14
日は完全に落ち、深夜となった時間帯。
明日に備えて、ギンは就寝しようとしていた。
相手はドラゴン。ならば、全力を持って相手をしなくてはならない。
そのため、体力を温存するためにも寝なくてはならないのだが……。
「……おい、アルミス。お前さん、どういうつもりだ?」
現状を説明しよう。
今、ギンは座ったまま眠ろうとしている。そのとなりにアルミスが同じ様に座ったまま眠ろうとしている。
それは、いい。ここでは敢えていいとしよう。
だが……何故に密着する必要があるのだろうか?
「……寝心地が良さそう」
「ああそうかい、そんなに俺の肩は寝心地が良さそうか。でもな、俺が眠れねぇんだよ。他の奴にやってもらえ」
「それは無理」
「それはどういうことか、説明を求む」
「ディストはいびきが煩い。エイミーは寝相が悪い。サラは初対面。ユーラ副団長は……恐い」
確かにディストはいびきが煩い。離れていてもギンの耳に入ってくる。
確かにエイミーは寝相が悪い。今では床でゴロンと大の字で寝ている状態だ。
確かにサラとは初対面だ。そんな人間にこんな事をお願いするのはどうかと思う。
確かに……ユーラは恐い。オカマであるアイツに寝ている所を見せれば、女であるアルミスも何をされるか分かったものではない。
そういった消去法で残ったのは……ギンである。
ギンは、しかめっ面になりながらも、仕方なく了承することにした。
「……分かった。ただし、いびきをかいたり、寝相が悪かったら、速攻で殴るからな」
「了解」
そう言って、アルミスはギンの肩に頭を乗せる。
全く、と心の中で呟くギン。ここに来るまで何度も野宿したのに、急にこんな事を言い出すとは。
しかし、他の二人と違ってアルミスはどちらかというと素直な方である。無口で無愛想ではあるが、我が儘や自分勝手な行動はあまりしない。先日の一件を除けば、だが。
そんな彼女が頼みごととは珍しい。
これくらいの我が儘くらいは見逃してやっても別に構わないだろう。
ギンはしばらくの間、そのままの体勢でじっとしていた。
……。
……。
……。
眠れない。
当然である。自分の肩に、しかも女の頭が乗っている状態で眠れるほど、ギンは無神経ではない。
今しがた、見逃してやろうと思ったが、どうやら無理そうである。
そもそもにして、彼にはこういった経験が少ないのだ。いくら相手が無口で無表情で無愛想な子供でも、やはり女なのだ。意識をしないわけがない。
ただ、経験が少ないだけであって、決してないわけではないということを強く言っておきたい。
しかし、このままでは本当に眠れない。やはりどいてくれ、と言おうとした時。
「どうしてあんな質問をしたの?」
唐突の質問だった。
アルミスはギンの肩に頭を乗せたまま、そんな事を呟いてきた。
「あんな質問っていうのは、ドラゴンの色の事か?」
「一番初めにあんな質問をするのはおかしい」
ああー、とギンは声を出しながら頭をかく。
「まぁ、その……二年前の奴かどうか確かめるためだったんだが……どうやらハズレだったらしい」
「ハズレ?」
「この村を襲ったドラゴンは赤色だったと言っていたが……竜騎士団を壊滅させたドラゴンは、紫色だった」
言いながら、ギンは脳裏に焼き付いたあの忌々しい姿を思い出していた。
恐怖を表したかのような、あの紫色の鱗を。
「つまりは、別のドラゴンということ?」
「そういうことだな」
ふーん、と言いながらアルミスは続けて質問する。
「団長」
「何だ」
「今でも、そのドラゴンを憎んでる?」
これまた直球な質問だった。
「……憎むくらいじゃあ済まない感情は持っているな」
そんな程度で済むものではなかった。
殺してやりたいとは当然のように思っている。ズタズタのボロボロにして、ギンが味わった苦痛と哀しみを全てぶつけてやらなければこの名もない感情は無くなることはないだろう。
それがどれだけ虚しく、そして無意味な事かは分かっているし、理解もしている。
ただ、人間という生き物は、時に頭で理解していても感情というどうしようもならないものがあるのだ。
ギンの言葉に「そう」とアルミスは言う。
再び沈黙がしばらく続いた。
ガタガタと夜風によってドアが動く。そんな音すら聞こえてしまう程、静寂になったかと思えば、アルミスは再び質問をぶつけてくる。
「……明日、ドラゴンを倒せると思う?」
「何だ、俺を心配してくれるのか?」
「心配している」
冗談で言ったつもりだったのだが、アルミスは真面目に返してきた。
「貴方は私達の団長。何かあったら困る」
その言葉に嘘がないのは、ギンでも理解できた。
「……まぁ、明日の相手は俺が戦ったドラゴンじゃあないし、正直どんなのかは知ならない。故に絶対勝つとも、絶対負けるとも言えない。簡単に言えば、分からないってことだな」
でもな、とギンは続ける。
「俺はそう簡単には死なないし、もしここに残るお前さん達に危険が及んでも、すぐさま駆けつけてやる。こんな台詞は古臭いかもしれないが……死んでもお前さん達を守ってやるよ」
どこかで聞いたことのあるような台詞。しかし、今はこう言うべきだとギンの心が訴えていたのだ。
そんなギンに、アルミスはこんな事を聞いてくる。
「団長は怖くないの?」
「何が?」
「死ぬことが」
その切り返しに、どうしたものかとギンは思う。まさか、そんな質問が飛んでくるとは予想外であった。
「……どうしてそう思う?」
「この二年間の団長の行動を調べた。どれもヘタをすれば死んでしまうような仕事ばかりだった。自殺志願者としか思えない。今の発言にしたってそう。まるで自分を大切にしてないような言い草」
「随分な言われようだな」
「……、」
笑って誤魔化そうとしたが、どうやら無駄だったようである。
じっとこちらに視線を寄せるアルミスに、ギンは渋々答えることにした。
「別に、自殺志願者でもなければ、死ぬことが怖くないわけでもない。ただ、竜騎士団を存続させるにはそうせざるを得なかった。一人だと、気は楽だが、そういう大変な仕事が多くてな。そのせいで、デスクワークはほったらかしで、今でも書類が山積み状態だ」
竜騎士団の執務室にある書類の山にはそういう事情があって、あのような状態になっているのだ。
「だったら、人を増やせばいい」
アルミスの助言は尤もだった。
尤もなのだが……しかし、ギンは苦笑する。
「いや、それは……できない、な」
「どうして? 人を増やせばそういった仕事も一人でしなくて済む。危ない仕事もしなくて済む」
「確かにそうだが、俺は一匹狼なんでな。一人の方がやりやすい」
「それじゃあ矛盾する」
「矛盾?」
「団長は言った。戦場で大事なのはチームワークだと。けれど、団長はそれをしない。一人がいいと言う。あれ程自分達に仲間を大切にしろ、団体行動をきちんとしろという。なのに何故?」
全くもって、その通りである。
アルミスの質問は一つ一つが的確且つ、反論できないものだった。ギンの思いの隙を突いてくる。
やれやれ、これ以上はどんな言い訳も嘘も通用しなさそうだ。
「……降参だ。どうやら、お前さんには誤魔化しは効かないらしいな」
観念したと言わんばかりな口調で、両手を上げる。
そうして、ギンは自分の心内を話す。
「怖いから……だろうな」
「怖い? 何が?」
「仲間を……大切な人間を失うのが」
それが、ギンの本心であった。
「俺はな、昔からこんな性格だったから友達も少なくてな。いつも一人ぼっちだった。それが当たり前で、自然だと思っていたんだ。けど、竜騎士団の連中はそんな俺に手を差し伸べた。一緒に来いと言ってくれた。本当に……本当にいい人達だった」
だから、守りたいと思った。
この人たちの力になりたいと願った。
その時のギンは、実力があまりなかったくせにおこがましくもそんな事を考えていたのだ。
「いつまでもこの人達と一緒にいたい……そんな馬鹿で叶わないことを考えるくらい、俺はあの人達を尊敬していた」
それが甘い考えだというのは、ギンもよく知っている。戦場というのは、無情な死が多く存在する。自分の仲間が、大切な人間が、愛している人が死んでしまうことなど、珍しくも何ともない。
それは普通で、普遍で、当たり前の事。
だから、一々動揺し、悲しんでいたらキリがない、と。ギンもそれはよく分かっている。今でもそれが間違いだとは思っていない。
だが、二年前の事件によって、そうもいかなくなった。
「目覚めてみると、周りは死体だらけ。血だらけで倒れている奴、首から下がない奴、ぐしゃりと押しつぶされた奴、体はなく大量の血だけになっていた奴……そんな光景を俺は見た。その死体は全部、俺が知っている奴で、さっきまで普通に話をしていた奴らで、そして苦楽を共にした大事な仲間だった奴らだ。それを俺は……一度に全部奪われちまった」
この世は無情だと思った。
その理不尽な光景に、どうして、と問を投げかけた。
戦場は無情で理不尽で残酷だ。それを分かっていた。分かっていたつもりだった。
けれど、現実になってみればどうだ?
ギンは何もできずに失ったことに対し、嘆くことしかできなかった。
しかし、いくら嘆いても、悲しんでも、叫んでも、怒っても、恨んでも、呪っても……なんにもならない。何も戻ってこない。
あるのはただ、失ったという虚無感だけ。
「あの日、俺に向かって好きだと言った奴がいた。ずっと俺の事が好きだったと。だから、最後に言えて良かったと、そう言い残した奴がいてな……実を言うと、俺もソイツの事が好きだったんだ。笑えるだろう? 死に際にそれが分かるだなんて」
笑えるだろう? とギンはいうが、全くもって笑える話ではない。
むしろ、哀しい話ではないか。
「仲間を、大切な人間を失った俺は、自分の全てを懸けてドラゴンに戦いを挑んだ。敵うわけがないと分かっていても、あの時の俺にはそれ以外の道はなかった。当然死を覚悟したんだが……どうしてだろうな。俺が無様にも生き残っちまった」
目覚めた時には、ギンはベットの上で一命を取り留めていた。
そして、二年前の事件。その唯一の生き残りとなったのだ。
「もう二度とあんな目に合うのはゴメンだと思った。こんな思いをしなくて済むにはどうすればいいかを考えた。そして、俺は……」
「一人で戦う事を選んだ」
またしても、ギンはアルミスに先に台詞を言われてしまった。
苦笑しながらギンは「そうだ」と呟く。
「一人で戦えば、失うのは自分の命だけだ。大切な者が奪われることはない。失う哀しみも奪われる苦しみもない。そんな、甘くてどうしようもない答えに俺は今日までしがみついていたんだろうな」
滑稽な話である。
失いたくないのなら、初めからそんなものを持たなければいい。確かにそうだ。その理屈だったら何も失わずに済む。
だが、失わない代わりに、それを持つ喜びも幸せも感じることができない。
それは、どれだけ虚しい人生なのだろうか。
「団長は間違っている」
アルミスはきっぱりと断言した。
それは堂々と真正面からの言葉だったので、ギンは逆に清々しいと思えた。
「私はここに来てから楽しいと思うことが多い」
「そ、そうなのか!?」
またもや予想外な一言に、素っ頓狂な声を上げしまうギン。
「……どうしてそんなに驚くの?」
「いや、だって、そんな素振りは全く見当たらなかったから……」
事実、そんな風には見えなかった。
ディストやエイミーのように分かりやすい反応をしてくれれば幾分かは理解できるが、アルミスは常に無口で無表情。そんな彼女が何を思っているのか、いくらギンであってもそんな事は分かるわけがない。
「毎日毎日、煩くて喧しくて騒々しいけど……退屈しない」
三人が来てからというもの静かな一日を送ることはなくなった。
それは今まで静かすぎだったギンの日常から、退屈というモノを取り除く程に。
「そうかい。けど、あの二人は少々騒がし過ぎないか?」
「あの二人も喧嘩ばかりしているけど、互いに互いを認めてる。信じてる。支えあっている。そんな二人を見ていて、私はとても楽しい」
アルミスには人の心を読む力でもあるのだろうか? と疑問に思ってしまうほど、彼女が言った事は的を射ていた。
「でも、一人だったら楽しいと思えない」
「……そうだな」
アルミスの言葉をギンは肯定する。
彼女の言うとおりだ。人というのは一人では生きていけないという人間もいるが、それは違う。人間は一人でも生きてはいける。ただ、その人生はあまりにも寂しく、そして哀しいものだろう。
人は他人と触れ合い、話し合い、そして理解し合うことでより自分が生きている事を実感するのだ。
退屈な人生など、お断りである。
面倒で、騒々しく、波乱万丈ではあるが、しかし楽しいと思える人生の方がよっぽど良い。
「全く、こんな事を部下に教えられるとは、俺もまだまだってことか」
ギンは改めて自分の未熟さを思い知る。
しかし、だ。
「けどまぁ、明日のことは取り合えす俺に任せろ。何、無理はしねぇよ。俺だって死にたくはないからな」
「約束」
「ああ、約束だ……っと、もうそろそろ本当に寝るぞ。明日に差し支えるからな」
そうして、ギンとアルミスは就寝する。
だが、ギンは気づかなかった。
二人の会話を一部始終を聞いていたかのように、ディストとエイミーの口元がにやけていたことに。




