第十七話 作戦の夜 二
生暖かい夜風が吹いている。屋敷の前に、二人の娘が立っていた。
月明かりに照らされ、利発そうな顔をした娘たちは互いに顔を見合わせた。扉の呼び鈴を鳴らす。
ぱたぱたと足音がして、ガチャリと扉が開かれる。エプロンをつけた使用人の女が姿を現した。
「まあ、お嬢様方!」
女は目を丸くした。
「いつお戻りになられたのですか? このような夜更けに……さぞ、お疲れでしょう、ささ、奥様にお会いになってくださいまし」
目尻に皺を寄せて女が通す。娘二人は玄関に立った。じっと屋敷内を眺め回す。
「それにしても、ご立派になられましたね……」
使用人の女は感慨深げに呟く。
「上着をお預かりします。さあ、こちらへ」
娘たちは頷き、上着を脱いで女に手渡した。
女の後をついて、屋敷の奥へと誘われる。
「奥様」
呼びかけの後、やや遅れ気味に返事があった。
「なあに、今何時だと思っているの」
「奥様、お嬢様方がお戻りになりましたよっ」
沈黙。
ばたん、ばたばたと騒々しい音がして、扉が勢いよく開かれた。
「まあ――」
流れるような金髪を無造作に流した女が、目を輝かせる。そのまま娘たちを抱きしめた。
「エディ、コリンヌ、二人とも、帰ってきたのね!」
「すぐにお部屋をご用意いたしましょう」
使用人の女がにこにこして立ち去りかける。
「待って」
そこで、娘の一人が初めて口を開いた。
「私、今夜はお母様のお部屋で寝たいわ」
「私も」
口々に言う娘たちに、「まあまあ……」と母がうなずく。
「ええ、そうしましょうね。さあ、中へ入りなさい。今夜はお父様がいないから、三人で眠れるでしょう」
ぱたん。扉が閉められた。
母親はワードローブを開け、自分の絹のネグリジェを取り出す。
「今夜は私のを着なさいね。今お風呂を沸かしてくれているでしょうから――」
「必要ないわ」
「必要ないわ」
そっくりな顔をした娘たちが口々に言う。
「とても眠たいの」
「疲れているのよ」
「そうね、もうこんな夜更けだものね」
母親はベッドに腰掛け、空いた場所を指した。
「さあ、お上がりなさい、一緒に眠りましょう」
娘たちが顔を見合わせる。片方がポケットに手を突っ込み、そっと中の物を取り出した。
「お土産よ」
小さな四角い包みが、手のひらにちょんと乗っている。
「まあ、何かしら?」
「食べてみて」
「食べてみて」
母親は小さな包みを受け取り、期待に目を輝かせながら指先で開いた。中から茶色いチョコレートが姿を現す。
「まあ、美味しそう。すぐにいただくわ」
大事そうに、ゆっくりと包み紙を剥がしながら母親は問う。
「ところで二人とも、留学はどうだった? たくさん学べたかしら?」
「うん」
「とても楽しいわ」
「今日は、またどういう風の吹き回しなの? 休暇をいただいたのかしら?」
母親はチョコレートを口に放りこんだ。
「あら、なんだか変わった味がするわね」
「美味しいよ」
「美味しいよ」
全く同じ顔、同じ声。娘たちは母親の両側に座って口々に言う。
刹那。
母親の息が止まる。目が見開かれ、指先で必死に喉を掴む。
ひゅー、ひゅー、と喉から風が漏れ出る。がりがりと喉をひっかき、娘たちに向かって手を伸ばす。
「エディ……コリ、ンヌ……」
か細い声は、言葉にならずにかき消えた。
倒れた女の身体を見下ろして、二人の娘は一声、鳴いた。
暗い夜の窓辺に、複数の光が集まってくる。金色の翼がはためき、屋敷の掃除が始まった。





