20
相手がドラゴンであろうと、三人のフォーメーションは変わらない。
ディスト、エイミーが前衛で戦い、アルミスが後衛で矢を放ち援護する。
いつも通りのやり口。
しかし、相手は通常の人間でも、通常の魔物でもない。
異常で異様な魔物。ドラゴンである。
「はぁぁああ!!」
ディストの渾身の一撃がドラゴンの右前足に放たれる。
しかし、ガギィン!? という甲高い音がするだけであり、ドラゴンには傷一つ与えられていない。頑丈な鱗が邪魔をしているのだ。
「ちっ!?」
自分の一撃が入らなかったのが悔しかったのか、ディストは舌打ちをしながらドラゴンから一旦距離を取る。
相手は巨大な生物。迂闊に近づいたままでいると、そのまま潰されかねない。
ディストと入れ替わりに攻撃を仕掛けるエイミー。自らの槍を思いっきり突き立てる。
「せいっ!」
掛け声と共に、またもや甲高い音が鳴り響く。ディストの時と同じ様にドラゴンは全くの無傷だった。
しかし、勘に触ったのか、ドラゴンは体を回転させ、勢いをつけた尻尾をエイミーに叩きつける。
「がっ――」
エイミーの体はそのまま吹っ飛び、近くにあった樹木に激突した。
「エイミー!!」
ディストは吹っ飛ばされたエイミーの方へと視線を寄せる。見ると、彼女は口から血を流していた。本人は「大丈夫ですわ!!」と叫んでいたが、そうは見えない。
くっ、とディストは奥歯を噛み締め、そしてドラゴンへと再び戦いを挑む。
「はぁぁぁああああ!!」
勢いと加速をつけ、またもや渾身の一撃を同じところに放つ。しかし、それでもドラゴンには傷はつかなかったが、だからどうした。ディストは同じところを何度も何度も連続的に攻撃を仕掛けていく。
「無駄だということが分からないのですか!?」
その言葉と同時に、ドラゴンの爪がディストを襲おうとする。
その瞬間、ドラゴンの顔面に向かって矢が放たれてた。
「小細工を」
矢の存在に気づいたドラゴンは首を曲げ、それを避ける。
だが、その一瞬に生じた動きが、ディストを襲う爪の動きを鈍らせる。
ディストは、すぐさま地面を蹴って後ろへと下がる。ドラゴンの爪は空を斬り、何とかディストは難を逃れた。
助かった。アルミスの矢がなければ、爪の餌食になっていたかもしれない。
「ちょこまかと動き回る人たちですね。まるでアリのようです」
その比喩は、まさしくというべきものだった。
「貴方達の攻撃など、私からしてみれば毛ほども痛くありません。なんせ、このドラゴンの鱗は何者にも傷つけられませんからね。私を倒すなんて、不可能なんですよ」
アハハハッ!! と高らかに笑うドラゴンことサラ。
彼女の言うこと一つ一つが勘に触るが、しかしそれが事実な以上、反論する余地はない。そもそもにして、反論をしたところでこの状況を打破できるわけではない。
何か、方法はないのか。
思考を巡らせるディスト。
「方法ならある」
まるで人の心を読んだかのような声がする。
ふと、そちらを向くと、アルミスとエイミーが立っていた。
「あるのか? あいつを倒す方法が?」
「倒せるかどうか分からない。けれど、弱らせることはできる」
それはどういう意味なのか。説明を求めるディストに、アルミスは答えていく。
「あの鱗は頑丈」
「ええ、その通りですわ。腹立たしいことですが」
「ああ、全くだ。このままだと、こっちの攻撃が一切通用しない」
「でも、一箇所だけ鱗がない所がある」
「鱗がないところ?」
「例えあのドラゴンの皮膚が頑丈な鱗だとしても、皮膚が覆いかぶさっていない場所……目は頑丈じゃない」
言われて、ハッとなるディスト。
そう言えば、先程アルミスの矢がドラゴンの顔面を狙っていた時、ドラゴンは避けた。
頑丈な鱗をその身に纏っているというのに、どうしてそんなことをしなければならなかったのか。それはそこに急所があると言っているようなものだ。
「目を潰せれば、あちらの攻撃を大幅に回避することができる」
目を潰したところで、ドラゴンを倒すことができるかどうかは分からない。しかし、視覚さえ潰すことができれば、ドラゴンを弱らせることはできる。
「やってみる価値はありそうだな」
「ですわね……けど、どうやって?」
「それは私に任せて。必ず当ててみせる。けど、そのためにも二人はドラゴンを撹乱して欲しい」
「つまり、オレ達に囮になれってことか?」
無言で頷くアルミス。
ディストは、アルミスの言葉に苦笑する。ディストは主に主戦力として戦ってきた。そのため、囮になれ、なんてことは今までやったこともないし、言われたこともない。
「こりゃあ、また難しい注文だな」
「けど、やるしかないのでしょう? だったら」
「ああ、やってやるさ。それくらい」
そうだ。自分達はやるしかないのだ。
ならば、迷っている時間は惜しい。
バッ、と三人は行動を開始した。
「懲りない方達ですね!!」
巨大な爪が再びディストを襲う。
しかし、そう何度も同じ手には引っかかるのは三流がやること。
ディストは身をかがめ、スライディングし、ドラゴンの攻撃をかいくぐりながらさらに前へと進む。
撹乱を頼まれたディストではあるが、ただそれだけというのはやはり性に合わない。
ディストはドラゴンの真下。つまりは腸部分に到着。
そして地面を蹴り、一撃を放つ。
「はぁあ!!」
気合を入れるも、返ってくるのは弾かれたという手の感触だけ。
やはり無理だったか。
「ていっ!!」
エイミーの掛け声がディストの耳に聞こえてくる。しかし、その後に返ってくるのは同じく弾かれた甲高い音。どうやら、彼女の方もダメなようだ。
「無駄だというのが分からないんですか!!」
瞬間、ディストの頭上にドラゴンの足裏が見えた。このまま彼を踏むつぶ好きらしい。それこそ、アリを踏み潰すように。
ディストは地面を駆け、足裏からなんとか逃げ切る。
しかし、撹乱するには十分だったのだろう。
ディストは一瞬、アルミスの方を見た。そしてその瞬間、彼女は矢をドラゴンに向かって放った。
(よし。今は完全に俺やエイミーの方にドラゴンは気を取られている。アルミスの腕は相当なもの。このままいけば、確実に奴の目を――)
などと甘い考えは通用しなかった。
「だから、小細工は効かないと言ったでしょう?」
次の瞬間、ドラゴンは矢が飛んでくる方に向き、そして。
ブォォォオオオオ!!
人など丸のみできるような大きな口から、まるで火山の噴火の如き火炎を吐いた。当然のことながら、矢はその火炎に飲まれ、そして灰へと姿を変える。
しかも、吐き出された火炎は矢を萌えカスにするだけには留まらない。
矢を放ったアルミスまでも襲った。
「―――ッ!?」
目前と迫ったその火炎に、しかしてアルミスはどうすることもできない。避けるにも時間はなく、防ぎようにもそんな便利な武器はない。
結果。
アルミスは炎の中へと包み込まれていった。
「アルミスさん!!」
叫びながらアルミスの名前を呼ぶエイミー。その声には、悲痛なものが混じっていた。
ディストもその光景を目の当たりにしていた。
誰がどうみても、あの状況では助からない。
思えば、ディストはアルミスとはあまり時間を過ごしていなかった。
いつも喧嘩するエイミーに比べ、彼女とまともに会話したことなどない。彼女が何者で、何を考え、どう思っているのか。無口で無表情な彼女からは何も知ることはできなかった。
正直、ああいうタイプは苦手だったし、共に過ごした時間も少ない。
けれども。
彼女は自分に頭を下げた。彼女は自分達のために怒ってくれた。
そんな彼女が。
そんな彼女が、殺されてしまって、黙っていられる程、ディスト・ジャッジという男は感情を抑えられなかった。
「ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
怒りが、心を満たす。
憎しみが、思考を巡らせる。
気づいた時にはすでに体は動いていた。地面を蹴り、ドラゴンの足を駆け上がる。そんなもの、角度九十度の崖を登るのと同じようなもの。そんな通常の人間ではありえないその行動をディストはやってのけた。
そして、その速さもまた尋常ではなかった。
狙うはドラゴンの眼。
ドラゴンからしてみれば、確かにディスト達はアリのような存在かもしれない。現に、ドラゴンの体を這い上がるディストの姿は人の体を這い上がるアリとよく似ていた。
しかし、決定的に違う所が。
それは、相手を殺すという意思である。
すでに、ディストはドラゴンの顔面まで到達していた。
「なっ、どうし――」
「ッ!!」
もはや、ドラゴンの言葉など聞く必要はない。
ザクリ、とディストは自らの剣をドラゴンの右目に突き刺した。
「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!?」
断末魔、というのはまさしくこのことであろう。
「思い知ったか、クソ野郎が」
剣を突き刺したまま、ディストは呟く。
ドラゴンは首を左右に振り続け、何とかディストを振り落とそうとする。しかし、ディストも負けず劣らずガッチリと剣の柄を持ち、落ちようとはしない。
振り落とすのが無理だと理解したのか。ドラゴンは、頭を地面へと叩きつける。
「が、っ!?」
その衝撃で、ディストの剣がドラゴンの目から離れ、ディストはそのまま地面へとその身を投げ出された。
顔をゆっくりを上げるドラゴン。その右目からはドクドクと血が流れていく。
「やってくれましたね……この借りは倍にして返してあげます!!」
言いながら、ドラゴンは右足を大きく上げた。先程のようにそのままディストを踏み潰す気らしい。
しかし、今のディストにそれを避ける余裕はない。先程地面に叩きつけられたのと、尋常ではない動きをしてしまった反動が一気に体へとのしかかる。
体が動かない。
くそっ、と悪態をつくディスト。その相田にも、周りの動きがゆっくりとなっていく。
人間は死の直前に陥ると、周りの時間が遅く見えるというが、本当のようらしい。
思えば、何とくだらない人生だったことか。
生まれた時から兄と比べられ、それが嫌で努力しても結局は兄の代用品としか見てもらえなくて。だから、無茶を繰り返して、問題児なんて呼ばれて。
けど、ここで、竜騎士団に入ってようやく仲間と呼べる奴らに出会った。柄ではないが、こいつらとならやっていけるかもと思っていた。
その矢先がこれだ。
仲間一人を失い、そして今、自分の命も消えようとしている。
馬鹿だ、と思う奴もいるだろう。仲間が一人殺されたくらいで、頭に血が上って暴走するなんて、阿呆のすることだと。
確かにその通りなのかもしれない。
けれど。
仲間が殺されて、何も思わない方がどうかしているとディストは思う。
そのために怒ることが、正しいことではないのかと言いたい。
故に、自分がした行為は間違っているとは思わない。
後悔は、ない。
「くそったれ……」
言うと、ディストは目を閉じた。それは覚悟を決めた言葉でもあった。
そうして、ディストはただ死を待つこととなった。
…………。
…………。
…………。
おかしい。
いつまで経っても痛みがやってこない。覚悟していた死がやってこない。
思考できるということは、生きている証。
一体全体どうなっているのだ? と思いながら、二度と開けることのないと思っていた瞼をゆっくりを開いていく。
目を開けると、そこには……。
「アンタ、は……」
そこにいたのは、見覚えのある男の姿だった。
銀色の髪に、肩までしかない緑色のマント。そして、迫力のあるこの威圧感。
信じられないことではあるが、その男は、深緑色の左腕によって、ドラゴンの足を止めていた。
そして、さらに信じられないことではあるが、右腕には死んだと思われていたアルミスの姿が抱えられている。
こんな馬鹿げた事をやってのけてしまう男を、ディストは一人知っている。
その男の名は……。
「よう。待たせたな」
その男の名は、ギン・ボルガー。
憎らしくも頼れる、我らが竜騎士団団長様であった。




