3
三日後の昼すぎ。
ギンは一人、修練場へと足を運ばせていた。
修練場。その名の通り、そこは騎士が訓練や修練を積み重ねる場所である。ただし、修練場は何も一つだけではないのだ。
ギンがいるのは、森の中の修練場。森林の中での戦闘をするために用意された場所だ。この森は騎士団所有のモノであるため、もちろん魔物は存在しない。
「……遅刻だ」
イライラが募った表情で呟く。もちろん、ギンが遅刻しているわけではない。
ギンはこの修練場で騎士団三大問題児とやらを待っていた。彼らがいつ来ても大丈夫なように、ギンは三時間以上も前からずっと待っていた。万が一の場合ではあるが、もしかすれば自分の部下になる者達かもしれないのだ。ならば、自分が遅刻しては格好も何もない。そう思ってきたわけだが……。
「全くの無駄骨だったな……」
わざわざ昼食も抜きにしてここにいるというのに、一体全体どういう了見だ。
などと考えていると。
ぐぅーー……。
何とも間の抜けた音がギンの腹から聞こえてきた。
「腹減った……」
腹を抑えながら、ギンは渋々呟く。『条件』の事があるので、朝飯はあまり取らなかったのだが、もう少しぐらい、せめてあとパン一つだけでも食べてくるべきだったかと後悔していいた。
(それにしても、初日早々遅れるとは……やっぱり、報告書通りの問題児というわけ―――)
刹那。
不意にギンの後ろから、彼目掛けて矢が飛んできた。
「ッ!?」
突然の攻撃に驚くギン。矢は真っ直ぐに、そして的確に彼の頭を狙っていた。しかし、ギンは咄嗟に剣を抜きながらその刃で何とか矢を叩き切り、その場に落とす。
そして、矢が飛んできた草陰の方に目をやる。
「……いきなり飛び道具とは、やってくれ―――」
るな、と言いたかったのだろう。だが、それは無理となった。
何せ、唐突に現れた二つの影に左右から襲われたのだから。
「なっ!?」
驚嘆の声を上げるギン。当然だ。一瞬にして、左右を取られてしまったのだ。驚くのも無理はない話である。
右からは剣の刃が、左からは槍の先端が彼の体を狙っていた。どちらも迷いがなく、且つ冷酷なほど鋭いものだ。
このままでは、剣の刃に切り裂かれ、槍の先端に貫かれてしまう。
普通ならば。
「こんっの!?」
声を出し、気合を入れながら、ギンは体を捻じ曲げた。そして、一瞬で腰に収めてあった自らの剣を抜剣。右から来る剣戟を自分の剣で受け止めた。
それと同じ要領で、左から襲ってくる槍の先端を左足を使って、刃の側面を踏んづける。そして、そのまま地面へと叩きつけた。
ガリガリガリ、と剣と剣の競り合いの音がギンの耳に入ってくる。ジリジリジリ、と踏みつけている槍が地面を削っている音も聞こえてきた。
右と左、どちらも敵に襲われている状況の中、ギンは質問を投げかけた。
「……ようよう、お前さん達。いきなり攻撃とは、ちょっと荒いんじゃあないか?」
ギンの言葉に、しかし誰も返してこない。
反応のない左右の二人に対し、ギンはため息を吐く。
「ったく……お前さん達には口がないのか? それとも、知らない人とはおしゃべりをするなってお母さんにでも教わったのか?」
「べらべらとよく喋る口だな、おっさん」
ようやくしゃべりだしたのは、右側にいた剣を持つ少年。
美しい短い金髪の中に、一本だけ跳ねているアホ毛。キツイ目つきが特徴的である。
「ようやく喋ったか。だが、一つ忠告させて貰うと、俺はおっさんじゃない。まだ二十六だ、ガキ」
「そういう事を気にする時点で、アンタはおっさんだよ、おっさん」
おっさん、という言葉を強調する少年。それに対し、なんだとコラァ!! と怒鳴りたかったが、しかしてここでまたそんな事を言った所で少年の思う壺だ。ここは、何も言い返さないのは得策というものだろう。
「……すみませんが、そろそろその汚い足をどけてくださいませんの?」
おいおい、今度はどこの誰だ? と思いながら、ギンは左に顔を向ける。
そこにいたのは、一人の少女。
毛先がくせっ毛となっている長い茶髪。それをツインテール状に纏め上げている。槍を持つその姿は勇ましいとも思えるが、どこか気品のあるようにも見える。要約すると、見た目は良いのだ。
けれども。
「あら? 聞こえませんでしたの? まさか、耳までお悪いとは、お可哀想な方ですこと」
口の悪さで全てがおじゃんである。
「そのお可哀想な奴に自分の槍を踏まれているお前さんは、どういう方なんだろうな」
「あらら、反論する口くらいは持っていましたの? でしたら、さっさとどけてくださいません? でないと、わたくしの槍が汚れてしまいます」
ギンの左足に伝わってくる振動。それは、彼女が力づくで足を槍からどけようとしているためだ。それができないのは、彼女の力を上回る力でギンが槍を踏んづけているためである。
正直な話、彼女の言葉に従うつもりはなかった。足をのけたその瞬間に、襲いかかってくるのは目に見えていたからだ。
さて、と呟きながらもギンは草陰の方にもう一度目をやる。
「そろそろ、そっちの奴も出てきたらどうだ。そこにいるのは分かってんだよ。それとも、恥ずかしくて出てこれないってか?」
挑発的な一言。
その言葉のせいかは分からないが、しばらくすると草陰から人が出てくる。
これまた少女であった。
小さな少女だ。身長は百五十センチもないだろう。セミロングの黒髪に、半分しか開けられていない黒目。そして、纏っている服装は黒一色。手には先程急襲してきたと思われる弓矢がある。その格好はどこかクールだった。
ツインテールの少女とはまた違った顔付き。童顔、とでも言うべきか。これもこれで結構良いと思うが……別にそれはギンが小さい女性が好き、つまりはロリコンだからではない。ただ単に、一般的な見解を述べたまでだ。
「……、」
無言。
他の二人と違って何も言わない少女であるが、目はどこか彼を馬鹿にしているように思える。それがまた、ギンにとっては苛立たしいものだった。
黒髪少女は何も言わずに、ただだまって弓矢を構えている。いつでも射れると言わんばかりに。しかし、ギンにはそんなモノ、脅しでもなんでもなかった。
「これで全員揃ったってわけか。いやはや、初対面がこんな形になって、俺はとても残念且つ哀しく思えているんだが……って、そろそろお前さん達、その物騒な物しまってくれないか?」
「そっちが剣を引いたらな」
「そちらが足をどけるのなら」
「……、」
どうやら三人の意見は一致していた。
まずは、お前がしまえ、と。
やれやれと思いながらギンは剣をしまい、ツインテールの少女の槍から足をどけ、最後には敵意がない事を示すためか、両手を上げて降参のポーズを取った。
「これでいいか?」
「「「……、」」」
ギンの行動、言葉に対し三人は各々の武器を降ろし、納め、片付ける。それに対し、ふぅ、と安息の息を吐くギン。彼らの顔が渋々だったというのが、少々気になるが……まぁ、それはいいとしよう。
ギンは腕を組み、ん~と唸りながら、こんな一言を言う。
「まぁ、アレだ。お前さん達の第一印象を一言で表すとするなら……『最悪』だ」
それは、当然の感想だったと思う。
*
「え~……この度、お前さん達の上司になるかもしれないと言われている、竜騎士団団長、ギン・ボルガーだ。歳は二十六。一応独身。好きな物は肉類。趣味は……これといってない。以上」
何とも適当且つ、不真面目な自己紹介に、ギンの前に並んでいる三人はムッとした表情でつっ立っていた。
しかし、そんな彼らの事など気にせず、ギンは続ける。
「ってなわけで、俺の自己紹介は終わりとする。何か質問は?」
「その女物の髪留めは、アンタの趣味か?」
一番最初の質問は、金髪の少年だった。のっけからその質問か、と思うギン。しかしまぁ、確かに気になるのは仕方ないのだろう。
「これは、俺の趣味ではない。いろいろと理由はあるが……まぁ、それをお前さん達に話す義理はないな」
三人が不満そうな顔付きになったのは見なくても理解できたが、そんなことは気にしない。
「さて、次はお前さん達の番だ。それじゃあ……そこの金髪から」
「おい、金髪ってオレのことか?」
「お前さん以外、ここに金髪はいないだろう?」
そうかよ、と言いながら金髪少年は一歩前に出る。そして、頭をかき、面倒臭そうな顔をしながら、自己紹介を初めていく。
「名前はディスト・ジャッジ。元聖騎士団所属。歳は十六。好きな物はないが、好きな事は暴れる事。趣味は、強そうな奴を見かけるとそいつと戦う事だ。といっても、オレより強い奴なんていないけどな」
シニカルな笑みを浮かべるディスト。おいおい、なんつーナルシスト的な自己紹介だよ、と心の中でツッコミを入れるギン。自分よりも強い奴なんていない? おごっているにも程がある。
しかし、それ故に納得することがあった。先程の剣の一撃。こちらの手にずっしり伝わってくるほど、彼の剣は強かった。実力はあるということだろう。だからと言って、彼のナルシー発言が肯定されるわけではないが。
その証拠に、隣にいたツインテール少女が嫌そうな顔をしていた。
「なんともまぁ野蛮的な挨拶ですこと。そして、過大評価も甚だしい所ですわ」
「フン、言ってくれるじゃねぇか……そういうオマエはどこの誰なんだ?」
ディストの言葉に、ツインテール少女は髪を靡かせながら自らの名前を言う。
「わたくしの名は、エイミー・ベルモット。ベルモット家第三息女にして、元白騎士団所属の騎士ですわ。歳は十七。好きな物は、高級食材をふんだんに使った高級料理店『ラ・ペンツェ』のフルコース。趣味は、ピアノ、刺繍、音楽鑑賞、お茶会など、いくつもありますわ」
自信満々に答えるエイミーには悪いが、その自己紹介はどうかと思うギン。それは、自分が生粋のお嬢様だと言っているようなものだ。騎士として、今の趣味はいかがなものかと……。それに、好きな者が高級料理店のフルコースって……。
何とも独特なお嬢さんだ。
「……で、さっきから一人弓の手入れをせっせとやっているそこの貴方はどこのどなたですの?」
そう質問されたのは、残された黒髪少女。
エイミーの言う通り、黒髪少女は二人が自己紹介している間、ずっと一人黙々と弓矢の手入れをしているのだ。何かおかしいと思う部分でもあるのだろうか。
エイミーに振られ、少女は一時その手を止めた。
「……アルミス・ショアロー……」
ボソリ、と呟いたその言葉は、確かに三人の耳に入った。
そして、その一言を呟いた後は、また弓を手にし、その調整を行っていく。
……それだけかよ。
そう思ったのはギンだけではないはずだ。しかし、そんな彼らの事など知ったことかと言わんばかりな態度をアルミスは貫いていた。ギンも他人に興味がない人間はそれなりに見てきたが、ここまで他人と関わろうとしない人間を見るのは初めてである。
「どいつもこいつも個性的な事で……。まぁ、無個性じゃないってのはいい事なのかもしれないな。つっても、それでお前さん達が竜騎士団に入れるってわけじゃあないが……」
「おい、騎士団長様よ」
「上司に向かっていきなりのセリフだな、オイ」
「オレ達が竜騎士団に入れるってわけじゃないってのは、どういう意味だ?」
ギンの言葉を完全にスルーしながら、ディストは問を投げかける。
全く、上司に対しての礼儀という物を知らないようだ、とギンは勝手に思いながらも、ディストの質問に答えることにした。
「そのままの意味だ。お前さん達には、テストを受けてもらう」
「テスト?」
首を傾げながら、エイミーは復唱した。
「そう、テストだ。それに合格しなかった者は……この竜騎士団に入団することはできない」
「何ですって!?」
エイミーの大声。それと同時に、ディストの顔もまた不機嫌なものになる。
「おいおい、そりゃあ何の冗談だ?」
「冗談でこんなことを言うと思うか?」
質問に質問で返すギン。それによって、ディストの表情はさらにムッとなる。だが、そんなものなど気にしないと言わんばかりな口調で、ギンは話を続ける。
「お前さん達は、騎士団の中でも特に目につく問題児共だ。そんな奴らを上に言われてはいそうですかってな具合で簡単に部下にする程、俺は甘くもないし、優しくもない。元々、竜騎士団は、この二年間俺一人でやってきた。それで十分なんだよ。俺一人いれば、竜騎士団は成立する。わざわざ問題だらけのお前さん達を入団させる必要なんてものは、一切存在しない」
「よくもまぁ、そんな事が言えますわね」
ギンに話に、エイミーが介入してくる。
「たった一人で十分? 笑わせないでください。貴方一人の力など、たかが知れてます。先程の身のこなしを見てはっきりと分かりました。ええ、確かにそれなりの実力はもっているのでしょうけど、わたくし程ではありませんわ。背後から急襲され、左右も取られる。そんな程度のお人にそのような事を言われても、全くもって説得力がありませんわ」
「確かに、その高飛車女の言うとおりだ」
「なっ、だ、誰が高飛車ですか!!」
ディストの言葉に、エイミーは顔を真っ赤にしながら抗議する。それ程、『高飛車』と呼ばれたのが嫌だったのだろう。
だが、ディストはそんな彼女を見ず、ギンを真っ直ぐ見ていた。
「あんな程度でよくまぁ、それだけの大口が叩けるもんだな。ってか、アンタが竜騎士団の団長をやってること事態が、オレには不可解で仕方がないんだが」
「俺じゃあ、力不足ってか?」
「何だ、分かってんじゃねぇか。アンタが竜騎士団の団長になれたのは他でもない、二年前のあの事件の生き残りだから。それだけだ。それ以上の理由なんてものは存在しねぇ。そもそも、竜騎士団って組織そのものが、騎士団の中でどんな扱いをされているかわかってるのかよ。存在自体が必要とされていない、最弱騎士団。そんな組織、存続させる意味があるかどうかすらも――――」
疑問だな。
そうディストは続ける予定だったのだが。
ズドンッ!! と大きな轟音と共に、地面が揺れた。
何事かと思った三人は、それがギンが剣を地面に突き刺した、ということに気が付くまでそう時間はかからなかった。
ただ、状況を信じることには時間が少々かかった。
たった一撃、それも片手で地面に剣を突き刺すという行為だけで、ここまで大きな揺れを起こすとは、一体全体どうなっているのか。全くもって理解不能だった。一撃でこんなことをしでかすような人間は、もはや人間ではないと言っても過言ではないかもしれない。
「言いたい事はそれだけか? クズ共」
クズ共、と言われ表情が険しくなる三人であったが、しかしどうしてだろうか。今、彼らは何も言い返す事ができない。
まるで、何かに上から押されているかのような感覚に陥っていたのだ。
「何度も言わせるなよ。俺は別に、竜騎士団の構成員の数が少ないからお前さん達に入ってもらいたいってお願いしてるわけじゃねぇんだよ。入らせてやってもいいっつってんだ。普通はそっちが頭下げてお願いする立場なのが、まだ分からねぇのか?」
反論しない三人。今の発言に対して言いたい事は山のようにある。しかし、それをしない……いや、できないのは、先程から感じているものが原因だった。
気迫、覇気、オーラ……いろいろな呼び方はあるものの、三人は間違いなく『ソレ』に押しつぶされそうになっており、そのため何も言えない状況になっているのだ。
「竜騎士団に入りたくないのなら、それでいい。その時はテスト不合格になるだけだ。そうなれば、お前さん達は騎士団を永久追放されることになる」
「永久追放……だと?」
「これから先、どんな功績を残そうが、どれだけ頑張ろうが、お前さん達は二度と騎士になることはできない。その資格を永久的に剥奪する」
なっ!? と驚く三人。これには、先程まで無表情で黙ったままだったアルミスも驚きの顔を隠せなかった。
エイミーは、即座にギンに抗議する。
「そんな事、できるはずあるませんわ!! 貴方にそんな権限、あるはずがありませんもの!!」
「確かにお前さん達の言う通りだ。竜騎士団は前に比べて色んな力が激減した。だからと言って、なくなったわけじゃあない。お前さん達三人を永久追放する権限くらいは持ってんだよ」
それは事実だった。
騎士団の団長には、それくらいの権限はある。そして、竜騎士団に派遣された彼らが元の騎士団に帰る事はなく、彼らをどうするかは完全にギンの思うがままということになる。
「それによ。お前さん達、そんな文句が言える立場なわけ? 今まで散々色々問題起こしてんだ、これくらいの処置、妥当だと思うがな」
「「「……、」」」
「だが、こっちから一方的に騎士をやめろっていうのはフェアな話じゃあない。お前さん達にもチャンスはある」
「……それが、テストってわけか?」
「そういうことだ。だが……お前さん達に嘘をついても何だし、本当の事を言おう」
「本当の事?」
エイミーの疑問に、ギンは「ああ」と返答する。
「俺は他の騎士団長にお前さん達を試す上で、ある条件を出した。もし、お前さん達が俺のテストに合格できなかった場合は、金輪際、竜騎士団には人材を入れない且つ今以上の補助金を援助することってな」
「そんなこと……!?」
「アンタ次第で事が決めれるじゃねぇか」
「……、」
もし仮にギンが三人の実力に関係なく、不合格と認められたのなら、その条件通りになってしまう。
彼らの言葉に、しかしてギンは不敵に笑ってみせた。
「それが出来たら苦労はしない。残念な事に、俺はそういう卑怯な手が大嫌いなんでな。だから、あくまで公平公正に判断する。俺が言いたいのは、お前さん達のために、テストを緩める気は一切ないってことだ」
口では言うもののそんな事信じられないというのが、普通の反応だろう。だが、そんな条件を他の騎士団長が認めたという事は、それだけ彼は実績もあり、信用されているという証なのだろう。
自分を睨む三人に対し、ギンは未だに不敵に笑っていた。
「テストの内容は簡単だ。日が落ちるまでに俺にお前さん達を認めさせることだ。できなければ、お前さん達は騎士団から追放。さっきも言ったとおり、この国で二度と騎士になることはできなくなる」
「認めさせる、というと……」
「つまりは、実力を見せろってことだろ?」
「……簡単」
各々は呟きながら、それぞれの武器を手にとった。
「おうおう、やる気は十分のようだな。ま、そっちの方がこっちにとってもありがたい。言うまでもないことだが、全力で来いよ? 後で文句言われても一切受け付けないから、そのつもりで」
「なぁ、一つ質問してもいいか?」
「ん? 言ってみろ」
「このテスト中にアンタを殺しちまったら、オレ達はどうなるんだ?」
不意のその一言に、ギンは驚いた。まさか、その質問が飛んでくるとは思っていなかったからだ。
しかし、驚愕の顔付きは一瞬だけだった。
次の瞬間、ギンは天に轟く程の声で笑い上げた。
「アハハハハハッ!? まさか、そんな質問がでるとはな。予想外だった……。けどまぁ、いいだろう。それくらいの意気込みでなけりゃあ、話にならないからな。質問の答えだが……そうだな。お前さん達の誰かが俺を殺せたのなら、そいつを竜騎士団の団長にしてやろう」
言うと、ギンは懐から一枚の白紙とポケットからペンを取り出した。そして、ペンを使いながらスラスラと白紙に何かを書き込んでいく。
そして、一分も満たない間に、それは完成した。
「これでいいだろう?」
言いながらギンは三人に紙を見せる。
不審がりながらも三人はその紙に書かれてあった内容を目に通す。
「『私、竜騎士団団長ギル・ボルガーを殺した者には、竜騎士団団長の座を明け渡す事をここに誓う』……これって」
「まぁ、遺書、みたいなモンだな。つっても、そんなものが現実になることは有り得ないが」
ギンは紙を折りたたみ、自分の内ポケットにしまい込む。
「これでお前さん達にもフェアな条件が出たはずだ。さて……そろそろ始めるとするか」
ギンは彼らに背を向けながらゆっくりと歩いていた。
この時、今がチャンスだと三人は思っただろう。
彼はいつから始めるとは言っていない。つまりは、すでに始まっていると言い張る事もできる。そもそもにして相手に背を向けるという行為事態が悪いのだ。故に、ここでギンに攻撃をしかけても何の問題にはならない。
しかし。
「ああ、そうそう、自己紹介の時に言い忘れてた事がある」
言って、ギンは大きな樹木の隣に立ち止まる。樹木の大きさは十メートル程。太さも二メートル以上はあるだろう。
そんな樹木に向かって、ギンは何気なしに剣を向ける。何をするつもりだ? と三人は同じ疑問を同時に思い浮かべた。
だがその疑問は次の瞬間、答えが見つかる。
一閃。
それはまさに一閃と呼ぶべき事だった。秒速、瞬速……それ以上に速い速度で樹木を真横に切り裂いたのだ。
斬られた樹木はその後、すぐにギギギッという不気味な音を立てながら斜めに倒れていく。そして、その数秒後にドンッ!! という衝撃音と共に地面へとダイブした。
その光景に呆気に取られる三人に対し、ギンは言い放つ。
「俺の嫌いなものはな、自分が最強と思い込んでる俺様野郎と、他人は格下だと思い込んでる高飛車女と、自分以外は無能だと思い込んでる無口な奴だ」
宣戦布告。
急襲のお返しと言わんばかりな表情なギンに対し、三人はより一層気を引き締めた。
もはや、スタートの合図など無用。
彼らの戦いは、今、ここから始まった。
今日はここまでにします。