6
夕暮れ時。
辺りも暗くなり始めた頃、ディストとエイミーはやってきた。
何やら先程とは顔つきが違った二人を見て、ギンは微笑する。
「どうやら、作戦会議は終わったらしいな」
剣を担ぎながら、ギンはふてぶてしく言った。
「待たせましたわね」
「いいや、それ程待っちゃいないさ。ただ、残り時間がもう三十分くらいしかねぇぞ?」
「ハッ、三十分もあれば十分だよ」
相変わらず挑発的な物言い。しかし、何故だろうか。先程のただ見栄を張った、がむしゃらなものではなく、今のディストからは確実な勝利をもぎ取る自信があるように思えた。そのことに対し、ギンは不信感を覚えた。
何かある。それは間違えようもない。
しかし、だからどうしたというのだ。
この短い時間に、どんな作戦を立てたのかは知らない。彼らが何を話し合ったのか、その答えを知るわけがない。
しかし、どんな作戦、どんな話合いをしようと、彼らは今日初めて会った烏合の衆。今まで規律・統率と言ったものに反抗し、破ってきた者達が、上手く息のあった動きをすることなどできない。そもそもにして、連携などといったものは、常日頃からの努力や積み重ねがあって初めて完成し、実践に活かせる。中には他人に一発で合わせることができる天才もいるが、今までの戦いの中でこの三人の中に、そんな素質を持った者は一人としていない。
故に、断言できる。
彼らがどんなことをしてこようが、ギンはそれを跳ね除けることができると。
「なら、とっとと再開しますか。俺もちょっと疲れたんでな。さっさと帰ってベットで寝たいんだ」
「ああ、そうさせてやるよ、ただし……」
「病院のベットで、ですけれどね!!」
瞬間、二人は同時に動く。
颯爽と、風のように動く二人に対して、ギンは一歩も動かない。剣すらも肩に担いだままだった。その姿はまるで、余裕を体で表しているような感じである。
そして、ギンの右側にはディストが、左側にはエイミーが立つ。
それは、どこかで見たような光景。それもそのはず、その陣形は彼らが最初にギンに襲いかかってきた時のものだった。
だが、明らかに違うのはギンの対応。
あの時は、焦って剣を抜いていたが、今は焦りなど一つもなかった。
振り下ろされるディストの剣。鋭い刃を一点に詰めてくるエイミーの槍。その二つの攻撃がギンに再び襲いかかる。
ガギィィィイイインッ!
甲高く、尚且つ鋭い金属音が鳴り響く。
しかしそれはギンに一撃を入れた音ではなく、ディストとエイミー、二人の刃が重なった音であった。
では、当のギンはどこにいるかというと。
「同じ攻撃が、二度も通用するかよ」
悠々自適に二人の刃の上に足を置き、立っていた。
剣と槍、その刃の上に足を置き、尚且つ立っているという事に驚く二人。だが、その驚きはすぐに消え彼らは次の行動へと移る。
バッと互いの刃を離し、ギンの足場を失わせる。だが、その程度でギンはどうにかならない。二人が刃を離すその瞬間に空中へと飛び、そして地面へと悠々着地する。
刹那。
ギンに向かって、エイミーの槍が襲う。正確に言えば、左斜め上から。
「おっと」
言いながらも、ギンはひょいっと体を捻り、槍の一撃をかわす。
エイミーの攻撃は続いた。
上下左右、あらゆる所から槍の刃で襲う。
しかし、その中の何一つ、ギンに攻撃を加えることはできない。それどころか、剣でまともに受け止めてすらいないのだ。
これでは先程と同じ事の繰り返しだ、とギンが考えていた矢先。
「どけぇ!! 高飛車女!!」
声が聞こえたと同時に、エイミーが空中へと跳躍する。そして、エイミーの後ろからディストが剣を真っ直ぐ前に突き出してきた。
流石にこれは避けられないと思ったのだろう。ギンは担いでいた剣の側面で、ディストの一撃を受け止める。
確実に止めたと確信するギン。
だが、彼らの攻撃はまだ終わってはいない。
「はぁっ!!」
気合を入れるような声がしたのは頭上から。
見ると、エイミーが槍をしたに向けて、そのまま落下してきていた。
(な、に……!?)
意外、予想外、範疇の外。
エイミーの行動、攻撃は全く予測できないものだった。
ギンは苦い顔をしながら、ディストの剣を弾き、地面を蹴り後ろへと下がる。と同時にエイミーの一撃が、ギンがいた場所にドンッ!! という音を響かせながら突き刺さる。
二人から距離を取りながら、ギンは剣を構える。
(今のは……連携攻撃?)
疑問形になるのは当たり前だ。
彼らは今日会ったばかり。前から知り合いというわけでも、ましてや連携を取れるだけの素質を持っているわけでもない。
その証拠に。
「ったく、危ないですわね、野蛮人!!」
「だから、邪魔だっつっただろうが、高飛車女。っつか、オマエもさっき同じ事しただろうが。お返しだよ、お返し」
「何ですって!!」
「何だよ!!」
いがみ合う二人。あんな事をしている奴らが、果たして連携など取れるだろうか?
やはり、ただの偶然だったのか。
「お嬢様は、家に帰ってろってんだ!!」
言って、跳んで、ディストはギンとの距離を詰める。剣は振り上げられており、上から攻撃が来るのはすぐに分かる。ギンは、体を右に半回転させてそれを避けようとするが。
「アナタに言われる筋合いはありませんわ!!」
シュッ、とその後、正確に言うならディストの右脇腹のすぐ横から槍が出てきた。
(なっ!?)
驚くギン。ディストが邪魔になって、エイミーの行動が見えていなかった。いや、そもそもにして彼女が彼の後から攻撃してくるという発想自体がなかったのだ。
ギンは、半回転させた体を無理やり捻り、その攻撃をギリギリで避ける。そして、地面に手を付き、後転しながら地面に足をつける。
(連携攻撃……いや、違う、そんなものじゃない、こいつらは……)
ディストとエイミーの刃が、再びギンに襲いかかる。
(こいつらはただ、自分達の攻撃をやっているだけだ!!)
ギンはディストの剣を、エイミーの槍を避け、受け、流していく。
だが、そこには先ほどのような余裕はない。
自分の攻撃を自分勝手にやる。そこに連携なんてものはない。ただの個人プレーだ。他人からしてみれば、いい迷惑であり、合わせることなど無理である。しかも、互いに個人プレーをやるのであれば、それを合わすなどとは不可能に近い。
普通ならば。
「はぁ!!」
「ていっ!!」
真正面からの二人の攻撃をギンは受け止める。
二人分の攻撃、しかも手練である彼らの攻撃は、かなり重いものだった。右手しかないギンにとっては、少々キツイものである。
自らの柄に力を入れ、ギンは二人の武器を跳ね返す。後ろへ仰け反る二人。しかし、体勢を立て直し、再びギンに向かってくる。
彼らは仲間の攻撃を敵の攻撃だと認識している。互いにそれを避けるということで連携のような形になっているのだ。攻撃の時も同じだ。仲間を敵だと思いながら、攻撃する。そうすることで躊躇や迷いをなくし、攻撃の威力を半減させないようにする。結果、彼らの攻撃は鋭く、そして迷いないものになる。
協力も何もない。しかし、今の彼らにとっては連携という全く慣れないことをするよりは、最善の策と言えよう。
(連携が取れてないってことは……逆を言えば、一人一人の攻撃をしてるってことだ。一人を抑えた所で、もう一人を抑えられるってわけじゃない)
連携は二人の呼吸が合わなければできない。故に一人のテンポを崩せば、もう一人も崩れることはよくあること。それが、連携プレーの欠点でもある。
だが、その欠点が彼らにはない。
(それに何より、連携してる時よりも先が読めない……)
連携を取るという行為は、複数の人間が攻撃を行う時には当然の行動だ。だが、卓越した指揮官や策士には、その連携を先読みされ、そして崩される事は戦場ではよくあることだ。そんな指揮官や策士が最も嫌いな事。それは、予測不可能な事態、イレギュラーな存在、つまりはアクシデントだ。
それはつまり、今目の前で起こっているような事態を言う。
「全く……本当にやってくれるな、オイ!!」
ギンは剣を振るい、二人の攻撃を弾き、返し、跳ね飛ばす。
最初の時よりも格段に速く、鋭く、的確になった彼らの攻撃は予想以上に手ごわい。
しかし、そんな彼らの攻撃がピタリと止んだ。かと思ったら、突然と同時に後ろへと飛んだ。
「……?」
どうしたのか、一体何が起こったのか。その答えを知るにはそれ程時間は掛からなかった。
次の瞬間、彼らの頭上、肩、脇のギリギリを通って、数本の矢が飛んできた。
これは、間違いなくアルミスの矢だ。正確且つ的確な狙い。二人が影になったことにより、矢が飛んでくることを認識するのが遅れてしまった。
これは偶然ではない。
ギンは、彼らの作戦にハマってしまったのだ。
「っ、舐めるな!!」
言いながら、ギンはアルミスの矢を叩き落とす。
がしかし、その後ろから次なる矢がギンの頭部の一メートル手前まで来ていた。
(っ!? 矢の死角にもう一つ矢を忍ばせてやがったのか……!?)
その高等的な技術に驚き、仰天などしている暇はない。
ギンは即座に首を傾げた状態に曲げた。矢はギンの頬をかすり、そのまま後ろへとまっすぐ直進する。その瞬間、ギンにはこの世がスローモーションしているように思えた。
危なかった。今のは本当に危険だった。あと少し遅れていれば、確実に致命傷を負わされていた。
などと、考えている暇はなかった。
ぶちっ、という何やら嫌な音。それは、ギンにとっては死刑宣告であった。
ふと上を見ると、そこには紐に吊るされている巨大な岩が。
「しま――――」
その瞬間。
巨大な岩は、勢いを落とさず、重力によって加速しながら、ギンに向かって落ちていった。
ドォオン!! という非常且つ冷酷な音が森に響き渡った。
*
「やったか……?」
自信なさげに呟いたのはディスト。
「どうやら……そのようですわね」
巨大な岩の落下を確認し、成功したのを確信するのはエイミー。
彼らはじっとその場で立ち尽くしていた。
あの強敵を倒した。その事に対して、達成感を感じていたためである。
そんな二人に近づく小さな人影が。
アルミスだった。
「成功……?」
不安げな一言を言うアルミスに、ディストは微笑する。
「みたいだ。あの銀髪野郎に一泡吹かせてやったぜ」
「一泡どころか、本当に死んでしまったのでは……?」
「まさか。あの程度で死ぬくらいなら、俺がここまで追い込まれるかっての」
「……その自信は一体どこから出てくるのかしらね」
「全く」
呆れるエイミーに無表情のままで同意するアルミス。だが、当の本人であるディストは全く気にしていない。
「しかし……こんな初歩的な仕掛けに引っかかるとは予想外ですわ」
「その前にいろいろと気を逸らしたからな。ま、小一時間もかけて作ったかいはあったってことだ」
「それよりも、アルミスさんの的確な矢が罠を作動させる縄を射た事がすごいですわ。あの状況でよく当てれましたわね」
「あれくらいなら余裕。絶対に外さない」
アルミスは、珍しく自信ありげに言った。
「……さて、そろそろ岩をどけてやるか。でなきゃ、マジで死んじまうかもしれないからな」
「それもそうですわね」
「同感」
三人は勝利を確信していた。それは揺ぎようもないことだと思っていた。
だが、それは間違いだった。
スパッ!!
三人がどけようとした岩は、真っ二つに割れてしまった。いや、正確に言うならば、斬られてしまった。
その光景を見た三人は驚くと共に、疑問を抱く。
何故? 誰が? どうやって?
そんな、答えが分かっている疑問を。
「いや~……やられたやられた。完全にやられた。もうこれ以上なく隙を、油断を、不覚を突かれた。あんだけ偉そうな事言っておいてこのザマかよ。全くもってどうしようもないな、俺って奴は」
割れた岩の間を一人の男が歩いてくる。
間違いない。ギン・ボルガーだ。
ギンは、剣を地面へと突き刺し、髪留めを取りながら、宣言する。
「そういうわけで……ちょっとばかし本気出すぞ」
後半、声のトーンが明らかに落ちた。それと同時に、ギンからゾッと背筋が震えるものを感じた。
殺気である。
「《部分鎧着・左腕》」
瞬間、ギンの髪留めが光を放つ。光はギンの左腕があったであろう場所を包み込み、そしてその後数秒もしない間に光は消える。
光が消えた後、そこにあったのは、一つの腕。深緑色の金属製。見るからにして頑丈そうであり、しっかりとした五本指の先には、鋭く尖った爪が見受けられる。
「まさか……あれは……」
「《ドラグーン》ですの!?」
「嘘……」
三人は、呟きながら驚きを表す。
ナイトメアの騎士団団長には、それぞれ特別な鎧が存在する。
聖騎士の鎧。
白騎士の鎧。
黒騎士の鎧。
竜騎士の鎧。
その一つ一つが特殊な力を備えており、装着者に強力な能力を授ける。その力は、絶大で無双と言われており、数千の敵をもなぎ払うと言われている。
「お察しの通り、これは《ドラグーン》の左腕部分だ。お前さん達も知っての通り、こいつはちょっと特殊でな。左腕がない俺でもこの通り、動かす事ができる」
鎧の左手部分で地面に刺さった剣を抜き、三人に見せつける。
「この状態は《ドラグーン》本来の姿じゃない。ほんの一部分だ。これじゃあ威力は本来の力の半分。いや、それ以下だが……それでも、お前さん達をなぎ払うには丁度良い」
その瞬間、三人共同じ事を考えていた。
何かが来る、と。
同時に三人は、どっと何かに押し付けられるものを感じた。
それはなんとも表現しきれないが、ただ一つ言えることは、目の前にいる男がやろうとしていることはかなり危険だということ。
しかし時すでに遅し。
「これはほんのお礼だ、クソガキ共」
ギンは剣を大きく両手で振り上げる。と同時に、轟!! と音を立てて風の流れが渦を巻く。
一同の顔色が変わった。今更気づいたところでもうどうにもならない。すでにギンの剣には風が纏って待機しており、まるで巨大な剣のような形と化す。
砂利が、木々が、森そのものが、悲鳴を上げる。
直径十メートルに及ぶ巨大な破壊の権化。
そして、ギンはその名を告げる。
「絶空!!」
瞬間、建物すら簡単に吹き飛ばすほどの破壊力を持つ強靭な風となって、ギンの斬撃は容易く一同の体を吹き飛ばす。
そして、三人の意識は一瞬にして暗闇へと誘われた。