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平和の定義  作者: 雨宿り
妖精の森
3/6

[ 3 ]

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「まさか結界が破られるとは、思っていなかった。それも、空から降って来て」



鋭いボルドーの瞳で兎和を睨み付ける男は、嫌味を効かせたような口調でぶつぶつとそう言うと、腕を組んで仁王立ちをする。


きっと、ヴィーが言っていた"王さま"とやらはこいつの事であろう。いや、十中八九こいつだ。


全身統一したように黒い。服装もスキニーパンツにごつい革のブーツ、そしてシンプルな無地のワイシャツだ。重たそうなコートは袖を通さず、肩に掛けるようにして羽織っており、威厳がある。そしてなにより、彼の頭の上に主張するように乗る銀細工の冠が、王の存在を物語っていた。



(すっごい意地悪そう)



兎和は男の態度に一瞬顔を歪めたが、手のひらの中で縮こまった毛玉がもぞもぞと動いているのに気づき、すぐに笑顔を取り戻した。


芝生の上にゆっくりと毛玉を降ろすと、毛玉は嬉しそうに男の元へ駆け寄る。それをひょいと拾い上げ肩に乗せた男の耳元で、毛玉はなにやらきゅっ!と鳴いているようだった。兎和が訳も分からずにいると、男は数秒黙り込んだ後に溜息をついて口を開いた。



「……ありがとう」

「へ?」

「こいつがそう伝えろと」

「きゅっ!」



毛玉が男の肩の上でぴょんぴょんと跳ね回った。

きっと、男がこちらに来た際の地震から身を守ってくれたことへの礼だろう。


ぽかぽかと温まる気持ちに、兎和は微笑みながら



「どういたしまして」



そう言った瞬間、あろうことか、毛玉は男の肩を蹴り飛ばし、兎和の胸に飛び込んでくる。兎和は少しよろけながらも、毛玉を抱き止めた。

蹴られた張本人は、面白くなさそうに顔を強ばらせる。前髪から覗いたボルドーが、不愉快だと告げていた。


そして、そんな彼を見てか、何処からともなく、高く可愛らしい声が聞こえてきた。



(妖精…だ、)



兎和にも分かるほど、御伽話に出てくる妖精らしい見た目をしていたそれは、小さい体に尖った耳を持ち、硝子のように煌めく透明な羽で舞う度にきらきらとした軌道を作る。



「ふふっ見まして?」

「ええ、オベロン様がファルムに蹴られていらっしゃったわ」

「あらあまあ」



妖精元いピクシー達は、近所のオバチャンの井戸端会議のようなものを始めた。オベロンと呼ばれた男を指差しながら、くすくすと笑う。


男は額に青筋を浮かべながら、口角をぴくぴくと引き攣らせていた。その背後には彼の瞳と同じ、ボルドーのオーラのようなものがゆらりと(うごめ)く。



「あら怒ってしまわれたわ」

「逃げなくちゃ逃げなくちゃ」

「お顔が怖いわ」



そうしてピクシーは、怖がる様子など全く見せずに、最後まで笑いを絶やさなかった。去り際に、兎和の周りをくるりと1周し、微笑みながらまたね、と告げたピクシーは、森の深くへ姿を消した。



「彼女達はお喋りが大好きな悪戯(いたずら)()だからね。毎度挑発に乗せられて、本気にしちゃあダメだよ、オベロン」



湖の中からヴィーが現れ、先ほどのように縁に腕を乗せる。その顔には呆れの文字が浮かんでいた。



「別に乗っていない」



拗ねた子供のようにフイッとヴィーから視線を逸らしたオベロンは、その不機嫌顔で兎和を見た。



「おい、ついて来い」

「へっ?」



そう一言告げたオベロンは、マントのようになっているコートを(ひるがえ)し、森の奥へ進み始める。



「え、ちょ、ちょっと!?」



ずんずんと進むオベロンは、もう姿が見えなくなりそうだ。それを見て焦る兎和の左右を、何かが走り抜けたかのように風が吹く。



「来て、トワ」

「トワ」



そんな声が頭の中に響く。ごめんねと謝りながら毛玉を地に下ろした兎和は、オベロンの背を追いかけ走った。









こうして見ると、本当に自分は異世界とやらに来てしまったのだなと実感する。

毛玉を初めとするファルム、そしてピクシーなんてものは甘かった。



(きのこが歩いてるきのこが喋ってるきのこが)



オベロンに着いてこいと言われて来たのは、湖から少し離れた場所であった。先ほどのような太陽の光が入るような所ではなく、森らしく少し薄暗い。と、思っていた兎和だが、1歩オベロンがそこへ足を踏み入れると、歩いた所から明かりが付き始める。それは発光した花であったり、木々に成る果実であったり、様々だ。


中でも、きのこの妖精がよたよたと歩きながら明かりを灯してくれている姿に兎和は惹かれた。

興味本位でつんっとその笠をつつくと、恥ずかしそうに赤色に染まる。笠が光り、明かりとなって一緒に歩いてくれている。



「…珍しい」



オベロンが横目で兎和を見ながらそう呟いた。



「何が、ですか?」

「森の動物や妖精は、人間が好きではない。なのに、好かれるどころか懐かれているとは」



(そういえば、ヴィーも同じこと言ってたかも)



「犬飼ってるからですかねえ」

「は?」

「あーっと…私、犬飼ってて、動物との接し方が何となく分かってるから…かなあって…」



その言葉にピクリと反応したオベロンは、立ち止ま少し口角を上げて笑った。



「ふっ、それは、関係ないだろうな」



馬鹿にしたような笑みだが、初めて彼の仏頂面以外のものを見た兎和は思わずその顔面偏差値とのコンボに見蕩れてしまった。


数秒見つめてしまったが、急に恥ずかしくなり、オベロンからバッと視線を逸らす。当の本人は気にした様子もなく、いつの間にか気難しい顔に戻っていた。



「しかし…そうか」



何かを考え込むようにして、オベロンは顎に手を当てる。



「お前、犬が好きなのか」

「?好きです」

「…そうか」



オベロンが納得したように頷く。

兎和が頭にはてなを浮かべた。


そんな会話をしている間に、どうやら目的地に着いたらしい。その光景を見て、兎和は目を見張った。


大木が変形し、くり抜かれたように幹に大きく穴が開いていた。オベロンの後を追い、中に入ると、7色に光る宝石がランプのように光って視界を照らす。その他にも、床には魔術師のような模様の描かれた不思議な布が敷かれていたり、壁は装飾品で飾られていたり______。どれもこれも、自身を着飾らない彼が選んだとは、到底思えないほどに洒落ている。


そして、その部屋の最奥、中央に、彼が冠る冠と同じ銀細工で作られた王座はあった。それは漆黒によく映える。細かく花と妖精が彫られたその王座に、オベロンは慣れたように座った。


王座から兎和を見据えるオベロンは、妖精王の名に相応しい。その一言に尽きた。




+

不定期更新ですが、なるべく1日1話更新出来るように頑張りますので、よろしくお願い致します。

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