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竜騎士団の問題児共  作者: 新嶋紀陽
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 竜騎士団・執務室。

 執務室、とは言っても全く整理されていない。そこら中に書類の山があり、ちょっとでも触れば崩れてしまいそうな雰囲気である。

 そんな書類の山に囲まれながら、ギンは円卓会議で渡された書類を読んでいた。

 そして、一通り読み終えると、書類を机の上に放り投げ、ふぅとため息を吐いた。


「手に負えない、か。なるほど、聖騎士団団長様が言っていた意味が何となく分かる気がする」


 書類には、派遣されてくる人員の名前と詳細が書かれてある。問題は、その内容だ。

 一言で言うなら問題児ばかりである。

 命令無視、規則違反、上司への反発、仲間との喧騒、その他もろもろと……騎士団の中でこれだけ問題を起こしている人間はそうそういないだろう。と言うより、これだけのことをしておいて、未だに騎士団から追い出されていないという事実がギンには信じられなかった。

 問題なのは、それだけでない。

 彼らの年齢である。全員年齢は十六歳。入団してから全員、まだ一年も経っていないのだ。それなのに、これだけの数の問題を起こしているのは逆に凄い事だと思う。が、それ以前に、彼らが未だに幼いという点も問題にするべきだろう。

 騎士団に入団できるのは、十五歳から。そういう規約になってはいるものの、本当に十五歳やそこらで入団してくる者は少ない。

 何が言いたいのかというと、彼らは子どもなのだ。

 考えが足りなく、間違った判断を下す。そのせいで命を落とすケースは戦場において多々あることだ。ましてや、それが子どもだという事も多い。

 例えどれだけ実力があろうと、例えどれだけ技術があろうと、経験のない子ども達を、戦場へと赴く騎士団に入れておくのはどうかと思う。


「どうしたものかな……」


 などと呟きながら腕を組み、考え込むギン。

 その時だった。


「やっほー!! 遊びに来たわよー!!」


 ドーンッ!! と破壊音のような音を立てながら誰かが入ってきた。

 そのせいで何とかバランスを保っていた書類のやまがゆらゆらと揺れ始めた。慌てて何とかそれを支えようとするが、無数にある書類の山を全て支えるのは不可能だ。

 結局、最期には全て残らず崩壊した。


「のわわわっ!?」


 崩壊した書類が一斉にギンに襲いかかる。しかし彼には、ドバァァァ! と降り注ぐ書類の山をどうにかすることはできず、そのまま書類の下敷きになった。

 ヒラヒラと書類が宙を舞う中、訪問者は一言。


「あらら、大丈夫ー?」


 瞬間だった。

 ズバッ!! と書類の中から刃が飛び出してきたのだ。しかも、訪問者の顔面目掛けて一直線に、だ。

 しかし、訪問者はその一撃を首を動かす事で難なく避けた。顔まで数センチという距離のところに自分を狙った刃があるというのに、訪問者は顔色一つ変えず、こう言う。


「ちょっとー、いきなり攻撃するなんてひどいじゃなーい。乙女の顔に傷が付いたらどう責任とってくれるのー?」

「責任なんか取るつもりもないし、そもそもどこに乙女がいるってんだ、この変態オカマ野郎が」


 静かな、しかし確実に怒りを込めた声音で言い放つ。

 ギンの目の前、というより、彼が剣を向けている人物の名前はユーラ・ヴァンデルセン。

 中性的で整った顔立ち。漆黒と断言できるほど黒くそして短い髪。その色と同様な黒い服装を着こなしている。黒と言っても、ところどころに刺繍やら何やらが施されており、その一つ一つが繊細且つ美しいものだ。

 見た目、そして名前からしてユーラ・ヴァンデルセンという人間を女だと言う者がいるが、それはとてつもない間違いだ。

「彼」は正真正銘の男であり、生物学的に言うと男性なのだ。

 例え口調が女っぽくても、例え服装がどこかしら女っぽくても、例え普段から女子力について気にしていても、何があろうと彼は男なのである。


「いやね、ギンったら。久し振りに来た親友にそれはないんじゃなーい?」

「うるさい。誰が親友だ。疫病神の間違いじゃないか?」

「あららー、照れちゃってー。でも、そんな所もカワイイー」

「殺すぞ潰すぞ八つに裂くぞ、クソ野郎」


 ギラリ、と自らの刃を光らせながらギンはユーラの首に剣を近づける。先程よりも殺気が増しているのは気のせいではないだろう。

 流石にヤバイと感じたのか、ユーラは大人しく両手を上げて降参のポーズをする。


「もう、冗談よ冗談。全くー、相変わらずキレやすい性格なんだからー」

「別に誰にでもじゃねぇよ。テメェだけだ、ボンクラ」

「あらヤダ。それってワタシを意識してるってコトー? きゃあー!!」

「だから、マジで殺すぞっつってんだろうが」


 勝手に黄色い声を出すユーラに静かにツッコミを入れるギン。だが、この男がこの程度でどうにかなるわけがないと分かっていたため、彼はため息を吐くことしかできなかった。


「……で? 今日は何しに来やがったんだ?」


 自らの剣を納めながら、ギンは尋ねる。


「何よー、その言い草は。ワタシが何の用もないのにここに来ちゃいけないみたいな言い方してー」

「事実そうだ。テメェはここに来るな。っというより、何の用もないのにテメェがここに来ることなんてないだろうが」


 ユーラがここに来る時は、必ず何か用がある時だけ。それは、ユーラとの長い付き合いを通してギンが学んだ一つである。


「そんな言い方しないでよー。事実だから否定できないけどねー」


 言いながら、ユーラは苦笑した。


「で……早速なんだけど、聞きたい……というより、確認したいんだけどー」

「何だよ」

「アナタに新しい部下が出来るってホント?」


 この質問に驚きはなかった。

 自分は先程聞かされたばかりだというのに、どうしてその情報を知っているのか。そんなこと、この男には何の疑問にもならない。

 噂話を一番先に知ることができる。こう見えても、ユーラはかなりの地位と権力を持っているのだ。


「半分本当、っていうのが正解だな」

「? どういうことよ」

「こっちに入団する条件を出した。それを超えられない限り、新しい団員がくることはない」

「条件って……アナタねぇ。せっかく団員が増えるかもしれないっていうのに、確率を下げてどうするのよ……」

「別に俺はそんなこと望んでいない。むしろ、来て欲しくないな。なんせ、俺は―――」

「一人が性に合っている、でしょう? 古臭いというか、何と言うか。そういう一匹狼がカッコイイとでも思ってるの~? うわー、引くわー」

「オカマなテメェに言われたくねぇ!! っつか、黒騎士団に所属しているテメェに言われる筋合いはどこにもねぇぞ」

「だーかーらー、幼馴染の親友に対してそれはないんじゃなーい? 親友が所属している騎士団が存続の危機に陥ってるのよー? それを気にするなって方がどうかしてるわよ」

「幼馴染という所は敢えて否定しない。だが、何度も言うようだがテメェは俺の親友じゃねぇ」

「ひどッ!? そうやって何度も否定するなんて、ワタシのガラスのハートが粉々にくだけてもいいの!?」


 誰の心がガラスのハートだって? 鉛のハートの間違いじゃないか?

 などと思っていながらも、口に出さないのは、また何か言い返してくると理解しているからである。


「……というより、今回の話、どうせあの人達は竜騎士団のためなんて事はおもっちゃいねぇよ。それに、時期が時期だしな」

「あら、スルーするのね……ってそれはいいとして、時期って王様がご病気になられたこと? けど、あれってただの熱みたいなものだったんでしょう?」

「まぁな。けど、周りは大慌て。まぁ、かなりの歳だからな。熱でポックリ、なんてこともあるかもしれない」

「ちょっと、それ不謹慎よ」

「だが、その不謹慎な事を思っているのは俺だけじゃない。次の王位は誰かってことで揉めているって噂だ」

「次っていうと……アーロット王子よね? それがどうして揉めるの?」

「お前も知ってるだろうが。あの人は、王様の直系じゃない。遠縁だ。優秀で知性あふれるお方で王様もかなり気にいって、自分の養子にしたんだ。上の連中の半分はあの方で決まりだと思っているが……もう半分。保守派の連中は反対しているらしい」

「ああ、なるほどねぇ」


 納得するユーラ。

 このナイトメアの貴族には二つの種類が存在する。

 伝統のある政治を好む保守派。

 今の政治を変革しようとする改革派。

 この二つによって争われている。

 伝統を重んじる保守派の貴族は王族には血統が第一と考える者が多い。加えて、アーロット王子は改革派に属している。故に、彼が王になるのを拒むのは当然だろう。


「貴族がゴタゴタすれば、それは騎士団にも影響する。何せ、騎士団は貴族があってのものだからな。そんな状況下で人員をわざわざ割くと思うか?」

「そういうことね……納得したわ。けど、さっきの台詞はいただけないわね?」

「さっきの台詞?」 

「確かにウチの団長様は傲慢で酒癖が悪くて最近は体臭もちょっときつくなり始めた、よれよれのジジイだけど……」


 おい、フォローになってないぞ、ってか最後の方は確実に悪口になってたよな? などというギンの言葉に耳を傾けず、ユーラは続けた。


「人様が困っているのに、それを見てみぬフリをするようなクソ野郎にまで堕ちちゃいないわよ」


 ユーラの言葉にギンは苦笑した。


「ああ……確かにその通りだ。だが、この書類を見る限りじゃあな」


 と書類をちらつかせた。

 ん? と首を傾げるユーラは「ちょっと貸して」といってその書類を手にする。そして、目にした瞬間、げっという顔付きになった。


「ディスト・ジャッジ、エイミー・ベルモット、アルミス・ショアロー……この子達って騎士団三大問題児じゃないの」


 そんなあだ名があったのか。ギンは初めて知った。

 騎士団三大問題児。つまり、それだけ彼らは有名人というわけだ。悪い意味で、だが。

 ユーラはしかめっ面でギンを見た。


「確かに……この三人はちょっとねー」

「これは確実に問題児を一箇所にまとめておくっていう策が見え見えだ。まぁ、俺はその三人じゃなくとも誰も竜騎士団に入れるつもりはないんだが……それよりも、俺も聞きたい事があるだが」

「ん? 珍しいわね。何が聞きたいの?」

「お前の所からくるアルミス・ショアローっていう奴のことなんだが……こいつ、無断欠席を連発して、尚且つ命令違反やら何やらを繰り返しているよな? なのに何で騎士団を追い出されてないんだ?」


 普通、問題を起こした者は何かしらの罰を与えられる。始末書から謹慎処分やら減給までその対応は多く存在する。しかし、ここ書かれている連中は、問題を多く起こしすぎている。これ程の問題を起こせば、普通、騎士団を即座に追い出されているはずだ。なのに、彼らは騎士団を移籍する程度で済んでいる。これが異常な事態であることは、明白だ。

 ギンの質問に、んー……と悩むユーラ。


「確かに彼女は問題が多い子なんだけど……腕は確かなのよねー。前に魔物退治に言った時だって、彼女が一番多くの魔物を倒していたし。でもまぁ、団体行動を全くしない個人プレーが目立ってたから、褒められたことでもないんだけど」


 なるほど。腕が立つという理由から騎士団に残されているのか。まぁ、その理屈は理解できる。騎士団は、腕の立つ者を一人でも多く欲しがっている。自国の力を強化するため、という事もあるが、腕の立つ人間を自分たちの目に届く範囲に置いておきたいという方が大きいだろう。だから、力を持つ者を簡単に追放することができない。恐らく、他の二人にしてもそうなのだろう。

 しかし、そんなことなどギンにとってはどうでもいいし、知ったことではなかった。


「まぁ、何にせよ、こいつらがどれだけ問題児だろうと、どれだけ腕の立つ奴だろうと、竜騎士団に入ることはまずないだろうがな」

「あらら、断言しちゃうのね。その根拠とやらは、さっき言ってた『条件』ってやつ?」

「そういうことだ。まぁ、万が一こいつらが『条件』を満たせれば考えてやらんこともないがな」


 とは言っても、この三人の性格では『条件』を満たす可能はまず有り得ないだろう。

 ……いや、それは早慶というモノだ。自分が知っているのは書面上の彼らの情報と、ユーラの話だけだ。たったそれだけで人を判断するのは些かどうかと思う。

 百聞は一見にしかず。人を判断するには、まずその人間と会い、会話をしなければ。

 そのためにも、まずは彼らに会う必要がある。だが、それも近いうちに叶うだろう。


「というわけだ。もう聞きたいことはないな? ないならさっさと出て行け。俺の剣が再び抜かれる前にな」

「もうー。だから、そういうツンはいいけれど、もうそろそろデレも見せてくれないと、ワタシ困っちゃ……」

「死ね」


 シュンッという風を斬る音がした。

 それは、ユーラがギンの攻撃を避け、剣が空を斬った音であった。


「だから、そういう短気なトコロを直さないと、本当に恋人とかもできないわよ」

「うるせぇ……お前には、関係ないことだろうが」


 顔を伏せてユーラから目を逸らすギン。それを見たユーラは、ふぅと息を吐いた。その息には一体何が込められていたのだろうか。


「……それもそうね。それじゃ、バハハ~イ」


 相も変わらず陽気な声で手を振りながらユーラは執務室から出て行った。それを確認したギンは「全くあいつは」と呟きながら椅子に座ろうとする。

 だが、その瞬間思い出した。

 この執務室のあちこちが書類だらけになっていることに。


「……ユーラに片付けさせるべきだったか」


 などと後悔の念を言葉に表すギン。しかし、今更呼び戻してももう遅い。ない物ねだりをしてもどうしようもないのだ。

 その後ギンは、一人でせっせと書類の片付けに追われることになったのだった。

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