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ヤクザ者  作者: 夜市
1話 岩島という名の男
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 建物の外へ出ると、近くに居た三~四十代の男と目が合った。サラリーマン風のその男は酒に酔っているようで、顔を真っ赤に染めている。

 トラブルを起こしたくない和真は、男から目を反らした。しかし、それがいけなかった。男はフラフラと覚束ない足取りで和真の方へと歩いていく。

あいにく、岩島は便所へ行っているのでいない。面倒なことになりそうだ、と、和真は小さく溜め息を吐いた。

「何か? 兄ちゃん、俺に文句あるとか?」

 酒臭い息を吐き出しながら、男は和真を睨む。和真は顔色ひとつ変えずに、

「別にない」

と彼は返事をしたが、その声色は低く重々しい。

 喧嘩をする気はない。和真は男に背を向け、道の向こうを見つめる。

 夜空に浮かぶ月よりも明るい街中は、多くの人で溢れている。呼び込みの声が飛び交う中、突然、男が和真の胸倉を鷲掴んだ。

 綺麗だったワイシャツにクシャリと皺が寄る。

 面倒だ。非常に面倒だ。和真は早く終われと願うばかり。

 やめとけ、と五人居る連れの内の一人が止めに入った。けれど、泥酔している男は聞く耳をもたず、睨んだの何だのと文句ばかり垂れている。

「俺の知り合いはー、ヤクザ者なんぞー」

 そして、男はしてはいけない話をしてしまった。

 この街では、筋者の名前を出すのはご法度。なぜなら、その者に迷惑がかかってしまうからだ。

 男もその事を知っているはずだが、酔っているせいで物事の分別がついていない。

「それホンマかあ?」

 筋者の話には筋者が寄ってくる。それは、まるで蟻のように。

ガヤガヤと周りがうるさい中、陽気な声が聞こえてきた。

「ホンマの話なんやったら、ワシにも紹介してくれへんか?」

 岩島だ。男達の後方にいる彼はヘラヘラと気味悪く笑っている。

 連れの男達の顔がサーッと蒼ざめていく。まずい、と誰かが呟いた。

 何せ、岩島は誰が見ても暴力団にしか見えない。それは、歩く看板と言っても過言ではないだろう。

「あ?」

 だが、酔った男は力のない目で岩島を睨む。

 すると、岩島は男の側まで来て、

「ワシもそいつと知り合いになりたいねん。せやから、紹介してくれへん?」

と言ってニイッと歯を見せて笑った。

「あ? 竹本たけもとさんと知り合いになりたいだあ?」

 何言ってんだこいつ、とでも言いたそうに男が顔を顰める。

「竹本ゆうたら、神田組の竹本さんやろ?」

「お前、竹本さん知ってんのか?」

「そら、竹本さん言うたら有名やんか──」

 ハハハ、と岩島は笑いながら近くにあった小さな植木鉢を片手に掴んだ直後、一気にそれを振り上げ、

「──ホラ吹きな男やてなあ!」

と、男の頭目掛けて振り下ろした。

 凄まじい勢いで振り下ろされた植木鉢は男の後頭部に見事命中し、音を立てて割れた。すると、男が崩れ落ちるようにアスファルトの上へ倒れる。

「代紋も貰うとらん半端者が極道なわけあるかい」

 それを見ていた岩島が、吐き捨てるように言った。

 連れ達が騒然とする中、岩島は和真に背を向けた。

「次、行くで」

と振り向かずに話すと、彼は道の向こうへと歩いていく。その足取りは早く、すぐに見失ってしまいそうだ。

「はい」

 和真は岩島の後を追った。後が騒がしかったが、気にせず歩く。

 しばらくして、サイレンの音が辺りに轟く。パトカーか、救急車か。様々な音が入り交じって、少し騒がしい。

「大丈夫なんですか?」

 岩島の隣を歩いている和真が彼を見て問う。厄介なことにならないのか、和真はそれを聞きたくてしかたない。

 岩島は先程吸い始めた煙草を吹かして、

「何がや?」

「殴って大丈夫なんですか? もし、死んだりでもしたら……」

「死んだりでもしたらってなんやねん。殺るつもりで殴ったんやさかい、死んでもかめへんやろ」

「……はあ?」

「あ、これオヤジには内緒やで? バレたらどやされんねん」

 一筋の紫煙が龍のように天へと昇り消えていく。

 なぜ、内緒なのか和真は不思議だったが、後々その理由を知ることとなる。

 神田組では、勝手に堅気を殺すのはご法度とされている。もし、堅気を殺そうものなら、破門だけでは済まされないだろう。岩島自身、その事を充分知り得ていたが、気性が激しいゆえに先程のような行動をとってしまうのだ。

 飲酒は朝まで続いた。スナックの看板が消え、それは楽しい時間の終わりを意味している。

 酒を飲み続けていたというのに岩島はピンピンしていて、むしろ飲む前より元気だ。

「あれだけ飲んで、よく平気でいられますね。ある意味感心しますよ」

 ぼんやり明るい空の下、和真が口を開く。

 返事をするかのように、雀がチュンチュン鳴いた。

「平気も何も全然飲んどらんし。あんなんジュースやんか」

「酒をジュースと言えるカシラが俺は羨ましいですよ」

「……なんや、嫌みか?」

 岩島が、ジャケットの懐から煙草を取り出した。そして、それを咥え、ライターで火をつける。

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