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新しい仕事と生活。4

「……リル。お話があります」


 リルとまともに話ができるのは、朝か夜のグルーミングの時か、一緒に食べる夕食の時間。

 だけど夜までなんて待っていられない。

 待っていたら今日も1日優雅にお茶を飲みながら読書やお散歩になってしまうもの。

 結果、選択肢は朝のグルーミングの時間一択。


 わたしは銀狼の姿でクッションの上に寝そべるリルに話しかける。


「何かご不便でもありましたか?」

「いいえ」


 不便なんてとんでもない!

 むしろ恵まれ過ぎなんです!


「わたしはリルのお世話係として雇われたはずですよね?」


 わたしがそう言うと、リルはノッソリと顔を上げた。

 銀色の奥に藍の潜んだ不思議な色味の瞳がわたしを映すのにドキリとする。

 リルの瞳の色が子供の頃と違っているのは、実は獣人においては珍しいことでもないらしい。


 成長するにつれて瞳の色が濃くなったり薄くなったりというのは獣人には普通によくあることなのだ。


「私にそんな改まった言葉遣いは必要ないと言ったはずですが?」


 人の姿の時と同じ低くて落ち着いた声。

 だけどほんのわずか、非難するような声音と語尾。

 じっと見つめられていると、落ち着かなくなるし、呑まれそうになる。

 

 駄目!ここで引いちゃっ!


 わたしはぎゅっとお腹に力を入れて、リルの瞳を見つめ返した。


「そういうわけにはいかないです。リルは主人で、わたしは雇われている身なんですから」


 気負って告げたけれど、考えてもみればすでにこのセリフを口にするのは3回目だ。

 3回目ということは、前の2回ではその当たり前な主張は通らなかったということ。


「その主人が言っているのに?」


 ぐっ、と詰まってしまいそうになる。

 それは確かに。

 でもケジメってものがあるはずよ。


「雇われている身としてのケジメがありますから。やっぱり気安くはできません。それにリルだって……」


 リルだっていつも言葉遣いは丁寧で固い。

 

「これは単なるクセだと言ったはずですが」

「だとしても主人が丁寧に話してるのにわたしだけ砕けた話し方なんてできません!それと話をすり替えないでください!」


 毎度毎度、リルはわたしが待遇について話をしようとすると、こうして違う方向に誘導しようとする。


 話し方がどうとか、ミラさんとは上手くやれそうかとか、食事は合わなくないかとか。


 それでもしつこく続けようとすると。


--きたっ!


 ゆるゆると誘うように動く尻尾から、わたしは目を逸らした。


 見ない。気にしない。ふにふにしない!

 リルの傍らに下ろしたわたしの太腿や腰にさわさわと触れては離れる柔らかい感触。

 

「リディ?」


 優しくわたしの名を呼ぶ声に、頬が火照る。


 わたしは思わず両手で耳を覆った。

 ぎゅっと目を瞑って身をひねる。

 ふわふわした感触が届かない場所まで膝をずらして、誘惑を振り払うように首を振った。


「おかしいと思うんです!!」


 ああ、どうしてたったこれだけのセリフにこんなにも多大な気力が必要なんだか。

  

「わたしは雇われの身であってお客ではないのに、あんなちゃんとした部屋で侍女までいてドレスに靴にアクセサリーまでっ!食事だって他の使用人とは違いますよね?昼だって毎日のんびりして」


 しかもお仕事なはずのグルーミングタイムはわたしにとっては完全にただのご褒美だし!


「わたしはちゃんと仕事をしてその対価としてお給金をもらいたいの!貧乏だからって同情とか昔馴染みだからって恵んでもらいたいわけじゃない」  


 涙が出そうになった。

 自分で言ってまったくその通りだと思って。


 リルは出稼ぎまでしてお金を稼ごうというわたしに仕事という言い訳を用意して恵んでやろうとしているのだ。


 情けなくて、悲しい。

 

「お願いします。ちゃんと仕事を下さい。待遇も普通にして下さい」


 わたしは目を瞑ったまま深く頭を下げた。

 どんな顔で、どんな目でわたしを見ているのか、それを知るのは怖いと思ってしまったから。

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