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岩島に出会ってから二日目の夜。きらびやかなネオンが輝く飲み屋街に和真は居た。今まで無縁だったその場所は、着飾った男女で溢れていて、自分は場違いだとさえ思ってしまう。
着慣れないスーツを身にまとっている和真は、人々の視線を集めていた。その理由を知る由もない和真は、居た堪れない気持ちになった。帰りたいと思うが、一緒にいる岩島がそれを許さない。
「白石、なにしけた面しとんねん。せっかく散財しとるんやから、楽しまなあかんで?」
微酔い状態の岩島が、肩に手を回してきた。和真はやんわりと断ろうとしていたが、色々と世話になっている手前断れずにいた。
神田組の若頭と聞いた時には、驚いて耳を疑った。ヤクザとは思ってはいたが、銀楼会のそれも神田組の若頭とは思ってもみなかったからだ。
九州の広域暴力団として有名な銀楼会。その中で最も有名なのが神田組だ。幹部の神田孝則は実力者の一人で、外部までその名を轟かせている。
そんな組の若頭はもっと堅苦しい人間かと思っていた。しかし、実際は違って、おちゃらけた若者でしかない。服装もワニ柄のジャケットというふざけた格好。だから、若頭という威厳は微塵もない。
「すみません。こういう店苦手なんで」
「ほうか。せやったら、今から好きになればええ」
「いや、だからーーー」
何度も断ったが無駄だった。和真を強引にキャバクラの店の中へ入れようとする岩島は、どこか楽しそうだ。
楽しそうにしている岩島を見ていると断ることが出来なかった。なぜなら、和真にとって岩島は命の恩人だからである。
店の中へ入ると、眩しいくらいに照明が輝いて見えた。それと同じように、着飾った女達も輝いて見え、まるで別世界の人間のようだ。
テーブルを囲むソファーに座れば、三人の女達がソファーへやってきた。
和真の隣に座ったのは里奈という女。垂れた目を細めて和真を見る里奈は、わざと彼の腕に身体を密着させ、
「お兄さん、どこからいらっしゃったんですか?」
と甘えた声で訊ねる。
それを聞いて何になるというのだ。里奈に興味のない和真は、彼女を見ずに、
「どこでもいいだろ」
「……そうですよね。じゃあ、お好きな物は何ですか?」
「それを知ってどうするつもりだ?」
と聞き返されて、里奈は返事に困った。
やり難いことこのうえない。これでは、気の抜けた見合いだ。
「白石、ちゃんと答えなあかんで? そんなんやと、女が逃げるわ」
「俺は別に逃げられてもかまいません」
「お前、一生独り身でおるつもりか?」
「そういうカシラはどうなんです? 楽しそうには見えませんが」
と和真が言い返した瞬間、岩島はジロリと彼を見た。
「ワシは楽しく酒が飲みたいさかい、ここに来たんや。せやのに、しけたこと言うなや」
「女好きだからじゃないんですか?」
それがどれだけ失礼な質問か和真は分かっていた。それでも聞いてしまったのは岩島という人間に興味があるからだ。
「あんなあ、ワシには心に決めた女がおんねん。せやから、他の女には興味あらへん」
女達は驚いた顔をしていた。少なからずも、彼女達は岩島が女好きと思っていたのだろう。
その一方、和真は岩島が好意を寄せている女に興味があった。岩島が好きになる女だから、よほど美人に違いない。
「どんな女なんですか?」
と和真が聞くと、岩島は照れ臭そうに、
「お兄ちゃんお兄ちゃん言うて、めちゃかわええんや。ほんま、抱きしめたくなるわ」
「え、子供?」
岩島の右隣にいた女が思わず呟いた。その瞬間、岩島が女を睨む。
「あ? 恋愛に年齢は関係あらへんやろ?」
そそそ、と女は舌をもつれさせて、
「そうですよね! 恋愛に年齢は関係ありませんよね」
「店は綺麗やけど、接客は最悪やな。白石、帰るで」
岩島は吐き捨てるように言うと、ジャケットの懐から財布を取り出した。そして、彼はその中から壱万円札を数枚抜き取ると、テーブルの上にそれを叩きつけた。直後、岩島と和真は店から出ていく。
すると、女達の機嫌が頗る悪くなり、彼女達は蔑むような目で岩島達を見ていた。