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第一章 旅立ちは突然に。12

「……ひぁっ!--え?」


 いつも間に寄ってきたのか、わたしの背後にはぴったりひっつくようにして一人の女性がいた。


 黒いまっすぐな髪。

 スラリと高い背をわたしに合わせて軽く屈んで。

 何故かわたしの首筋をクンクンと鼻を鳴らして嗅いでいる。


 屈んでわたしの首筋に顔をうずめているから、顔は見えない。

 わたしに見えるのは艶やかな黒髪の頭頂部と、その左右でピクピクと震える髪と同じ色のピンと尖った猫の耳。  


 わ、あ……!


 わたしは内心で歓喜の声を上げた。

 可愛い!


 猫耳、本物よね?

 ピクピクしてるもの。

 内側がピンクで黒と少し茶の混じった細い毛がピクピクするたびにふるふる揺れる。


 そうっと女性の肩ごしに視線を下に落とせば、女性の臀部--お尻からはしなやかな黒い尻尾が上機嫌に左右に揺れていた。



「ん~、いい匂い♪」


 ペロリとざらついた舌に肌を舐められて、わたしは「ひひゃっ!」と妙な悲鳴を上げてしまった。

 思わず首筋を手で隠すようにして後ずさりする。

 けれどすぐ後ろはカウンターだ。

 結果、腰をしたたかに打ってうずくまった。


「あ、えと、ごめんね?だいじょぶ?」


 あんまり大丈夫じゃありません。

 腰は痛いし、びっくりし過ぎて顔は真っ赤だし。

 首筋は変なぞくぞく感があるし。


「あの、ホントごめんね?お姉さんスッゴいいい匂いがしたから、つい」


 てへっ、みたいに笑って手を差し伸べてくれるのはわたしと同じくらいか、1つ2つ年下くらいの女性だった。

 金茶の瞳には悪戯っぽい明るさが揺らめいていて、健康的な日に焼けた頬にうっすら赤みが差している。

 軽く笑みに開いた唇から、白い歯と短く尖った八重歯が覗いていた。


 反省しているのか、少し落ち込んでいるのか、頭の左右で震えていた猫耳はぺったりと伏せられている。


「……いい、匂い?」

「うんっ!いい匂い!鼻が曲がる香水とかの匂いじゃなくて、自然な優しい匂い」

「たぶん、昨日使った石けんの匂いかしら」


 わたしは首を傾げて思い当たる匂いを探る。

 そのくらいしか覚えはないけど。

 確かにいい匂いのする石けんではあるけれど。

 わたしがいつも使っているのは自家製の植物油と蜂蜜で作ったもの。

 何種類かのハーブも使っているから、ほんのりと柔らかい匂いがする。


 でも使ったのは夕べですでに半日以上経過している。

 未だに匂いが残っているものだろうか。


「うん。たぶんそれじゃないかな?甘い蜂蜜の匂いも混じってるから」


 すごいのね。

 嗅覚が良いのは犬のイメージだけど、猫も人よりは感覚が鋭いということかしら。


 わたしは女性に手を引いてもらい立ち上がりながら、そんな風に思いを巡らせる。


 それにしても獣人とは。

 どうりで女将さんが難しい客、というはずだ。


 女性のように獣の耳や尻尾を持つ人間を獣人という。

 フランシスカよりもずっと西にある地域に多い種族で、子供の頃は獣の姿で成長して、ある程度成長すると獣の人、どちらの姿も持つようになる。



 わたしの頭の中に、銀色のキラキラしたモフモフが思い出される。

 子供の頃に一月だけ、一緒に過ごした小さな狼。

 矢傷を受け、怪我をしているのを弟たちとハイキングに出掛けていたわたしが見つけてしばらく保護したのだ。


 大きな森の麓にある川辺だったから、間違って狩人に射られたのかも知れないと聞いた。

 獣人の子供は獣と見分けがつくように耳に目立つように大きな飾りをつける。その子の耳にも豪奢な金にいくつもの宝石が埋め込まれた飾りがつけられていた。

 その飾りから、獣人でも身分のある家の子供であるかも知れないと、お父様が親を探すと、すぐに見つかったという。

 それである程度怪我が治るまではうちにいて、一月ほどで動けるようになるとすぐ家族に引き取られていった。


『リル』とわたしは呼んでいたけれど、まだ子供だったわたしがうまく呼べなかったからでたしかもっと長くて違う名前だったと思う。



 あの時、わたしは子供で何も知らなかったから、間違って射らたという説明になんの疑問も覚えなかった。けれど今なら違う。 


 人間の中には獣人を獣でもない人でもないどっちつかずの半端者、とか気性が荒くて危険な化け物とか言って嫌ったり差別する人がいる。

 そんな中で、人間をよく思えるはずもなく、獣人もまた人間をよく思わない人は多い。


 フランシスカには獣人の数が少なくて、比較的西の獣人たちの国とも良好な関係を築いているけれど。


「団体のお客さんって獣人の方たちなんですね」


 それならわたしや他の人間の客を泊められないのも無理はない。部屋が埋まっているというけれど、きっと開いていても泊められないだろう。


「あー、まあね。そういうことなんだよ」


 肩をすくめた女将さんに女性が「ん?何?お姉さんここに泊まりたかったのにうちらのせいで断られちゃった?」とわたしを覗きこんだ。


 ああ、やめて。

 そんなに近寄られたら猫耳をモフリたくなっちゃうから。

 獣耳の触り心地の良さを知っているからこそ、誘惑にそわそわしてしまう。


「じゃ、うちと相部屋にしようよ!うち、一人部屋だからさ。隊長に頼んであげる!」


--えっ?


 と思う間もなく、女性はしなやかな動きで音も立てずに離れていく。

 わたしはその背を唖然と見送りながら、気づかないはずだわ。とその動きに妙な感心を覚えてしまった。

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