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乾いた音が辺りに響き渡る。銃口から発せられた弾は宙を切り、前田の眉間に命中した。
「あ、あああ……」
眉間からダラダラと血を流している前田が、後ろへ倒れていく。整髪料で整えられていた黒髪は乱れ、白いカッターシャツの襟は血で汚れるばかり。
前田が倒れた瞬間、金髪の少女が悲鳴を上げた。彼女の金切り声はわんわんと辺りに響いている。
「う、うわあああ!」
残された少年少女達が転がるように逃げ惑う。和真はそれを尻目に拳銃を背中に仕舞った。
それを見ていたキャップの少年は和真を指差し、
「お、お前……どうなっても知らねえからな!」
「どうもこうも、ターゲットは俺なんだろ? 前田を殺さなくても同じこと。
ずっと一緒にいたんだからそれくらい分かっているはずだと思っていんだが、これは俺の勘違いか?」
それに、と和真は言って、
「お前が俺を殺すつもりなら、俺はお前を殺す」
本気だった。冷淡な目付きでキャップの少年を見ている和真は、右手を背中に隠してある拳銃へと伸ばす。
こここ、と少年は舌をもつれさせて、
「殺すつもりなんかねえよ。ただ──」
少年はそこまで言うと、チラッと前田の遺体を見て、
「お前の事がずっと嫌いだった。何でも完璧にこなしやがってよ、顔見てたら腹立つ。
だから、痛い目に遭えばいいって思った」
ガタガタと窓が揺れ、窓の隙間から冷たい風が入り込んでくる。
キャップの少年から鼻をすする音が聞こえ、金髪の少女はピクリとも動かない前田にしがみついた状態でわんわん泣くばかり。他の者は放心状態で息をしているかも分からない状況。
和真はフンと鼻を鳴らして、
「俺だってお前達が嫌いだ」
その日から和真は古坂組から追われるようになった。追ってくるのは、金に目がくらんだ準構成員。いわゆる、チンピラ風情の者だ。
組長と正式に盃を交した組織の構成員達は、いつでも準構成員との関係を切れるように追ってはこない。
それもそのはず。構成員が捕まろうものなら、芋づる式に古坂まで捕まってしまうからだ。
相手が一人の時はなんてことなかった。しかし、追手が増えるに連れ、精神的に追い込まれていく。
目という目が恐い。世界中の人間が敵に思えてくる。
助けて助けて、と心で叫ぶが、誰にも伝わらない。
部屋から出て、居酒屋やスナックが沢山ある路地を隠れるように歩いていると、一人の男が道の向こうから歩いてくるのが見えた。ワニ柄の奇抜なジャケットを着たその男は、左瞼の上から頬にかけて大きな傷痕がある。
強面の男は明らかに表向きの人間ではない。だから、和真は迷うことなく男に向かって拳銃を構えた。
しかし、男は怯えることも抵抗することもなく、和真をじっと見ていた。目を逸らそうとすらしない彼は、和真の目を見ているようだ。
こここ、と和真は舌を縺れさせて、
「殺してやる……」
震える声、震える手。呼吸さえ上手くできない。
恐い恐い恐い。ただ見ているだけの男に対し、恐怖心を覚える。
すると、男はなぜかゲラゲラと笑い始めた。そして、彼は笑いながら口を開く。
「ジブン、ワシを“殺そう”思うとるんか? あまいでえ。そら、自殺行為っちゅうもんやろ。
自分自身を殺そうとして、お前はホンマもんのアホやなあ。
命を無駄遣いするつもりなら、いっそのことワシについて来い。ワシと一緒に居ったら今よりも遥かにおもろい毎日になるでえ」
何を言っているんだ、和真はそう言い返したかったが、空腹で口がうまく回らなかった。それよりも、男があまりにも楽しそうに笑っているせいか、体から力が抜けていく。
気付いたら、男につられて笑っていた。生まれて初めて、腹の底から笑っていた。
笑えば笑うほど気持ちが楽になっていく。今までしてきた行為が無であったかのように思えてならない。
やがて、男は笑うことを止め、先程とは打って変わって真剣な顔つきで口を開く。
「ワシが嘘吐いとらんっちゅうのは、今ので証明されたで」
はあ、と眉を顰めた和真は声を漏らして、
「意味が分からないんだが?」
「ジブン笑うとるやん。笑うとるゆうことは、おもろかったからやろ?
せやから、それがワシと一緒に居ったらおもろいっちゅう証拠やで。どや、ついてくる気になったかあ?」
ああ、と和真は何かに気付いたように頷いた。