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広島復興記   作者: 鈴宮 とも子
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現金封鎖


  現金封鎖


 ともあれ、政策は発令された。その骨子は、


 一 二月十七日で預貯金を封鎖する。

 二 封鎖預金の払い出しを制限し、世帯主月三百円、家族一人につき月百円。

 三 流通中の通貨は新円と交換し、新円による給料支払いも月五百円までとする。


 というもので、この結果、三人家族のサラリーマンは、いくら預金があっても月給を含めて月千円、預金がなければ五百円での生活を強いられる、という厳しいものであった。

 わかりやすく砕けて言うなら、銀行の収入より支出のほうが多くなり、現金の手持ちがなくなってきたのと、過度のインフレに対して庶民に物資を投入することをせず、安易に現金を出せなくした、ということである。

自分のお金なのに、自分の自由にならないのだ。驚くことはない。これは過去にも起こったことである。江戸時代には、いくつかの藩が商人から借りた金を踏み倒した。江戸幕府が倒れた一因は、財政難もあったからで、明治政府はこれを解決するために新しいお金(円)を発行しなければならなくなった。

 歴史は繰り返すものである。

 GHQにも言い分はあるだろう。物資を投入しようにも、流通させる業界が、まだ存在していなかったし、当時軍関係の衣料品、ゴムなどの残存物資の買い付けをねらって民間資金が流れ込んできていた。要するに、闇で売るために庶民が軍の残存物資に群がったのだ。

 広島はもともと消費県で、為替による資金の流れは、毎年他府県への流出のほうが多かったが、二十年は三千九百万、二十一年は八億七千万円もの入金超となっていたのである。異常なほどのお金の流入は、当然その価値を失わせる。インフレ防止策として貯蓄増強が進められたが、そういう事情は進士は知らなかった(知りようがなかった、と言うべきであろう)。知っていても、どうすることも出来なかったはずである。頼りになるべき部下たちは、みな原子爆弾でやられたか、あるいは病気か怪我をしている。橋本は、一番若かった。職場での仕事もまだ緒についたばかりである。しかしこの若さで課長なのであるから、才能はあった。経験が足りないだけである。肝腎のところが欠けていると、うまく業務は回らないものだ。

 進士は、荒れてしまう若者の気持ちが、わかるような気がした。そして、自分も元気があったら、荒れているかもしれないと思っていた。

 仮に月千円もらえたとしても、モノを買うどころの騒ぎではない。事情のすべてを橋本から聞かされたとき、自分の無力さと病気への悔しさのあまり、進士は血が出るまで唇を噛みしめてしまった。

 もう、国のため、銀行のために働くのはやめにしよう。

 そんな気持ちさえ、芽生えてきた。

 どうせ俺は死ぬ身なんだ。このまま死んでGHQに祟ってやろうじゃないか。

 捨て鉢な気持ちにさえなった。

 眼をあげると、先ほど心をよぎった若手の部下、橋本と初子が、所在なげにお互いをチラチラ見合っている。初子は、いきなりのことで、現実がどうなったのか、まだ把握できていないようであるし、橋本は初子の疑わしそうなまなざしを見て、キョトンとしたまま、え、なに、どうしたんだ、と眼で訴えている。

「それで? 現金封鎖でインフレはおさまるのか?」

 できるだけ、事務的な口調になろうと試みた。惰性で言っているのは見え見えだったので、初子はよけいに疑念をかき立てられている様子だ。あなたは身体がたいへんなのよ。仕事なんてどうでもいいじゃない、と怒鳴りつけたいという表情をしている。進士は、もはやどうでもいい、という気持ちが抑えがたいものになっていた。

「だいじょうぶでしょう。国民に納得してくれって、国のほうからもお願いが来てるし」

 橋本は、例によってピラピラと手を振った。そして、政府からお互いに国のために耐えましょうというメッセージがあったという話をしてくれた。

こういうときに、国からお願いがあるといわれても、納得するものだろうか? 長い軍による圧力に慣れっこになっている国民が、この現金封鎖にも耐えるのだろうか?

 その無言の問いかけに、橋本は思わず顔を伏せてしまった。 

「早くインフレが、終息すればいいけどな」

 ふつふつと、皮肉めいた感情が沸いてきて、先ほどの虚無感とごちゃ混ぜになった。

「ともかく、病人や子どもに行き渡る物資があって、お金がちゃんとあれば、俺はもう言うことはないね」

 このひとは、無気力になっている。

 初子は、いきなり頭の中で警鐘がガンガン鳴るのを感じた。

 なんとか、気力を取り戻してもらわないと、病魔に負けてしまう!

 どんよりとしたその目つき。

 死人になりかけている、いや、もう棺桶に片足を突っ込んでいる。

 その目を見ている内に、初子はあることを思い出した。

 遠い記憶の中に眠っていた、進士の言葉を。

 

―――広島に、市民球団を作ろう。

 ―――あら、またご冗談をおっしゃっているのですね。どなたがそんなことをおっしゃったの?

 ―――桐原と、佐藤議員だ。

 

「あなた、それなら、佐藤議員に会って来なさいよ」

 ふっと、言葉が漏れていった。進士は、眉根をこんもり盛り上げた。

「佐藤議員? 誰だそりゃ」

「佐藤議員よ。このあいだ、わたしに話してくださったでしょう」

「なにを」

「ほら、忘れちゃった? ……野球よ」

 進士は、いぶかしげになった。話が突然すぎて、ついていけなくなっているのである。

「野球? それがなんだ」

「いま、広島は荒れてるわ。若者は自暴自棄になってるし、仕事をする気にもなってない。一部の企業では、資金があれば若者を雇って働かせてやるってところもあるのよ。あなたも知っての通り、G銀行ではそれを手助けしようとしている。資金面での援助や、経営の助言をしたり、さまざまなフォローをしているわ。でも、肝腎の若者は、やさぐれちゃってる。それを健全なスポーツで昇華させるの。若者に、市民に、夢を持たせてあげるのよ。広島には昔から、野球の強豪チームがあったじゃないの。おカネだけが人生なんて、虚しいと思わないこと?」

「……そうかな?」

 そう言いつつも、進士はふと目を凝らした。

 何か、新しい生きがいを見つけたような、そんな眸。

 そう、その目よ。その目の奥に輝く炎。それをわたしは待っているの。

 初子は、必死で言葉を紡いだ。

「―――市民球団を作ろうっていう桐原さんの案があるってあなたは前におっしゃったわ。佐藤さんはその案に、好意的なんでしょう? 市民に希望を持たせるために。そのためには、情報とおカネがなくっちゃいけませんよね。佐藤さんなら、その二つを持っているんじゃありませんの?」

「広島での佐藤の力は、想像以上に強いぞ。そもそも、広島の市民を力づけるために、市民球団を作ろうという提案をしたのは、彼なんだ」

「そうなんですか!」

 思わず、身を乗り出す初子。

「ぼくは反対です」

 橋本は、ボソボソ言った。

「この状況下で市民球団なんて、非常識じゃないっすかねえ」

 橋本は、責めるようなまなざしだ。なんでいま、副頭取にこの話を思い出させるんだろう、夫の身体が心配じゃないのかという目つきだ。

 初子はひたっと橋本を見返した。夫婦の機微なんて、こんな子どもにわかるわけがない。進士から仕事を取ったら、何も残らないというほど仕事熱心な男なのだ。もちろん夫の身体は気になるが、このまま死んだようになるより、「生きて」いてほしいと思うのは、妻として当然ではないか。

 進士は初子の強い眸を見詰めている。自分のことを知り尽くしている妻。自分も病気を持っているのに、最近ではまるで人が変わったようだ。女というのは、危機になると底力を発揮するのだろう。

 負けては居られない。

「戦争に負けたからって、気持ちまで負けたわけじゃない。強いチームを作って日本一になるというのが、佐藤の夢だ」

「そりゃまた……」

 笑っていいのか、共感していいのか、微妙な表情を浮かべる橋本。

「さっき初子も言ったように、桐原説人はこの計画の発起人だ。広島は古くから、強豪チームに恵まれていた。だから、市民球団を作るという計画それ自体は、筋が通ってる」

「そうですわね」

 かすかにうなずく妻初子。進士は、軽く咳をしてから、思いを巡らしていく。

「桐原に感化されて、佐藤もやるかもしれない。もちろん、佐藤ひとりで議会を動かせるわけはない。いまはともかく、目の前にあるインフレをなんとかせねばな。そして、予算をつけてもらって、本格始動させるまでには、最低五年はかかるかもしれん」

「気の長い話ですね。未来の話より、わたしは現在いまで手いっぱいですよ」

 五年、というスパンで物事を見られるこの進士の視線の強さに、初子はいまだ衰えない若さと才能を見て取った。

 そして、自分にこんな重要な話を聞かせてくれる進士の、度量の大きさにも驚かされてしまっていた。

国家百年の計とは言うものの、GHQの支配は相変わらず続いていた。いつか解放されるという希望はある。ただ、それがいつかはわからなかった。解放されるまで、言論の自由などは約束されていないのだ。

 のちに平和大通りと言われる百メートル道路も、GHQの総司令官、マッカーサー通りなどと呼ばれている。左翼的表現や思想は発表を控えさせられているし、原爆の話を載せた出版社はつぶされてしまった。第一、原爆の話は『売れない』のが定説だった。出版社は商品を売るのが仕事であるから、つぶされたり売れなかったりする商品は、売りたくないのが本音である。だから、市民球団を作る話も、それが原爆の悲惨さに触れない限り、その存在を認められていたのだった。

 市民の怒りのはけ口を野球に求める。

 これは、GHQとしても、歓迎すべきことだろう、というのが佐藤の意見であった。

 しかし、上層部にはウケがよくても、現場では現実的ではなかった。

 当時、銀行はそこまで体力はなかった。まずは食べること・作ることから始めなければならないのに、現金封鎖で産業は冷え切っていた。進士が苦しんでいた二十一年秋頃から、再び日本銀行券は増発され、物価の上昇テンポもそれまで以上に速まっていったのである。

インフレが進むとともに、銀行の貸し出しはウナギ上りとなり、金融界全般が債務過多になっていった。亡き関谷の勤めていたG銀行も例外ではなく、「貸付金は回収額の範囲内に置いて取り扱う、自給自足でまかなって欲しい」といった通達を各支店に回すほど、融資に応じる資金に困窮していたのである。

 この中で、G銀行の果たした役割は、広島にとって大きなものになった。地元銀行として、企業の復興・育成のための資金や民生安定に必要な資金については、できうるかぎり要望に応じてきたのである。関谷が情に厚い性格だったように、その部下も情に厚かったためだろう。それにしても原爆直後の九月末は十五億七千四百万円の預金に対し、貸し出しの割合は一八・八%に過ぎなかったのに、わずか三年後の九月末には、五十億六千百万円の預金に対し貸し出しの割合は四七・三%。さらに二十四年九月末には六九・三%、二十五年九月には七九・八%にも達している。

 日を追うごとに増えていく貸し出し金だが、地元企業だけでなく、全国企業の四つ葉工業広島造船所などの大企業にもそれは向けられていた。当時四つ葉工業広島造船所は、船を作る工事の発注がなくてナベとかカマなどを作っていた。

「二ヶ月分の給料が、未払いだった」

 と、当時を振り返ってG銀行の副頭取、長岡義昭は言う。

「そのため、造船所長の丹後さんが、うちの銀行に五百万の借り入れを要請してきました」

 もちろん、満足な担保はない。しかし長岡は、

「丹後の人柄を担保に融資に応じた」、という。

 のちに四つ葉工業広島造船所から四つ葉工業の社長になる丹後であるが、その当時はそんなことを知るよしもないから、周囲はこの英断をあざけった。

 ひとり進士だけは、

「関谷が聞いたら、きっと喜んだろうな」

 と目を輝かせて、初子の話を聞いていた。

 権力に裏切られても、人を信じる気持ちは忘れていない。

    


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