5
草木を分けながら、ディストは前へと進む。それに続くように、後ろにはエイミーが続いていた。
彼らの行く先は、同じである。
進路を邪魔する草木がなくなると、彼らの目には一人の少女が写った。
「……こんな所にいたのか」
苛立ちを含ませたディストの言葉に、アルミスは一言。
「遅い」
短く、しかし挑発的な意味があるのが一発で分かるものだった。
「悪かっですわね……まさか、こんな所にいるとは思ってもみませんでしたので」
皮肉を込めたエイミーに、ディストも続く。
「それに、こっちは戦う気満々だってのに、こんなモン突然とこんなのを見せられちゃな」
紙をヒラヒラさせるディスト。その紙には文字が書かれてあった。
内容は、『このままでは負ける。一旦集合すべし』というものだった。それ以外は何も書かれていなかった。
「こいつは一体全体、どういう意味だ?」
「そのままの意味。このままでは私たちは負ける」
「ハッ! 何を言い出すかと思えば、あんな奴にこの俺が負けるわけが……」
「あなたはあの人よりも弱い。現実を見て」
言われて、ディストは怖い顔になる。
「……おい、いい加減にしろよ、無口女。それ以上言えば、いくら心が広いオレでも黙っちゃいられねぇぞ」
「虚勢を張るのはやめて。事実、あなたの攻撃はあの人に一切通用していない。このままだと私達は何もできないまま、このテストに落とされる」
「……、」
ディストは何も言い返さない。同じ様に、エイミーもまたアルミスの話に口を出さず、ただ聞いている。
二人ももうわかっているのだ。今の自分たちではギンを倒す事は無理であり、不可能だということが。
「あの人はやると言えばやる人間。もしかすれば落とされずに済むなんてことは絶対にない」
「何でそんなこと分かんだよ」
「目を見れば分かる。あれは本気の目だった」
断言するアルミス。それは、ディストもエイミーも理解している。
自分達を騎士団から追放すると言った時のギンの目は真剣だった。そこに一切の遠慮も躊躇もない。感じられたのは、本気で自分達を潰すということだけだ。
「……だったら、どうだっていうんだよ」
「手を貸して欲しい」
言われて、ディストはキョトンとした顔になる。同様にアルミスの言葉に首を傾げるエイミーは、彼女に対して質問する。
「どういう意味ですの?」
「そのままの意味。今の私では、あの人に認めさせる力を持っていない。どれだけ矢を放ったとしても、恐らくは全て弾き落とされるか、避けられるかの二択。それでは意味がない」
「だから、俺達と手を組もうってか?」
「そういうこと。一人一人が単独で敵わなくても、三人が力を合わせれば勝算の確率は上がる」
「ハッ! 冗談じゃない」
アルミスの提案をディストは一蹴する。
「……どうして?」
「どうして? どうしてだと? それはこっちの台詞だ。何でオマエらみたいな奴らと手を組む必要があんだよ。オマエらと組むほど、俺は落ちぶれちゃいねぇ。それに、オマエだって分かってるだろ。オレ達がここにいる意味を」
「……、」
「オレ達ははぐれ者だ。他の連中と肩を並べず、協力することができなかった。だから、今、ここにいる。そんな奴らが今知り合った連中と手を組んだとしても、ロクな連携は取れねぇよ」
ディストの言っていることは尤もだった。
彼らは命令違反、軍規違反を重ねて行った問題児達。個人個人の実力はあれど、それでも他の者と上手くいかなかったためにこの場にいるのだ。つまりは、連携や協力と言った事が苦手な者達と言い換えられる。そんな連中が手を組んだ所で、互いに互いの能力を殺し合うだけだ。しかも、彼らはさっき会ったばかりで、互いの事もロクに知らない。そんな者に、自分の背中を預けろと言われても、はいそうですかとすぐに納得する者はいないだろう。
アルミスもそのことは理解している。そして、ディストの言いたい事も分かるつもりだ。いきなり知らない相手と手を組めと言われれば、誰だってそういう反応をする。
しかし、だ。
「それでも、やるしかない」
そう言って、アルミスは頭を下げた。
突然の彼女の行動に、二人は仰天する。
「お、おい、オマエ……」
「お願い。私はこんな所で止まってる場合じゃない。騎士をやめるわけにはいかない。私にはやらなければいけないことがある。そのためにも、ここで諦めるわけにはいかない」
言いながらも、彼女は頭を下げたままだった。
アルミスがやらなければならないこと。それはディストには分からない。しかし、人に頭を下げるということは、それだけ彼女が真剣且つ本気だという証である。
ディストは戸惑っていた。
彼は、今まで散々人に迷惑をかけてきた。そのため、人に怒られること、叱られることにはなれていた。しかし、人に頭を下げられてまで頼みごとをされた事はあまりに少なかった。そのため、どういった言葉を、反応をすればいいのかが分からない。
ディストは自分がロクな人間でないことは理解している。こんな性格だから、他人と協調することができない。また、他人が何を考えているのかが分からない。
だが、そんなディストでも、頭を下げて頼み事をする目の前の少女を蔑ろにすることが正しいことではないというのは分かっていた。
「……分かったよ。オマエの提案に乗ってやる」
その言葉が出たと同時に、アルミスは頭を上げ、ディストの顔をまじまじと見た。
「本当……?」
「ああ。高飛車女、オマエはどうする?」
「それ、絶対わざとですわよね……。まぁ、いいですわ。この状況下で、このままの状態がよくないのは確か。手を組むのは最善の策だと思いますの」
「つまり、答えはイエスということだな」
確認を取り、全員が賛成という結果になる。
「……それで? オマエの作戦とやらは?」
「作戦という程のものじゃない。けど、これをすれば勝率は大幅に上がる」
そうして、アルミスは話し出す。
自分達が勝つための手段とやらを。