21
危機一髪、とはまさしくこの事だ。
あと数秒遅れていたら、ディストは踏み潰されていただろう。
しかしながら、ドラゴンの体重を一身に受けるのは、当然のことながらかなりきつい。
ギンは《ドラグーン》が宿る左腕に力を入れ、そして押し返す。すると、ドラゴンは足を押し返され、体が仰け反る。
ドンッ!! と地響きを出しながら何とかドラゴンは体勢を立て直した。
あのドラゴンを押し返した。
その事実を信じられないような顔でディストは見ていた。
「大丈夫か?」
ギンはディストに安否を確認した。
目の前の光景に驚きを隠せないのだろうか。ディストは答えるのに少し時間が掛かった。
「あ、ああ……って、それより、何でアンタここに。っつーか、どうしてアンタがソイツを抱えてんだよ」
「ん? ああ、アルミスの事か。いやな、ようやく到着したかと思えば、アルミスが炎に飲まそうになっててな。慌てて助けたんだ。流石にアレは焦ったぞ」
ドラゴンがいたことにびっくりはした。しかし、それ以上にアルミスがピンチだったというのがもっと焦りを感じた。
あの一瞬。ドラゴンの火炎がアルミスに届くその寸前でアルミスを助けていなければ、正直、アルミスは焼け殺されていただろう。
「団長」
ふと、ギンの腕の中にいるアルミスが声をかけてくる。
「ん? 何だ?」
「いい加減に離して。このままだと恥ずかしい」
「あっ、そうだな。って、お前さん全然恥ずかしがっているようには見えなごほっっ!?」
余計な一言のせいで、ギンは腹に一発食らってしまった。その痛みのせいで、ギンはアルミスを離した。
口は災いの元とは、このことだ。今後は気を付けよう。
「団長!!」
そう言って、ギン達の元へと駆けつけてきたのは、エイミーだった。
服はボロボロで、口からも血が垂れているが、どうやら命に別状はないようだ。
「おう、エイミー。お前も無事だったか」
「ええ、そちらもご無事で何より……アルミスさん!? 生きてらしてたの……?」
「うん、生きて……っ!?」
アルミスが驚くのも無理はない。
エイミーは突然と彼女に対して抱きついたのだ。
いきなりだったもので、ギンもまた驚いた。
「エイミー、どうし……」
「良かっ、た……本当に良かった。わたくし、てっきり、貴方は死んだものだと……」
「……、」
戸惑うアルミスを他所に、安堵の息を吐きながらエイミーは呟く。彼女もまた、アルミスは死んだものだと思っていたのだろう。
それだけ、エイミーはアルミスを心配していたのだ。
「……ありがとう」
そう言って、感謝を示すアルミス。
しかし、彼女達には悪いが、今はまだ安心するには早い状況だ。
「さて……そろそろ状況を説明してもらおうか……アレ、一体何なんだ? いや、ドラゴンっていうのは分かるんだが……」
「アレはサラさんです」
「あれが……サラ?」
ギンは、ドラゴンの方を見る。
すでに人間としての形を成していない。ただの一匹のドラゴンにしか見えなかった。
「彼女は《竜鱗の腕輪》という魔装を使ってあの姿になっていたんです。半年前、この村を襲ったのも彼女なんです」
「……そういうことか」
それならば納得がいく。
魔装の力によって、自分の姿を変える。それは、《ドラグーン》を持つギン自身もよく知っていることだった。
「どうやら、あちらの方は失敗したようですね」
ドラゴンがギンを睨みながら言う。
それに対して、ギンはいつも通りの口調で答える。
「ああ、きっちり片付けてきたぞ」
「フン、まぁいいでしょう。どうせ最初から私はこういう異常事態のために呼ばれたのですから」
「そういう意味だ?」
「あちらの殺し屋が失敗した時、私が代わりに貴方達を殺す。そういう算段だったんですよ」
なるほど。つまり、彼女はマドラの予備として雇われた殺し屋だったということか。
「ハッ、殺し屋が目の前にいるっているのに気づかなかったとは、俺も団長としてまだまだってことか」
そのせいで、部下を危険な目に合わせてしまった。
死んでも守ると言っておきながら、あと少し遅れていたら死んでいた。そんな状況に彼らを巻き込んでしまった。そうならないためにも、留守番をさせたのに、それが返って仇となった。
全くもって、情けない話である。
ならば、せめて。
「よく頑張った、お前さん達。後は任せて下がってろ」
ならば、せめてそれを埋め合わせる仕事をしなければ、団長として本当に失格ではないか。
「ここからは、俺の仕事だ」
殺気が周りを支配する。
ギンは左腕を前へと突き出し、右腕は左腕を抑えるかのように掴む。
ドラゴン相手に部分鎧着で勝てるとは到底思えない。こちらの魔装を全開にする必要がある。
覇気と闘気を出しながら、己の全てを吐き出すかのように叫ぶ。
「《全身鎧着・ドラグーン》!!」
瞬間、ギンは左腕から発生した光によってその体を包まれる。
光が消滅した時、ギンの姿はなくなった。
そこにいたのは、深緑色の鎧を纏った一人の戦士。
ドラゴンをモチーフにした、独特の形をしている赤い目が特徴の兜。同じく、ドラゴンのような鋭い爪を持つ篭手。胸に描かれている十字架。
竜騎士団団長だけが纏うことができる鎧。
それが、今のギンの姿だった。
「なっ、その姿は……」
驚愕の声を上げるドラゴンに向かって、甲冑の下、不敵に笑った。
剣を抜き、そして剣先をドラゴンへと向ける。
「宣告しておく。お前さんの寿命は、あと五分だ」
「いい加減な事を……!!」
ギンの挑発に、ドラゴンは怒りを覚え、その怒りは火炎となってギンを襲った。
全てを焼き尽くすと比喩されるドラゴンの炎。
しかし、ギンはそれを避けようとはせず、真正面から受けた。
「団長!!」
「あの馬鹿!!」
エイミーとディストが声を上げる中、ドラゴンは高らかに笑う。
「アハハハッ!? 瞬殺、瞬殺です!! 先程あんな大口を叩いた瞬間にやられるなんて、口だけとはこのこと……」
「この程度か? お前さんの炎ってやつは」
火炎の中から声がする。
見ると、《ドラグーン》を纏ったギンが火炎の中で立っていた。
その体は無傷。火傷一つ負っていない。
「なっ、何故……!?」
「これはドラゴンの体から造られた、対ドラゴン用の鎧だ。ドラゴンの火炎くらい、どうってことねぇよ。そして……」
ガチャリ、とギンは剣を構える。
「お前さん程度のドラゴンを殺すことだってどうってことねぇよ」
ギンは駆ける。全速力でドラゴンとの距離を詰めた。
その間、わずか一秒。
ギンは剣を振り上げ、そして下ろす。
そんな単純な攻撃が、ドラゴンの前足部分を切り裂く。
「クッ……!?」
苦虫を噛んだような顔をするドラゴン。
しかし、そんなものなど気にする必用はない。
ギンはドラゴンを殺すために剣を振るっているのだ。
余計な考えを捨て、ただ目の前にいる相手を、ドラゴンを殺すことだけに集中すればいい。
別物とは言え、ドラゴンはドラゴン。
ギンは、ドラゴンを殺すために今日まで努力してきたのだ。
相手の行動性。能力。特技。弱点。ありとあらゆる文献や自分の体験を比較し、そしてドラゴンを倒すための答えを導きだそうとしてきた。
そして、それを想像した訓練もしてきた。
「はぁぁぁああああ!!」
地面を蹴って、ドラゴンの体に突っ込み、そして切り裂く。頑丈な鱗がまるで生肉のように柔らかく思えてしまう程あっさりと。
そんな攻撃を次々とギンは繰り返していく。
ドラゴンは体が大気分、その行動も遅い。速さを活かすのが大きな敵と戦う時の最大のコツである。
爪が、牙が、尻尾が、ギンに容赦なく襲いかかる。
しかし、彼はそれを片っ端から切り裂いていった。
頑丈な岩をも切り裂く爪を。
人間を一度に噛み殺す事のできる牙を。
あらゆるものをなぎ払う尻尾を。
ギン・ボルガーという男は叩き潰していった。
「ァァァアアアッ!!」
叫び、駆け抜け、そして剣を振るいながらギンは思う。
目の前の相手は確かにドラゴンだ。形状もそうだし、口から炎を吐くところもその証拠。あれをドラゴンと言わずして、何をドラゴンと言えようか。
しかし、だ。
しかしそれでも、ギンは物足りなさを感じていた。
やはり、コイツではない、と。
自分がいた竜騎士団を全滅させ、自分の左腕だけでなく、大切な者を奪っていったあの悪魔のような絶対的な力を持つあのドラゴンには遠く及ばない。
現に、あのドラゴンであれば、この程度では傷一つつかなかった。
「こっ、の……化物がぁぁあああ!!」
ドラゴンに化物、と言われても何の説得力もない。
ドラゴンと騎士の攻防は続く。
ガギン、ガギンッ!! という甲高い音は、ドラゴンの爪とギンの剣が交差する音であった。巨大な爪に対し、しかしてギンの剣は同等に……いや、それ以上の力で跳ね返す。
そして、何十合もやりあった後、ギンはドラゴンの爪を避け、腕に飛びつきそして駆け上がる。
ドラゴンの腕に、自分の剣を突き刺しながら。
痛みの叫びを訴えるドラゴン。それはそうだろう。腕を切り裂かれているのだ。痛くないわけがない。
ギンはそのままドラゴンの肩まで斬りつけると、空中へとジャンプする。《ドラグーン》の力を持った今のギンならば、何十メートルも高くへと跳躍することができる。
剣を下に向け、そのまま重力に身を任せ落下する。狙いはもちろん、ドラゴンの背中。
そして、数秒もしない内に、ドンッ!! と鈍い音と共にドラゴンの体に衝撃を与える。
「ガアァァアアアアッ!?」
再び叫ぶドラゴン。今のはかなりの一撃だっただろう。
ギンはすぐさまドラゴンの背中から剣を抜き、そして跳躍して地面へと足をつける。
すでに多大なるダメージを与えられたドラゴンではあるが、未だに立っている余力はあるようだ。流石はドラゴンと言うべきか。
「あ、貴方は一体、何者なんですか……こんなの、人間ができることでは……」
ドラゴンという絶大的なまでの力。それを以てしても、ギン・ボルガーという男は、圧倒していた。そんなことがあるはずがない、と言わんばかりなドラゴンの主張に、ギンは剣を担ぎながら答える。
「ああ、そうさ。これはこの《ドラグーン》の力だ。お前さんと同じ、クソッタレな力だよ」
「何、ですって……?」
「人間は、自分の力で生きていかなくちゃいけない。乗り越えなければならない。にも関わらず、こんな力に頼らなきゃ戦えないなんて、クソッタレ以外の何だって言うんだよ。そう言う意味では、まだあのマドラとかいう奴の方がマシかもしれねぇな」
人間の力は物凄く弱いものだ。それは二年前、ギンはこれでもかという程まで思い知らされた。たった一人の人間の力では限度がある。できない事もある。挫折することもある。
しかし、だからと言って特殊な力や物に頼るのが正解かと言えば、そうではない。
そんな物にすがって、頼ったところで何にもならない。それは結局、自分の力ではないのだから。故に、ギンもドラゴンになったサラもどうしようもない奴なのである。
弱いからこそ、人間は力を合わせるのだ。
一つ一つは弱くても、それが繋がり、合わせることで強大な力となる。
こんな力に頼る必要もないのだ。
「そんなどうしようもないお前さんに、最後のプレゼントを送ってやるよ」
言うと、ギンは剣を両手で大きく振り上げる。
三人は知っていた。それはかつて三人を一撃で沈めた『絶空』の構えであった。
しかし、何やら様子がおかしい。
ギンの、ではなく、ギンの周りが、だ。
周囲の風がギンの剣に集まっていく。そこまでは同じだ。何の違いもない。
しかし、おかしいのはその後。
風はギンの剣にとどまらず、彼の周りを渦巻き始めた。それは、どんどんと大きくなっていき、やがては天まで登っていく。
そう、それは竜巻そのものであった。
ドラゴンは目を見開き、ギンに向かって言い放つ。
「貴方正気ですか!? そんなものを放てば、貴方の体が……!?」
「んなこと知ったことか」
確かに、今これを放とうとしているだけで、体中に激痛が走っている。身を削り、命を燃やしていると言っても過言ではない。
しかし、だからどうしたというのだ。
「お前さんは俺の部下に手を出した。俺にとってはそれが勘弁ならねぇんだよ」
そう。目の前にいるドラゴンは、自分の部下に手を出した。
最初は部下にするつもりなどなかった。
しかし、彼らの根性に看過され、そして一人一人の人間性を知っていった。
まだ、会って間もない彼らだが、しかし、それでもギンの中では失いたくないと思えるほどの存在にはなっていたのだ。
そんな彼らに手を出したのだ。ならば、それなりの後悔を与えなくてならない。
「くっ!? あの三人は、貴方が命を賭けるだけの価値があるというの!?」
ドラゴンの問いに、ギンは思う。
そんなもの、愚問であると。
「ああ、そうさ。あいつらはどうしようもない問題児共だ。一人は兄ではなく自分という人間を認めて欲しくて、一人は他人を思いやりたいがどうしていいかわからなくて、一人は無口で無愛想なくせに人の心配をする、そんな馬鹿で阿呆でロクでなしな奴らだよ」
けれど、いや、だからこそ。
彼らが他人を認め、他人と共に行動し、そして他人のために戦った。
着実に彼らは人間として成長していた。
そんな彼らを守ってやらなくて、何が竜騎士団団長だ。
「俺は、そんなあいつらが大好きになっちまったんだよ!!」
それだけで十分である。それ以上に何が必要だというのか。
大事な部下を、仲間を守るために戦う。
それだけで何の不足もない。
「絶喰!!」
竜巻が、放たれる。
ゴゴゴゴッ!! と地面を抉り、直進してしく。しかも『絶喰』の何倍もの範囲をだ。逃げることなどまず不可能。左右に避けても、空へ逃げても、その攻撃範囲からは逃れなれない。
反動によって、ギンの体は吹き飛ばされそうになるが、力の限りその場で踏ん張る。
『絶喰』はドラゴンへと直撃、いや飲み込んだ。
巨大な竜巻である『絶喰』は『絶空』よりも強力な技だ。それは全てを飲み込む技。その威力は範囲と同じく、何倍もある。
例え相手がドラゴンであろうと、その破壊力にはひとたまりもない。
「あ、あ、ああああああああああああああああっ!?」
悲鳴。絶叫。断末魔。
どれにしても、それがドラゴンの最後の言葉だった。
『絶喰』はドラゴンを飲み込みながら、その後ろに広がっていた森までも破壊しながら進んでいく。
もはや、勝敗は言うまでもない。




