乙女1.
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ここは、アリシアーテ帝国。大陸全土の半分を占めるその国は、その昔は大陸の5分の1ほどしかない小さな新興国家であった。ほんの500年前は帝国ではなく“王国"を冠していたのである。
だがしかし、かつて恐れられた鮮血王リアブロの即位より時代が反転。新たな武器、技術、人界戦略を持ってしてまさに軍事国家となった国が他の国を圧倒するに100年も要しなかった。そして王国は"帝国"になった。
ーーー300年ほど前には血の匂い立ち込めたアリシアーテ帝国の首都。今は人々の笑いが立ち込める大陸有数の巨大都市になっている。
そんな首都に足を踏み入れた少女は初めて見る様々な建物やお店を見て、輝かんばかりに瞳を煌めかせた。
(こんな素敵なところに、私は今日から暮らすのね!)
新しく買ってもらった水色のワンピースをひらりと舞わせて、アンリは踊る心を止められなかった。今まで住んでいた町は、畑と田園しかない田舎であったため都市部というものも知らなかったし、アンリの考える都市部は、田舎にある4店舗ほどしかない商店の並ぶ町が限界である。
あちらこちらで客を呼ぶ商売人の声が入り混じった喧騒の中で、見たこともない食材並ぶ店がいくつも並ぶ。その光景にアンリの目はあっちこっちと大忙しだ。
そんな風に上機嫌でお店を一軒一軒ふらふらと回っていると、店頭で客寄せで声を上げていた八百屋のおじさんとパチリと目がかち合った。
「…お?お嬢ちゃん、もしかしてルマンドールの新入生かい?」
「え、あ、はい!でも、なぜわかったんですか?」
「ハハハ!なぜって、そのベルトを見てわからない奴はいないぞ?まあ、この時期は地方から来た子は皆んなそれをつけてくるんだ」
「あっ…」
思わず腰にあるベルトを触れた。ベルトの真ん中には、きらりと輝く三つ星の称号はルマンドール学園の紋章。この紋章がついた細身のベルトが家に着いた時、涙しながらすぐに両親に見せつけ自慢げに踊ったものだ。
アンリは今回上京する時も、荷物が盗まれようがこれだけは手放してはいけないと腰につけてきた。
だが、これはこの街では少々目立つものらしい。そのことを知り思わず赤面してしまう。うう、恥ずかしい…。おのぼりさんだとバレてしまった。
「ま、いい学園生活を送りな。ほれ!餞別だ」
ポイっと投げられたそれを思わず掴んだ。真っ赤なリンゴだ。
「あ、ありがとうございます!」
にこやかに笑う無精髭のおじさんはこちらに手を振り見送ってくれた。素敵な街に、素敵な人々…。
(ふふ。なんだか、最高の日々になりそう!)
田舎の母からは都心部だからしっかり用心して暮らすことを口酸っぱく言われたものだったが、こんなに素敵な街を見てしまっては楽しい日々を夢想してしまうのは仕方ないと思う。
少女はリンゴを抱えて少し小走りに学園の寮に入寮するために学園に向かったーーーーー、そう。アンリは学園に向かっていたはずだった。
ここまでが約1時間前までの話である。
「…うぁ…」
「今日の収穫はこんなもんかー?」
「今回は少ねぇな。」
ーーーーなぜかアンリは、どこか知らない地下牢にいた。それも手足を縛られて。