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円卓会議。
騎士の国『ナイトメア』には、三つの騎士団が存在する。
協会に所属し、神の加護を受けて戦うという『聖騎士団』。
国の平和と正義、そして法を護るために戦う『白騎士団』。
荒くれ者達の集まりだが、確かな実力を持つ『黒騎士団』。
その三つの勢力の長が集まり、円卓を囲んで話し合う事から、その会議は円卓会議と呼ばれるようになった。
現状、円卓会議に出席しているのは、四人。
聖騎士団団長、クロード・ジャッジ。
美しく長い金髪の持ち主であり、尚且つ顔は女性とも見間違えるような美形の持ち主。服装はかなり派手で、黄色を基調としたモノで彼の性格を主張しているようにも見えた。
白騎士団団長、ロゼリア・リリース
雪のような白い髪に、それと同じくらい白い服。スラリとした体型で、魅惑的な顔付き。翡翠色のその瞳には、誰もが見とれてしまうだろう。
黒騎士団団長、ハルゲン・ダーツ
見た目は六十代の老人であり、頭はすでに白髪で一杯になっている。だが、鋭い目つきに、額にある大きな傷は彼が辿ってきた戦いが如何なるものだったのかを物語っている。
それぞれの騎士団の団長である彼らがこの場にいることは、何らおかしな事ではなかった。
おかしいのは、もう一人の人物。
性別は男。肩までしかない緑色のマントが特徴的な服装をしている。銀色の髪を束にして纏め上げおり、髪には女用の髪留めが使われていた。だが、彼自身に対して最も目につくべき所は、左袖がゆらゆらと揺れていることだ。
竜騎士団団長、ギン・ボルガーである。
「さて、ギン・ボルガー。貴様がここにいる理由は分かっているか?」
「いえ、その……分かりません」
ギンの言葉は本心であった。
今朝方突然にここに来るように言われ、今現在、頭が混乱しているのだから。
そもそも自分はここにいるべき人間ではない。それは分かっているし、理解しているつもりだ。
自分はこの三人の騎士団に所属していない。彼が所属しているのは、竜騎士団だ。だが、事実上、彼らは自分よりもあらゆる意味で強い存在だ。戦闘による強さにも、影響力という強さに関しても。故に、彼らに対して敬語になるのは当然の反応である。
「貴様の騎士団は、すでに崩壊寸前なのは理解しているな?」
崩壊寸前。その言葉は的確であり明確だった。
現在、竜騎士団のメンバーはただ一人。ギンだけなのだ。
この円卓会議も昔は竜騎士団もその一角として参加していたが、壊滅状態になってしまい、その力も影響もなくなってしまったために、今の円卓会議には参加できない立場にある。そのため、その存在自体薄れている。
こうして参加しているのは、別に竜騎士団の力が再び認めたれたわけではない。
ただ、呼ばれたから来た。それだけなのだ。
「それは、まぁ……けど、一人でも結果は出せます」
「確かに。貴様は二年前の事件で、一人だけになったにも拘らず、この二年で貴様が叩き出した戦績、功績は実に優秀なモノだった。特に魔物討伐に関しては他の騎士団よりも凄まじい数を倒している」
「おかげで、ウチの連中からは獲物を横取りされたと毎回苦情が出てるがな」
シニカルな笑みで皮肉をいうハルゲン。それに対し、ゴホン、とわざと咳払いをし注意するクロード。ロゼリアはそんな二人を見て不敵に笑っていた。
「貴様の力は認めている。だが、それはあくまで貴様自身の力であり、竜騎士団そのものに対してではない。そもそも、既存する構成員が一人だけという事実をいつまでもそのままにしておくわけにはいかない。それは貴様にも分かっているな?」
「それは……まぁ、分かってますが……」
「故に、我々は貴様の騎士団に部下を配属させる事にした」
は? とギンが呆けた事も気にせず、クロードは彼に対して三枚の書類を目の前に投げ渡した。
それには一枚一枚に名前が書かれていた。
「そこに書かれてある三名が、本日より貴様の部下になる者達だ」
「っ!? ちょ、ちょっと待ってください!! いきなりそんな事言われても……それに、俺……自分に部下は必要ありません」
「そうか。ならば、竜騎士団は今日限りで解散となるが、それでいいのか?」
「なっ……!?」
驚愕の言葉を言われ、逆に言葉を失うギン。
そんなギンが反論を言い出す前に、クロードは先に言い放つ。
「たった一人の騎士団など、『団』と呼ぶには相応しくない。貴様の実力は認めているし、そして必要とも思っている。故に、そういった事にはしたくはないのだが?」
「……、」
言い返したいのに、正論過ぎて何も言えない。
確かに、構成員がたった一人の組織など、もはやそれは組織ではない。ただの個人だ。そんなモノをいつまでも放置しておけば、他の騎士団の構成員は快く思わないだろう。そんな不穏分子を置いておくほど、ここの騎士団組織は甘くない。
「こらこら、そんな事を言うでない。小僧が困っているではないか」
「そうだぞ、クロード。これじゃあ、まるで脅しじゃねぇか」
クロードの言葉に、二人は注意を促す。
「まぁ、その何だ。お前さんもそう否定的になるな。いいじゃねぇか、人員が増える事は何も困ることじゃねぇだろう?」
「俺……自分にとっては、困る事です。自分は、一人の方がやりやすいんです。それに……ただで人員を増やすわけじゃないんでしょう?」
ここにいる連中は、何も竜騎士団が人員不足で壊滅状態であるのを救うために新たな人員を派遣するほど、心の優しい人間達ではない。
誰も彼もが一癖も二癖もある人物であり、そのため彼らはそれぞれの騎士団の団長になることができ、今ここにいるのだ。
「流石にお見通しというわけか。しかし、それを我々の目の前で質問するのは、あまり賢い行為ではないな」
「自分は聞きたい事ははっきり聞く主義なので」
そもそもにして、自分は駆け引きができる立場でも、そんな力を持った人間でもない。ならば、直球で聞いた方が良いとギンは考えた。
「貴様の読み通りだ。我々は何も竜騎士団存続のために、人員をわざわざ貴様の所に送るのではない。こちらでは手に負えないためだ」
「手に負えない……というのは、一体どういう……?」
「そこにある報告書を読めば、すぐに分かる事だ。だが、それを読むという事はこの件を貴様が了承したという事になるぞ」
うっ、と顔を曇らせるギン。
ここで断るれば、彼らは確実に竜騎士団を事実上、壊滅させるだろう。彼らの脅しは、脅しでは止まらない。本当に実行するために、恐れられているのだ。有言実行、とでもいうのだろうか。
こんなモノ、答えが分かっているようなものではないか。
いや、彼らは最初からそのつもりでギンをここに呼んだのだ。彼が何をどう言おうが、拒否権や選択権など与えず、頷かせる。
正直な話、ギンは腹が立っている。無理やり押し付けてくる彼らにもだが、確実に何か裏があるにも拘らずそれを断れない自分に、だ。
苦々しい顔をしながら、ギンは首を縦に振った。
「……分かりました。人員を増やすという意見には、異論も反論もしません」
「おやおや、素直じゃないかえ、小僧。見た目によらず、聞き分けがいいのだのう。妾はもっと抵抗するかと思っていたのだが」
茶化すロゼリア。挑発的な態度を取っているのは、恐らくわざとであろう。それに対して何か言い返したい所ではあるが、いまのギンにそれだけの地位と権力はない。
だが、ただで終わるほどギン・ボルガーという男は、素直ではない。
「けれども、一つ条件を付けてもよろしいでしょうか?」
「条件、だと?」
ギンの言葉に、怪訝そうな顔をするクロード。他の二人も顔も同様なもので、どういう事なのかと考えてるのだろう。
しかし、三人は顔を合わせそして頷いた。
「いいだろう。言ってみろ」
「ありがとうございます。では―――」
そうして、ギンは条件を口にする。
その言葉を聞いたクロードは腕を組んで息を吐く。
「……なるほど。貴様の言いたい事は分かる。しかしだな……」
「いいじゃねぇか、クロ坊」
クロードの言葉を遮ったのはハルゲンだった。
「……ハルゲン。その呼び方はやめろと言っているだろう」
「ったく、ちいせぇこと言ってんじゃねぇよ。それよか、そいつの話、乗ってやってもいいんじゃねぇか?」
「うむ。妾も賛成じゃぞ」
唐突に、ロザリアも賛成の意を見せた。
「ロゼリア……貴様まで何を言い出す」
「いいではないか。小僧の話、中々面白い。それに、筋は通っておるぞ? それとも何かえ? 其方は、小僧が出した条件に不満があるとでも?」
「……、」
言われて、無言になるクロード。しばらくすると、はぁ、と深いため息をついた。
そして、鋭い目つきでギンを見据える。
「いいだろう。貴様の条件、飲んでやろう」
「本当ですか……?」
「貴様は私が言った事を疑うのか?」
「い、いえ、そんな事はありません!」
「なら、同じことは二度も聞くな」
「あ、ありがとうございます!!」
深々と礼をするギン。先程の条件は、何かしら抵抗の意思を見せつけたいがために言い出したことだったため、正直、通るとは思っていなかった。故に驚きは大きい。
「説明はまた後日にする、以上下がって良い」というクロードの言葉に、ギンは「失礼します」と言い残し、そのまま部屋を後にした。
*
「どういうつもりだ」
ギンが去った後、クロードはイライラした口調で二人に尋ねる。
「どういうつもり、とは?」
「はて、一体なんのことかのう?」
当の二人はというと、完全にシラを切っている。それで、言い逃れると思っていないのに、だ。
それでも、クロードはわざわざ言葉にして二人に言い聞かせる。
「先程の条件……我々が飲む必要など一切なかったはずだ」
「うむ確かにな」
「その通りだな」
「だったら、何故賛成などしたのだ!!」
バンッと円卓を叩くクロード。そこにた確かな怒りがあった。
しかし、二人はそんなものなど気にも止めていなかった。その程度の怒りなど、自分たちには挑発にもならないと言わんばかりに。
「別に大した理由はないな。面白そうだから乗ってやった。それだけだ」
「右に同じく」
「貴様ら……私をからかっているのだな? そうなんだな? そんなに私に剣を抜かせたいのか?」
「おいおい、ムキになるなよ。貫禄がなくなっちまうぜ?」
「貴様に言われても説得力がない」
「ハハッ、全くもってその通りだな」
皮肉を言ったにも関わらず、ハルゲンは笑って流した。それに対してクロードははぁ、とため息をつく。この老人に何を言っても無駄なのは当の昔に分かっていたというのに。
だが、それでも今回の事は解せなかった。
「……本当に、何故あんな条件に賛成した?」
クロードは敢えてハルゲンやロゼリアの顔を見ず、下に俯きながら質問する。
「だから、本当に大した意味はない。面白そうだから。それだけだ。それ以外の他意はない」
「それを信じろというのが、どうかしているな」
「別に信じろとは言わん。ただ、こんな程度を乗り越えない連中に、竜騎士団に入る資格はない」
「そうだのう。あの小僧の下で働く者だ。それ相応の実力がなければやっていけんだろう。それを確かめるためにも、小僧が出してきた条件は好都合と考えれば良い」
言われて、クロードは黙り込んでしまう。
二人の言っている事は正論だ。反論する余地もない程に。
もちろん、彼らの言っている事を信じるわけはない。きっと何かしらの裏や考えがあるのだろう。もっとも、今回の事で同じく隠し事があるのはクロードも同じなわけであり、二人にとやかく言える立場ではないのだが。
「まぁ、何はともあれ、妾達の『目的』は果たせそうだ。それだけでも良しとするべきではないかのう?」
「……それもそうか」
ロゼリアの一言に納得するクロード。
確かに、彼女の言う通りだ。自分達の共通の目的は、ほぼ達成したも同然だ。ならば、それについてゴタゴタ言う必要はないというものだ。
(奴の条件は少々厄介なものだが……二人が言うように、それを達成できないのであれば『連中』もその程度ということか)
などと心の中で呟くも。
「全く……どうなることやら」
心配なことには変わりないクロードは、深い溜息を吐いたのだった。