広がっているのがよく見えます。回りは一面の森なのに、その濃い緑をドーンと押しのけて広がる不自然な草地。
これは自衛隊の「北富士演習場」「東富士演習場」(隣り合わせで繋がっています)なんです。
「富士山は登山客のゴミで汚れているから自然遺産としてなかなか認定されないんだ!」
「富士山をキレイにして世界遺産に登録してもらおう!」
世界遺産に登録される前に地元や行政(国レベル)や公共広告機構ACでさんざん宣伝していた「富士山キレイにしようキャンペーン」は要するに嘘だった訳です。
この演習場で富士山に向けてボッカンボッカン自衛隊とアメリカ軍が砲弾を撃ち込んでいる、これこそユネスコから「自然遺産として登録されたいなら何とかしなさい」と言われていた問題点でした。
演習場を閉鎖したくない日本政府は登山客のゴミに責任転嫁した挙げ句「世界遺産なら何でもいいや」とばかりに「文化遺産」での登録を進めて成功しました。
こういう小ズルいやり方はウンザリします。いつか「自然遺産」としても登録される日が来る事を心底望んでいます。
ヤ○キー ゴー ホーム♥️




