第三話: ふざけるな
死んでました。蘇生しました。
「……落ち着いた?」
「は、はい……ごめんなさい」
ひとしきり泣き、冷静に考える力が戻ってきたところでそう声をかけられ、みっともなさと申し訳なさからくる羞恥が顔を赤く染める。
「しょうがないよ。発見した時の君の姿から察するに……かなり、劣悪な環境の中で過ごしてたんでしょ? 話したくないなら話さなくてもいいけど……何があったか、聞かせてくれない?」
フェルミナの優しい言葉に、もう一度涙腺が緩みかけるが、ぐっと我慢して訥々と話し始める。
「……フェルミナさんの言う通り、私は別の世界から……何の装備もなしに放り出されました。食べ物もなしに、雨水だけで……十日」
言葉が纏まらない。一週間とちょっとだけの体験でも、地獄は他人との会話を阻害するに十分すぎるものだったらしい。
「……そっか。今までも酷かったけど、そんなの……」
フェルミナがそう言い、私の頭を撫でる。子供扱いされているようで少し気恥しいが、悪い気分ではない。
そして、少しだけ気になっていたことを聞いてみる。
「あの、今まで、って……私みたいな人って、珍しくないんですか?」
異空児、という言葉が定着していたり、フェルミナの言動の端々からある種の慣れのようなものを感じたのだ。普通は「異世界の住人」と言われれば、相手の正気を疑うか、詐欺師だと思うのが普通だろう。
「うん。えっとね……貴女が来たのは『地球』、って所でしょ?」
首肯する。
「だったらあまり馴染みがないかもしれないんだけど……ちょっと、私に掌を向けてから『τउघο』って言ってみて?」
「え? えっと……」
「あ、ちょっと待って……ん、『オープン』、で通じるかな?」
先程もそうだが、言語についても面妖なからくりが潜んでそうだ。今のは固有名詞だったから翻訳が働かなかったのだろうか?
一応その疑問を心の中に留めておきつつ、言われた通りに「オープン」と呟く。
「? ……わっ」
何も起きないことに首を傾げたのも束の間、耳障りな金属音とともに黒い物体が視界を埋め尽くす。驚いて目を白黒させていると、フェルミナがこちらに寄ってきてその物体を無造作に掴み、見やすいように位置を調整した。
「これを見て貰えたら分かるかな。これは私の……『フェルミナ』の詳細情報。貴女達にとっては……ステータス、とか言った方が分かりやすいかな?」
その言葉に頷く。眼前の黒い物体をよく見てみると、小さな文字でフェルミナについての情報がぎっしりと羅列されていた。年齢から、筋力などのパラメーター、そして『スキル』……。
「結論から言うと……これを作ったのが『日本人』、っていうわけ。だから貴女みたいな存在は珍しくはあるんだけど、慣れちゃってるって感じかな?」
「つ、作ったって、これを?」
重力に逆らい、空間に固定されているかのように佇む板を指し示して問う。いくら日本人でも、自然の摂理に反したものを作るなんて……。
「有り体にいえば、彼はこの世界の管理者……神様ってやつになったんだよ。経緯は知らないけどね」
「神様って……荒唐無稽な」
「まぁ、そう思うよね……でも、貴女がここに居るのは大体彼のせいだよ」
突然の告白に身体が硬直する。私に地獄を経験させた、その間接的とはいえ加害者となる人間の暴露に、穏やかな気持ちではいられない。
「……それは、どういう」
「貴女も、ここに来る前に神様を見たでしょ? 彼はね、他の惑星管理者に対して言ったの。『地球人、あるいはそれに類する文化保有者の提供を望む』って」
……ああ、大体話の落ちが見えてきたぞ。
これはつまり……。
「『それらにとって、住み良い環境を用意した。死者にとって、存在を無に帰すより十分幸せなはずだ』……ってね」
……ふざけるな。
そんな思いが顔にでてたのか、フェルミナが私の掌を包み込み、「落ち着いて」と宥める。
「……要するに、彼は彼なりの『理想郷』を作ったと思ってるの。まぁ……今までの異空児を見るに、欺瞞としか思えないんだけどね」
「……話は、分かりました。納得は……できませんけど」
ぐっと毛布を握り、何とか感情の暴発を防ぐ。表情を取り繕おうとするが、どうにも表情筋が上手く動かせない。
「……貴女は、どういう『希望』を貰ったの? 異空児たちの話を聞いていると、神様から望んだ『希望』が貰える、っていうことらしいけど……」
私のただならぬ雰囲気を見て、何かを感じとったのだろうか、そう話の方向を変える。「希望」、というと……ああ、あれか。
「……何も、貰ってません。『希望』なんて……」
「……どういうこと?」
フェルミナの優しげな表情がすっと消え、不穏な空気を醸し出す。その変化に若干驚きつつも、それを悟らせないように努めながら経緯を話した。
「……馬鹿げてる。手違いなんて……」
吐き捨てるようにフェルミナがそう言う。
「……そういえば、名前も聞いてなかったね。貴女、名前は?」
「え、えっと……新田、和流です。和流が名前です」
「そう。……セセラギ、私と一緒に来ない?」
「え?」
その発言の意図が分からず聞き返す。「つまり」と前置きしてフェルミナが提案する。
「普通は、異空児は専門機関に預けるの。女子供でも、ここの世界にはない知識を持ってることが多いからね。……けど、待遇がいいとは言えない。皆はそれを見て見ぬふりをして『自分の生活が良くなるなら』なんていう精神で送り出してる。……私は、貴女にそんな思いをして欲しくない」
ぎゅっ、と先程から握られていた手に力がかかる。痛くはないが、彼女の内側に渦巻いている感情が見て取れるようで、少し萎縮してしまう。
そんな私の反応を見て、「ごめんなさい」と、ぱっと手を離して、
「貴女にはまだ猶予がある。教会に知られたらまずいけど……私のキャラバンならいくらでも工作の余地はある。その後は……自由になるなり、私と一緒に過ごすなり、幾らでも『人間らしい』暮らしができる。『異空児』っていう身分を捨ててね。……どう?」
その提案に、また涙が零れそうになる。優しく、包み込むような暖かい言葉。
その日、私はフェルミナのキャラバン……「フェルミナ隊商」の一員となった。
よすがのない、独りぼっちの世界に、色が拡がっていくのを感じつつ。
『スキル: 孤立無援、四面楚歌、████、その他四十六項目にロックが掛かりました。再度使用するには条件を満たし直す必要があります』
多分続きます。