Catch127 ハカ
リスペクトって大切だ。
前回に続いてラグビーワールドカップ2019のお話し。マンデラ大統領が望んだ「白人も黒人も憎み合うことなく南アフリカ共和国の一員としてより良い社会を作ってゆく」という夢はラグビーで大きく花開きました。
映画『インビクタス』では「スプリングボクス」、愛称「ボカ」と呼ばれた南ア代表チームが勝ち進むごとに南ア市民の応援と熱狂が大きくなって行く様子が描かれています。1995年大会の決勝の相手は「オールブラックス」ことニュージーランド、当時も今も最強と言っていい名門チームです。
2019年大会でのニュージーランド戦や映画『インビクタス』(そう言えば大会期間中ラグビー中継をしていたテレビ局が金曜日にやる映画番組でこの作品を放映していました)を見た方なら覚えていると思いますが、ニュージーランドチームは試合開始前に「ハカ」と呼ばれるニュージーランドの原住民マオリ族の踊りを演じるのが恒例となっています。
私は映画で初めて見たのですが、独特の抑揚で唱えられるマオリの加護の歌に合わせ白人選手もそろってパフォーマンスする「ハカ」にとても不思議な感動を覚えました。英語の「ウォークライ」に当たるハカは、戦いの前に部族の祖先の魂や神(部族を守護するトーテム)に祈り、心を奮い立たせる原始的な儀式です。
大きく開いて踏ん張った自分の太ももを何度も激しく手で打つ、肘を振り上げもう片方の手で叩く、空手の防御のように腕を交錯させてから開く、対戦相手を睨み大きく開けた口から舌を長く出す、など、原始的で力強い歌 (というより呪文)とダンス。歌われている言葉の意味は分かりませんが、パフォーマンスするオールブラックスの選手たちがどんどん高揚し相手を威圧していく異様な空気を作っていました。ニュージーランドが強いのはこのハカがもたらすパワーも大きいと真面目に論じられています。
ハカは部族や集団によって違い、場面によってもどのハカをやるか変わるので、沢山伝わっていますが、なんとオールブラックスは専用のハカを持っています。1810年にある部族長が作った「カ・マテ」。日本語で「頑張って、頑張って、ゴー!」と聞こえるので時々コマーシャルなどでパク、もといオマージュされます。1905年くらいからオールブラックスが試合前にやるようになりました。そしてもう1つ、重要な戦いの前にしか披露されない「カパ・オ・パンゴ」。2019年大会準決勝でオールブラックスがこれを演じている時に、対戦相手のイングランドは「ハカなど伝統的な儀式の間はハーフラインを越えてはいけない」という規定を破って「V字型」に囲んで挑発し、敬意を表しませんでした。
相手に対するリスペクトの無さに少し嫌な気持ちになった物です。イングランドチームは自ら価値を下げてしまいました。
しかもその「最強軍団」オールブラックスを下して進出した決勝戦で南アに敗れると、表彰式では監督以下ほとんどの選手が渡された銀メダルを首にかける事なく、手に持ったままでいたりポケットに突っ込んだりしていました。本来なら誇っていい準優勝、それも最強の相手を破った末に得た栄誉に余程不満だったようです。「不貞腐れ」と取られても仕方の無い振る舞いでしょう。大人げない。
先のニュージーランド戦で「あれ?」と芽生えた思いがとても大きくなりました。イングランドは「自分たちが勝って1番にならなければ納得しない精神的に幼い集団」なのではないかと。敗れた相手を讃える事も、自分たちが負けた相手をリスペクトする事も出来ない「お子ちゃま軍団」なのかと。
スクラムハーフとして縦横無尽に駆け回り、南アを3度目の優勝に導いたデクラーク選手がチームの中心で優勝カップを高々と掲げ記念撮影をしている横で、「そこにいる資格の無い不貞腐れ坊やたち」がたむろしていた事だけが、素晴らしかった大会を少しだけ残念な物にしていました。
『インビクタス』で描かれた1995年大会では、今回と同じく決勝に進んだ南アを待ち受けていたのは伝説の名選手・ジョナ=ロムーを擁するニュージーランドでした。「ハカに生きる男」と呼ばれ全力でハカを朗唱し踊る彼は、「高速重戦車」とでも言うべき速さと襲いかかるタックルを片っ端から弾き飛ばす強靭な体格を持つスーパースターです。
彼ををいかに封じるか作戦を練り、リードされても必ず追い付いて何とか延長戦に持ち込んだ南アは、ついに終了間際に試合をひっくり返し優勝を果たしました。当たり前ですが、歓喜で爆発するエリスパークスタジアムで、ニュージーランド選手団は驚異の優勝を成し遂げたスプリングボクスを称えていました。スポーツの感動は相互のリスペクトも重要な要素なのだと思います。
余談ですが、ハカの動画は検索すれば山程ヒットしますので、見たことがない方はご覧になって下さい、是非。
動画を見始めるとホントにキリがないスよ。