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神がパンツをしゃぶれと仰せになるのだが

作者: 九条カペラ

一部、セクシャルな表現があります。

ご注意下さい。

 ――ミハエル・ワードナーよ。汝、聖女のパンツをしゃぶるべし。さすればこの世で比類なき力を手にするであろう――


「……はっ!」


 私は、飛び上がるように目を覚ました。そこが自室である事に気がつき、安堵のため息を漏らす。


「また……あの夢か……」


 私、ミハエル・ワードナーは、最近繰り返し同じ夢ばかりを見るようになってしまった。


 言葉にするのもはばかれるが……。


 その……我らの父たる神が私に女性の下着をしゃぶれと仰せになる。そんな突飛のない夢だ。


 しかもそれによって古今無双の力を得ることができるという。


 何とも馬鹿馬鹿しい夢ではあるのだが、こう繰り返し同じ夢を見ると流石に一笑に付すというわけにはいかなくなる。


 私は神の忠実なる僕であり、忝くも陛下より神聖騎士団の団員という任を与えられている身だ。


 神からのなにか重要な啓示であるやもしれず、さりとて女性の下着をしゃぶるなどできようはずもない。そもそも聖女というのが誰かも知れない。


 聖女というからには、信仰篤き女人のことを指すのだろうが……。


 私は信仰と倫理の狭間で懊悩する事となった。


 ――ミハエル・ワードナーよ。早うしゃぶれ。パンツをしゃぶれ。強うなれるぞ――


 ――おっパンツ!おっパンツ!――


 ……夜ごと繰り返される神の御言葉(みことば)は、私のような凡夫には理解しがたい。


 されど、いつまでも神の御意思に沿わないというのであれば、私の信仰心それ自体を疑われることになろう。


 不敬ながらも、神を騙る悪魔の囁きかとも疑ったこともある。

 しかし、神がお話しになる言葉は神聖言語と言われるエノク語だった。悪魔祓いにも使われる聖なる言葉であり、悪魔がそれを操れるとも思えなかった。


 いよいよ悩みが深くなり、誇りある騎士団の仕事にも支障が出始めた頃、私は藁をもすがるような思いで城下の教会の門を叩くことにした。


 暗い懺悔室へと入り、私は今日ある事を神に感謝する言葉を捧げる。


「よく参られました。忠実なる神の信徒よ。さああなたの抱える罪をお話しなさい。偉大なる神のその深き御心によって全ては受け入れられるでしょう」


 壁の向こうから、厳かな司祭の声が聞こえ、私の緊張感が否が応でも増してくる。


 額からの脂汗が止まらない。


「そ、その……」


「……」


「今からの告白は不埒極まる話であり、ともすれば神への冒涜と受け止められるかもしれないものなのです……私は神の真意が知りたい。ただそれを願うのみです。神は受け入れてくださるでしょうか」


「もちろんです。神の御心をお信じなさい」


「……それでは……」


「はい」


「神が毎夜毎夜、私の夢にそのお姿を現しになり、同じ御言葉を繰り返されるのです」


 おお、と、羨望のため息が聞こえてくる。

 私は意を決して、全てを吐露する。


「な、汝、聖女のパンツを……し、しゃぶるべし、と。さすれば古今に比類なき力を得ることができるであろう。そうおっしゃるのです……」


「……え」


「……」


「も、申し訳ありません。聖女……つまり、じょ、女性の、その、下着を……?」


「はい……」


「し、しゃぶ……え?」


 司祭が困惑するのも無理はない。いかに敬虔な信徒であっても、この御言葉を理解するのは容易ではないだろう。私も理解できていないが。


「……その深き御心の真意が分からず、私のような者は途方にくれるばかり。どうか神よ、愚昧なる(しもべ)に道をお示しください」


「……」


「……」


 針のむしろにいるかのような沈黙の後、コホンと一つ咳払いが聞こえた。


「そ、そうですか。憐れな仔羊よ。祈りなさい。さすれば神はきっと聞き入れてくださるでしょう」


「あ、あの……神の真意は……」


「祈りなさい」


「……」


 私は祈りを捧げると、大人しく懺悔室を出て教会を後にした。


 神の住まいの中とはいえ、ただ恥を晒すだけで何の収穫も得られなかった。私は忸怩たる思いを抱きながら帰途に着こうとした、その時。


「あ、あの……もし」


「?」


 突然声をかけられ、私が振り向くと、そこには一人の若いシスターが立っていた。


 楚々とした雰囲気の女性で、黒の修道服の合間に覗くその面立ちは、その、不謹慎かもしれぬがとても美しい。


「何か?」


 私が声をかけるとおずおずといった様子でこちらに近づいてきた。


「と、突然のお声がけ申し訳ありません。少しよろしいでしょうか」


「はあ」


「そ、その……こ、こちらへ!き、来ていただけますか!」


 突然私の手を引き、教会の裏手にある物置き小屋まで私を引っ張っていったかと思うと、強引にその小屋の中へと私を押し込んだ。


 そして後ろ手に小屋の扉をピタリと閉じてしまった。


「シ、シスター。これは一体――」


「あの話は!」


 私の疑問の声を遮るようにシスターが私に尋ねてくる。


「あの話は、その、ほ、本当なのでしょうか?!」


 まさか、あの話とは、懺悔室で私が告白したことを指すのだろうか。


「……シスター。まさかとは思うが」


「も、申し訳ありません!周囲を掃除している時に、耳に入ってしまって……」


 なんということだ。人の告解を盗み聞きするなど。


「シスター、それは罪深い事です。それに、神の住まいの外で告解の話をするつもりはありません」


「承知しております!罪はこの身をもって贖いましょう。ですが、大事なことなのです!」


 シスターのあまりに必死な様子に私は気圧され、渋々頷いた。


「本当の事です。第一、神の御言葉を騙るなど、できようはずがないではないですか」


 私の言葉に、シスターは頷く。


 そして、両の手を胸の前で組み、震える声で私にこう告げた。


「少し……目を瞑っていただけますか?」


「は……?」


「後生です。お願いします」


「は、はあ」


 私は訳も分からず目を閉じる。すると、シスターの立っていた辺りから、衣擦れの音が聞こえてくるではないか。


 ま、待て……。こ、これは……。


「も、もう結構です……目をお開けになって……」


 私は恐る恐る目を開いていく。


「……」


 目の前には先ほどと同じく、修道服を着たシスターが立っていた。顔を真っ赤にしているが、その他は別段変わったところはない。


 ……私は一瞬でも、なんと破廉恥なことを考えたのか……。


 自らの浅ましい考えに対しての、神への寛恕を請い願うために祈りをささげようとした時、シスターが震える手で私に何かを差し出してきた。


「こ、これを……」


「?」


 私は差し出されたものを受け取り、生暖かい手の中の「それ」を指でつまみ、広げてみる。


 下着だった。


 何の飾り気もない、純白の女性の下着。


「な……!」


 私は混乱し、二の句が継げなかった。なんだというのだ。これは一体……。


「……私も、神の啓示を受けたのです。――聖衣(せいい)たる汝のパンツを勇者に捧げよ――と。それと、決して手違いでパンツを聖衣にしたわけではないので、ゆめゆめ疑うことなかれ、とも……」


「なんということ……」


「私は途方に暮れました。啓示の内容もさることながら、勇者様とはどなたのことなのか見当もつきませんでしたから……。誰にも相談することも叶わず……。しかし今日、あなた様がお越しになられたことで全てが神の御意思によるものだと確信することができたのです」


 シスターの言が真実ならば、この手の中にあるシスターの下着はまぎれもなく神より遣わされた物ということになろう。神の真の御心は私のような者には測りかねるが。


 しかし……。


「お、おしゃぶりにならない……のですか?」


 顔を真っ赤にしながらも、私の様子を窺うようにしてじっと見つめるシスターのそんな言葉に、私の体がビクリと震えた。


「な、何を、バカな……」


「お疑いならば確かめればよいのです……神の御意思を……」


 私はゴクリと喉を鳴らす。


 本当に?この私が、女性の下着を……?


 しかし、これが神より遣われし聖衣ならば。これをしゃぶれと神が仰せになったのは間違いない事実なのだ。


「……シスター。すまないが向こうを向いてはもらえないだろうか」


 悲壮な決意をした私のそんな懇願に、シスターはゆっくりと首を横に振る。


「私も神の啓示を受けし者。神の御意思を見届けることは私の責務でございます」


 顔を真っ赤にしたまま、細かく体を震えさせてはいるが、彼女の決然とした意志は感じられた。


 ……しかたあるまい。


 私は震える手で、下着をゆっくりと口元へと運んでいく。


 そして、恐る恐る、それを口に含んだ。


「……!」


 清らかな乙女が履いていたものだとはいえ、不浄な下着ゆえに、ある程度の匂いがするものだと思っていた。


 しかし、私の鼻腔をくすぐるのは、甘く、芳醇な花の香り。

 それは今まで嗅いだこともないような、まさに天上の芳香だった。


 そして、なにより、下着を口に含んだその瞬間、己の内から湯水のように力が溢れだしてくるのが感じられたのだ。


 私に似つかわしくない、そのあまりにも強大な内なる力に、私は恐れすら感じて身震いした。


「ああ……ああ……」


 私が己の内なる変化に戸惑っていた時、ふいに聞こえてきたシスターの吐息のような小さな震える声に、私ははっとした。


「……っ」


 目の前に立つシスターは、その美しい顔をバラ色に染め、浅く、深く吐息を漏らしながら、涙に濡れて輝く瞳を震わせていた。


 その瞳は、自分の下着を口に含んだ間抜けな男の姿をじっと見据えている。


 その熱い視線に射抜かれた私は、背中に稲妻が走ったかのような衝撃を受けた。


 聖なる乙女のその妖しい美しさに、ともすれば、己の自制心を総動員して抑え込まなければいけないほどの邪な衝動を覚え、私はそれに耐えねばならなかった。


「はぁっ……嗚呼!……」


 シスターは突然、体をビクリと震わせ、崩れるようにその場に座り込んだ。


「ああ、神よ……お許し下さい……!このような姿をさらす私をどうかお許しくださいませっ……」


 ビクリ、ビクリと体を震わせるシスターは、それでも私から視線を外さない。


「シ、シスター……」


 私の喉の奥から、絞り出すような声が出る。


 シスターは、紅潮した美しい顔にうっすらと汗をにじませ、荒く息を吐くその艶やかな桜色の唇に、薄い笑みを浮かべた。







 啓示を受けたシスター、フィーナの下着の効果は絶大であった。


 彼女の下着を口にしている時、私の力は何倍にも増幅されていた。

 片手で岩を砕き、一飛びで城壁を登り、馬車で丸一日かかる距離をほんの数時間で往復することができた。


 しかも、自分には縁遠いと思っていた、一握りの上級騎士しか使用できない神聖魔法まで使えるようになるのだ。


 色々と検証した結果、フィーナが一度でも身に着けた下着というだけでは効果がなく、実際に身に着けて最低半日は経ったものでないと効果を発揮しないようだった。


 しかも、放置すれば効果は自然になくなり、洗濯をしようものならすぐに力は失われた。

 しかし、その条件さえ満たせば、咥えたままでも丸一日は効果を持続することが確認されている。


 聖衣の力には驚かされるが、口に咥えたままでは満足に言葉を口にすることができないため、戦闘において騎士団の同輩たちとの連携に支障が出ることが懸念された。


 そこで、顔を覆うように下着を被り、舌先で舐めたり噛んだりすることで力を発揮できないか検証したところ、それでも大丈夫なことが分かった。


 ……羞恥で死にたくなるような痴態ではあるが。


 幸い、騎士の兜をかぶっている限り、この痴態を見られることはない。


 もちろん、この聖衣のことは秘密だ。

 不可思議なこの神の啓示は、私とフィーナのみが授かったものだ。

 余人には理解できるはずもないのだ。








 私は、この聖衣のおかげで、騎士団に比類なき強者として知られるようになっていった。


 いくつもの魔獣討伐や、周辺諸国とのいざこざなどで、私の力は遺憾なく発揮された。

 私の名声は高まる一方だった。


「ミハエル殿のお力、まさに鬼神の如し。陛下をお守りし、国を支えるは貴殿をおいて他にいませんな」


 私の名声におもねる者たちが増え、このような甘言を耳にすることも多くなった。


 ……私の力ではない。

 全ては神の恩寵によるものだ。


 そして、シスターフィーナの揺るぎない信仰と献身の賜物なのだ。




 私がフィーナから聖衣を受け取るのは、毎夜人々が寝静まった深夜になる。


 教会裏の物置小屋で、私たちは人知れず密会していた。


 ……誤解を招くような言い回しになったが、私たちは神に誓っていかがわしいことなどはしていない。

 フィーナは純潔を旨とするシスターであり、私は神を奉ずる聖騎士だ。


 私が理性を失ってフィーナの純潔を散らすようなことがあれば、神は我らをお見限りになるやもしれぬ。


「フィーナ殿。いつもすまぬな」


「いいえ。ミハエル様。これも神仕える者の務めと心得ておりますので」


 フィーナはそう言って、微笑みながら頷いた。


「では……」


 フィーナは、明かりもつかない薄暗い小屋の中で、両の手をスカートの下から差し入れ、ゆっくりと自らの腰のあたりまで持っていく。


 自然、スカートの両端がたくし上げられ、彼女の太ももが露わになってしまう。


 小屋に僅かに漏れ入る月光に照らされたその艶やかな肌は、名工が彫り上げし古の女神の彫像もかくやと思わせるほどに美しい。


 私は、息を飲み、思わず目を逸らそうとする。しかし。


「……ミハエル様、ちゃんと見届けて下さいませ」


 フィーナはそう言って、私が視線を逸らせることを許さない。


 これはフィーナの出した条件だった。


 偽りの聖衣をこちらに差し出さぬよう、私に見張れというのだ。


 フィーナがそのようなことをするはずはないのだが、彼女は頑として聞き入れなかった。


 如何なる信仰篤き者も、所詮は神ならぬ人の身。迷い、惑わぬ心などありはしないのだから、と。


 フィーナは、スルスルと両手を足元まで下すと、左足、右足とそれぞれの足を交互に上げて下着を抜いた。


 下着を手にしたフィーナは、姿勢を正すと、私の側におずおずと近づいてきた。


 そして、私の胸元に顔が触れようかという程に身を寄せたフィーナは、手にした下着を私の口元にまで近づける。


「お確かめ下さい……」


「あ、ああ」


 私はフィーナの手から直接彼女の下着を口に含む。


 得も言われぬ芳しい香りとともに、いつものように私の内から溢れるように力が湧き出してきた。


 私がちゃんと効果が出たことをフィーナに伝えようと、下着を口から抜くために手にかけた時、側に寄り添うフィーナが私の胸にそっと手を置いた。


 僅かに感じる彼女の身体の重みに、私の心臓の鼓動が跳ね上がる。


「……ふっ……ぁ……っ……!」


 フィーナがその小さな体をピクリと震わせ、吐息のような微かな声を上げる。


 彼女は潤んだ両の瞳を僅かに揺らしながら、下着を咥える私をじっと見上げていた。


 濡れた瞳が私の視線を絡めとり、離さない。僅かに開いた艶やかな唇が、艶めかしく暗闇の中に映えた。


 胸元に添えられたフィーナの小さな手が熱を帯びてくる。その蕩けるような熱さに、私の心中は嵐のように荒れ狂った。


「嗚呼……ミハエル様……。神よ……お許しを……お許しを……」


 そう繰り返しながら、頬に一筋の銀の雫を伝わせる儚げな乙女の姿に、私は思わずその華奢な体を掻き抱きたくなる。


「……」


 私は、その触れれば壊れてしまうかのような彼女の細い両肩にそっと手をかけると、彼女の体をゆっくりとこの身から離した。


「……ありがとうフィーナ殿。あなたの敬虔なる信仰心に感謝を」


 私は口から取った彼女の下着を強く握りしめながら、そう言ったのだった。









 神の加護を得た私の国の内外での活躍はとどまる事を知らず、その名声はいやが上にも高まっていった。


 やがて、恐れ多くも、陛下より子爵への叙爵という栄誉を賜り、騎士の中でも選りすぐりの実力を持つ、近衛騎士の一員に抜擢されたのだった。


 しかし、私は内心複雑な心境であった。


 神にご加護による力といえど、所詮は借り物の実力に過ぎない。

 実際の私の実力は、栄誉や名声にとても釣り合うものではないのだ。


 名声が高まるほど、栄誉を賜るほどに、私はその落差に悩み、苦しむことになった。


 そんなともすれば神の真意に迷い、折れそうになる私の心を、フィーナは支えてくれた。


 ――あなた様は強いお方。神の道に(くら)く、愛するものも守れぬ弱き者に、どうして神が加護などをお与えになるでしょう――


 私は、彼女の言葉と、神への感謝を胸に、迷い、惑いながらも国の為に懸命になって働き続けた。









 しかし、人の心は、迷い、惑わされるもの。


 嘘か誠か、陛下のご息女であられるティナ王女殿下が私を見初められたという噂が広がり、私の身辺がにわかに騒がしく、きな臭くなってきた。


 私の名声が高まるにつれ、嫉妬ややっかみの声が次第に大きくこの耳にも聞こえてくるようになる。


 私を快く思わない者たちには、私の弱みを握ろうと画策する者もいたようだ。


 ついに、私とフィーナの深夜の密会が露見してしまったのだ。


 私は、身分を弁えぬ軽率な行動と、聖職者を惑わせたことに対する弾劾を受け、異端審問官による取り調べを受けるために投獄されることになった。


 末席ながら、王国貴族に名を連ねる私が即刻投獄、というのはいかにもおかしなことで、私を快く思わない者たちの権力の程を窺い知ることができた。


 投獄の際の身体検査の時、身に携えていた聖衣を見とがめた獄舎の兵士の、軽蔑と賤しさに満ちた目が忘れられない。


 異端審問官による取り調べは、おぞましい拷問を含んだ苛烈なものだが、私はただ真実だけを語り続けた。


 神より賜りし御言葉を違えることなど、できはしないのだから。









 傷ついた身体を牢の中で力なく横たえていた私の元に、近衛騎士の同輩であった男が訪ねてきた。


 その男は、実力もさることながら、身分も貴族の中でも極めて高い、侯爵家の子息だった。


 男は私の姿を見ると、はっ、と鼻で笑った。そして、男が側に控えていた従者に指図すると、彼が私の足元に何かを投げ入れてきた。


「そなた、それが何よりも好物らしいな。おぞましい限りだ。しかし、元同輩のよしみだ。特別に差し入れてやる」


 私は胡乱気にその投げ入れられた物を眺める。それは一枚の白い女性ものの下着だった。


「なっ……!」


 私は体に走る肌が引きつる様な痛みも構わず、その下着の元に這い寄り、それを手にした。


「こ、これは……!」


「そなたが愛する女のものだ。脱がせて間もないものだが……どうだ?まだ温もりが残っているか?」


「き、貴様……!まさか……!」


「あ?何を勘違いしている。私があのような下賤な魔女に手を付けるわけがあるまい。あの女は、異端審問によって魔女認定されたゆえ、今日にも火あぶりにされる。せめてもの形見と思い、持ってきてやったのだ。感謝するがいい」


「ま、魔女……だと……?」


「処刑はもう間もなくとのこと。なに、嘆くことはない。そなたもじき、地獄であの女と会いまみえることになろうよ」


 はははははと、高笑いをしながら、男は牢から立ち去っていった。


「ま、魔女……。処刑……?」


 あの敬虔な神の信徒であるフィーナが魔女であろうはずがない。そんな彼女を処刑するだと?


 聖職者に、浅ましい劣情を抱く私のような凡夫はいかなる罰も受けよう。


 だが毎夜、羞恥に体を震わせながらも務めを果たす、あの清らかな乙女がなぜ処刑されねばならぬ。


「ああ……神よ……」


 私は、冷たい牢の床に膝をつき、フィーナの下着を握りしめながら天を仰いだ。


「神よ……この愚かな僕をお許し下さい……それでも、私は行かねばならぬのです……」


 私はゆっくりと立ち上がると、鉄格子に近づき、聖衣を口に含む。


 そして、太い鉄格子に手をかけた。


「ふんっ!」


 私が力を込めると、硬い鉄格子はこともなく左右にひしゃげた。

 私はひしゃげた鉄格子をくぐり、牢を出る。


 もはや後には引けぬ。


 神にどのような罰を受けようとも、私はあの者の元に行かねばならぬのだ。









 私の脱走の報は、瞬く間に知れ渡ったらしく、おびただしい数の兵士が私の前に立ちはだかった。


 私は聖衣を顔に被り、怯むことなく兵士の群れに向かってズンズン歩んでいく。


「へ、変態だーーーーーーー!!」


「気を付けよ!変態とはいえ、相手はあのミハエル・ワードナーだ!」


「か、掛かれぇ!」


 兵士たちが一斉に私に殺到してくる。


「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 私は気合の雄たけびを上げ、ひしめく兵たちへと突貫した。


 次々に振り下ろされる剣を避け、いなし、時には素手で鋼の刀身を掴む。掴んだ剣に少し力を込めると、難なく真っ二つに折れた。


「ひっ」


 私は、怯む兵のみぞおちに蹴りを入れて無力化する。


 突然突き出された槍に対して、体を半回転させて避けると、柄を握ってそのまま槍ごと兵を横薙ぎに振るい、周囲の兵を一掃した。


「つ、強い!」


「変態なのになんという強さ!」


 ……ひどい言われようだが、なんと言われても構わない。


 私は、愛する者のため、神より賜りしこの聖衣をもって信ずる道を往けることを誇りとする!


 武器は使わぬ。


 殺生もせぬ。


 この力は神に賜りしもの。わが祖国の兵士たちに振るわれるべきものではないのだ。


「押し通るぞ!勇敢なる我が祖国の兵たちよ!」


 私は無手のまま、日の光を受けて白銀に輝く刃の群れへと身を躍らせた。










「ハァハァ……」


 押し寄せる兵たちを払いのけ、私はフィーナが火刑に処されるという広場へとなんとかたどり着いた。


 円形の広場には、火あぶりにされる憐れなシスター、もしくは憎き魔女を見物しようと多くの群衆が詰めかけていた。


 広場の中央には木組みされた火刑台がしつらえてあり、積み上げられた大量の薪から伸びた一本の太い柱に、フィーナが縛り付けられていた。


「フィーナ……!」


 私が傷だらけの体を押して彼女の元に駆けつけようした時、処刑台に立つ司教が、手にした羊皮紙に書かれた弾劾の言葉を朗々と読み上げ始めた。


『修道女フィーナ・ドゥバン!上の者、神に仕える身でありながら、国家の要職にある者を、甘言をもって籠絡し――』


 弾劾の言葉が続く中、私の聖衣を身に着けた姿を見とがめた兵士が、得物を構えて誰何してくる。


「き、貴様!何者か!止まれ!」


「……」


 私は、何も言わず、その兵士を殴り飛ばす。


『――悪魔に魅入られしその魂より語られる言葉は全て佞言にして、聞く者の清き魂を汚す――』


 フィーナが悪魔に魅入られているだと?ふざけるな。彼女ほど神を愛し、神に愛された者を私は知らぬ。


「何をするか貴様!」


 変事に気が付いた兵士たちが次々と私の元に殺到してきた。


 私は彼らの剣をかわし、折り、砕きながらも歩む足を止めない。


『神への道を志すもの、すべからく清貧を旨とするべきところを、この者、甘言をもって弄したる者に奢侈を強要し――』


 フィーナは、私に金品はおろか、パン一つ求めたことはない。それどころか、彼女は私に正しき道を示し続けてくれた。私が与えられてばかりだったのだ!


「きゃああああああ!」


 私と兵たちとのいざこざを見た群衆が騒然とし始めた。


 私は、兵士をなぎ倒しながら、火刑台へと真っ直ぐに歩んでいく。


『その淫蕩なる行為は……』


 司教が騒ぎに気が付き、弾劾状を読み上げる声を止めた。火刑台の周囲にいた聖職者や役人がこちらの様子を見てうろたえ始め、右往左往し始める。


 その時。


「ひ、火だ!早く火をつけてしまえ!」


 そんな声がして、複数の火がつけられた松明が、火刑台の薪に投げ入れられた。瞬く間に大きな炎が火刑台の下に燃え広がった。


「フィーーーーーナーーーーーー!!!!」


 私は、周りの兵士たちを強引に押しのけ駆け出すと、火刑台に向かって高く飛び上がった。


 自分自身でも驚くほどの速さで、火刑台に縛られたフィーナの元へと辿り着く。


 黒い煙が周囲に立ち込める中、私はフィーナを縛り付けてある縄を引きちぎり、口のさるぐつわを解いてやる。


「……ミハエル様……」


 やつれた姿のフィーナがかすれた声で私の名を呼ぶ。その瞳が瞬く間に涙で一杯になった。


「すまぬ……遅くなった」


「なりません……このような事……」


「よいのだ。全ては私の咎。私が全ての罪を贖おう」


 私はフィーナの体を横抱きに抱えると、火刑台から大きく飛び上がった。


 宙を舞う間、首にしがみつくフィーナの軽さに驚くと同時に、その身の温かさに心が満たされた。


 後悔はない。これが神の道に外れた愚行であろうとも。


 心が満たされると同時に、別の衝動も頭をもたげてくる。


 ……まったく私は救いがたい愚か者だ。


 広場近くの家屋の屋根に降り立った私は、胸の中のフィーナに声をかける。


「……あなたに口づけたい気分だ。聖衣があるため叶わぬが……罪深い私を許してもらいたい」


 私のそんな神をも恐れぬ戯言を聞いたフィーナは、おもむろに私の聖衣を持ち上げ、私に口づけをしてきた。


「……!」


 フィーナは、唇を離すと、頬を朱に染め、頭を私の胸に預ける。


「……この気持ちが罪ならば、私は甘んじて罰を受けましょう。私を地獄へでもどこへでも、連れ去って下さいまし」


 ……神よ。許したまえ。罪深き私たちを。


 私は、愛しきフィーナの小さな体を、もう一度強く抱きしめた。









 ――よくやった――


 そんな神の御言葉が、私とフィーナの夢の中に下されたのは私たちが国を捨ててすぐのことだった。


 そして、神が私とフィーナに聖衣をお与えになった真の理由も、その後すぐに知れる。


 世界に混乱と破壊をもたらす、邪悪なる悪魔の王が降臨したのだ。


 今、私とフィーナは、世界を巡りながら、その悪魔の王を滅ぼすべく旅をしている。


 私たちは、神からの賜った聖衣の力を失わないためにも、清い関係のままだ。


 ……口づけは許されたようなので、事あるごとに……ゲフンゲフン。


 とにかく、私たちは、世界を救わねばならぬ。神からの多大なる恩に報いるためにも。


 ――じれったいね?ユーたち、もうヤッちゃいなYO――


 そんな、私のような凡夫には理解しきれない御言葉がまれに下されるが、神の御意思は分っているつもりだ。


 一刻も早く、悪魔の王を()らねば。


「ミハエル様。神の御言葉はお聞きになりましたか?」


「ああ。神の御意に沿うべく、頑張れねばな。一刻も早く悪魔の王を屠らねば」


「……」


「どうした?」


「いえ」


 そう言ってフィーナはクスリと微笑む。


「フィーナはいつまでもあなた様と共に」


 ――私の聖女はいつだって私の道しるべ。


 迷い、惑い続ける私の心だが、彼女と共にあれば、恐れるものは何もないのだ。


最後はなんだか、なんとか仮面のようになってしまいました……。

すいません。

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