13
ドラゴン退治は翌日に決行することとなり、ギン達一行はサラの家に一泊することとなった。
現在は夕暮れ時。
ギンは一人、外で夕暮れを眺めながら、先程のエイミーの事を思い出す。
言いすぎたかもしれない。彼女に言った事は事実だし、嘘はない。言いたいことは素直に言うのは自分の長所だ。しかし、逆に短所とも言えよう。
もっと別に言い方がなかったのか。
彼らを傷つけず、納得させる方法があったのではないか。
そう思うギンにふと声が掛けられる。
「そこの色男。ちょっと話しません?」
気色の悪いフレーズと口調。間違えるはずはない。
振り返ると、こっちに向かって不敵な笑みを浮かべるユーラが立っていた。
「何の用だ」
「もう、だからちょっと話しましょうって言ったじゃなーい」
「だから、何の話だと訊いてんだよ」
「あら? それも説明しないと分からないほど、アナタの勘は鈍ったの~?」
イライラする言い方だが、彼が言いたいことは何となく分かった。
はぁ、とため息を出すギン。それに対して、ユーラは相変わらず笑顔のまま、彼の隣に立つ。
太陽が沈んでいくのと同時に、辺りが暗くなるのが理解できる。
「ユーラ、俺は……」
「言いすぎたのか……とでも思っているんでしょう?」
次に言おうとした台詞を先に言われ、ギンは戸惑う。
まるで心を読まれた感じであった。
そんな彼を見ながら、ユーラは両手を上げ、首を横にしながら呆れる。
「全くもってそう。アナタは女心ってのを全く分かってないわね。あんな言い方しなくても、もっと別な言い方があったでしょうに。女の心っていうのはね、男が思っているよりも結構繊細なのよ? ガラス並に壊れやすいのよ? あの年頃だったら尚更ね」
きっぱりと言い放つユーラ。しかし、彼には悪いが、全く説得力がないのは気のせいだろうか?
毎度お馴染みのイラつく言い回し方だが、しかして本当なのだから反論はできない。
ギンも思っていた。あの時の自分は少しばかり意地悪で冷たかった、と。
「まぁ、アナタがあんな事を言った理由は理解できないでもない。ドラゴン相手では、アナタとワタシでもどうなるか分からない。そんな中、あの三人を連れて行ってしまえば、確実に巻き込まれてしまう。そうならないためにも、アナタは冷たく言い放つしかなかった。仲間のことになると、アナタは一人で抱え込もうとするからねぇ……あの事件のせいで」
「……、」
ギンは何も言わず、黙っていた。
そう、ギンがあんなことを言ったのは三人のためだ。本来なら、あの三人を連れてくるのは反対だった。何せ、相手はドラゴン。自分の仲間を全滅させた奴らである。
彼ら三人は実力はある。だが、前にも言ったように経験がない。経験も実力もあった前竜騎士団が壊滅に追いやられたというのに、経験がない彼らがどうして勝つことができようか。
しかも、数はあの時の半数もない。また全滅するのがオチである。
それでも彼らを連れてきたのは、もちろん理由がある。
「それでもあの三人をここに連れてきたのは、道中で言っていたのが原因?」
「……ああ、そうだよ」
三人は狙われている。誰に、何の目的で、というのは分からないが、しかしあのまま置いて行くと確実に危険だというのは理解していた。だから、三人をここに連れてきたのだ。故に、最初から彼らにドラゴン退治をさせるつもりは毛頭なかったため、こうなる予測はしていた。していたのだが……やはり予測と現実は違うものだと痛感させられてしまう。
「それにしても……アナタって本当に不器用な人ね」
「どういう意味だ、ソレ」
「そのままの意味よ。三人の安全のために自分が嫌われ者になろうとして……けど、あれはあれで中途半端だったわね」
「そう……だったか?」
「ええ。嫌われて者になるのなら『お前らみたいなクズが何ができるっていうんだ? あぁ?』くらいの事言わないと」
いや、流石にそれは違うような気が……。
「けど、アナタはそれをやらなかった。いや、できなかった。それは……アナタが優しい証拠でもあるけどね」
言われてギンは、ハッ、と鼻で笑う。
「俺が優しい、ねぇ……甘いの間違いじゃないのか?」
「ああ、確かにそうかもねぇ」
「……そこは否定しろよ」
というギンだったが、事実自分は甘いのかもしれない。そもそもにして、あの三人を竜騎士団に入れなければこんなことにはならなかったのかもしれない。
全て、自分の甘さが招いたのが原因。
そう責められても仕方がない。
「けどまぁ、別にいいんじゃないかしら。どうやら、こっちの気持ちは分かってくれたみたいだし」
「は? お前、何を言って……」
そこでギンは気がつく。
いつの間にか、近くの木の陰にエイミーがひょっこりとこちらを見ているのを。
「……、」
まるで覗きでもしているような形で、こちらを見ているエイミー。ギンが自分に気づいたのを知って、あわあわと慌てているようである。
「それじゃあ、ワタシはここでお暇するわね」
そう言いながら、この場から去ろうとするユーラを止めようとするギンだったが。
「おい、ちょ……」
「自分がやったことくらい、自分で後始末しないと、団長失格よ?」
それだけ言い残して、ユーラは振り向かずに手を振りながら悠々と去っていった。その後ろ姿に殺気を覚えたのは気のせいではないだろう。
「団長」
と、すぐ横からエイミーの声がしたせいで、ギンは少々驚いてしまう。
「お、おう、エイミー……どうした」
「あの……わたくし、先程は失礼な事をしてすみませんでした」
そう言いながら、エイミーは深々と頭を下げた。
「わたくし、団長が何を思っているのか知ろうともしないで……自分が足でまといだと言われて、腹が立ってあんな行為を働いてしまって……」
「謝るなよ。あれが正しい反応だ」
頭を下げっぱなしのエイミーの頭に、自分の手を置きながらギンは言う。
「誰だって、あんな事を言われれば怒るに決まってる。ムカツクのが当たり前だ」
「でも……他の二人はそんなことありませんでした」
「それはほれ、お前さんがあいつらの思っていた事を言ってくれたからだろうよ。お前さんが出て行った後も結構嫌な視線を浴びさせられた。全く、ああいうのはあんまり好きになれない」
人から物言いたげな目でずっと睨まれるというのは、些か居心地が悪く、そして睨まている方も嫌な気分になる。
頭を上げるエイミー。しかし、その顔は未だに下を向いていた。
「……わたくしは、本当にダメな人間ですね」
突然と自己嫌悪に入るエイミー。
おいおい、今の話でどうしてそうなる?
そう疑問に思ったギンだったが、彼女の話を聞くことによって、その疑問はなくなる。
「団長、わたくしがどうして白騎士団から除外されたかご存知ですか?」
「あー……確か、任務中の命令違反の連続、並びに同僚に対する暴力行為で、だったよな?」
それで合っているはずだ。その証拠に、エイミーも首を縦に振って頷いた。
しかし、このエイミーが同僚に対して暴力行為とは……口は悪いが、暴力まで振るうとは到底思えない。
「……実を言いますと、わたくし、養子なんです」
「養子?」
「ええ。門の前に捨てられていたわたくしを拾ったのが、ベルモット家の当主……つまりはわたくしの父なんです。わたくしはあんまりにも小さかったのであまり覚えていませんが」
それは驚きの新事実であった。
見た目、そして性格からして生粋の貴族の娘かと思っていたが……まさか、養子だったとは。
「わたくしは両親に感謝しています。姉達にも兄にも。こんなどこの馬の骨とも知らないわたくしをあの方々は受け入れてくれたんです。だから、わたくしはベルモット家の名を汚すようなことはしたくはなかった。だから、頑張って頑張って……その甲斐があって、騎士学校の卒業試験を主席で合格することができしました」
それは噂で知っている。
騎士になりたい者を集め、それを教育し、訓練させる騎士学校。その厳しさは過酷そのもので、何百人もの騎士見習いが騎士の道を諦める程と言われている。
その卒業試験。彼女は見事、主席で合格し、白騎士団へと入団したのだ。
「白騎士団に入ってからのわたくしは、とにかく手柄を立てていきました。それがベルモット家の娘としてやるべきことだと思ったからです。そして、そんな自分の判断は正しいと確信していましたわ。おかしな話ですわよね。いくら主席で合格したからといって、世の中の全てが分かるわけではないというのに。他人から見れば、わたくしはただの我が儘娘に見えたでしょう」
エイミーの顔は笑っていた。しかし、それは自らを嘲笑しているかのようにギンには思えた。なんて自分は馬鹿らしいんだろう、と。そう言いたげな顔つきだった。
「そんなわたくしを嫌ってか、他の団員はわたくしを避けていましたわ。任務に行くと、わたくしはいつも単独行動で、誰とも組むことはなかった。そして、それが意図的だったと知ることもできました。別に寂しかったとか、そういう事がいいたいんじゃありませんのよ? 単独で動くことによって、わたくしも動きやすかったですから」
けれど、とエイミーは否定的な言い回しで続ける。
「単独行動で手柄を立てていくわたくしを一部の団員達は好ましく思わず、わたくしを陥れていったんです。わたくしに嘘の命令を聞かせたり、嫌がらせをしたり、挙句わたくしを挑発させたりして……そのせいで、わたくしは白騎士団を追い出されました」
「それをしてたのが、セリアって奴か」
エイミーは何も返事を返さなかったが、しかしその答えはイエスなのだろう。
竜騎士団に入ったエイミーにわざわざちょっかいを出してくるということは、それくらいの嫌がらせくらいするだろう。
全く、女という生き物は本当に恐ろしいものだ。
「白騎士団で最後の任務で失敗した時、わたくし言われたんです。『親が力を持っているからって、調子に乗ってるからよ』って……それを聞いて、わたくし頭にきてしまって……」
それはそうだろう、とギンは思う。
エイミーはギンから見て、親の力を頼るような人間ではない。そんな人間ならば、試験の時にあそこまで頑張ることなどできはしなかった。彼女は彼女なりに努力し、奮闘し、頑張ってきたのだろう。それを親が大貴族だという理由にすり替えられてしまったら、腹が立つのは尤もだ。
「それで、ついカッとなって手が出てしまった、と」
「はい……」
なるほどな、と呟きながらギンは納得する。
「……わたくし、気づいたんです」
「何に?」
「あの時、わたくしがやらなくてはならなかったことは、手柄を立てることでも、一人で頑張ることでもない。他人を思いやることだと……それが分かっていながら、わたくしは、また同じ事を繰り返してしまった」
その通りである。
白騎士団にいた時、エイミーが少しでも他人を思いやる気持ち、分かり合おうとする気持ちがあれば、そんなことにはならなかっただろう。
しかし、それができなくて、彼女は今、ここにいる。
「別にいいさ。さっきも言ったとおり、あれが正しい反応だ。それを自制できたら、大人だがな」
「それは、わたくしが子どもだと言いたいのですか?」
「実際そうだろう? 俺から見れば、お前さん達は青二才のガキだよ」
言うと、エイミーはぷくっと頬を膨らませながらギンを睨む。子供扱いするな、と目で訴えているのだろう。それに対し、ギンは微笑しながらエイミーに質問をする。
「なぁ、エイミー。お前さん、ディストのこと、どう思ってる?」
瞬間、「ぶは!?」とむせ返るエイミー。何だその反応は、と突っ込みたくなるような見事なリアクションだった。
「な、ななな、何を言っているんですの!! べ、べべ別にそのような感情は……!!」
「いや、ディストの人間性をどうかと聞いただけなんだが……」
言われて、ハッとなるエイミー。と同時に赤面しながら、ゴッホンとわざと咳き込む。
さっきの反応は……見なかったことにしよう。
エイミーは明後日の方向を見ながら、ディストの印象を口に出していく。
「ま、まぁ? 礼儀知らずで、口が悪くて、俺様主義で、見てると何だかムカッときて、やることなすことがわたくしの勘に触って、デリカシーとか考えたこともないだろう野蛮人で……」
……凄い言われようだな、ディスト。フォローが一切ないって……ホント、ディストを嫌っているんだなぁと思っていたが。
「……ですけど」
「けど?」
「……背中を預けるくらいは、信用してますわ」
不意の一言で、印象がまるで違ったものになる。
「……どうしてそう思う?」
そう問うギンに、エイミーは笑いながら答える。
「彼は野蛮人ですが……戦闘に対する技能は確かなものです。正直、わたくしよりも上です。けれど、それだけではありません。彼は言ってくれたのです。わたくしは家柄に頼ることはない、と。恥ずかしい話ですけど、わたくしにはそれがとても嬉しかったんです」
言葉通り、少々照れくさそうにエイミーは言った。
その言葉を聞き、ギンは驚いていた。
何故驚いていたのか。それは、彼女とディストが思っていることが同じだからである。傍から見るといがみ合っているだけのようだが、実際の心内では互いが互いを信用している。
二人の仲の悪さはどうにかならないか、と思っていたがどうやら杞憂だったらしい。
全く、喧嘩する程仲が良いとは、よく言ったものである。
「……あの、団長。何笑ってるんですか? 気持ち悪いですよ?」
「ん? そうか?」
「はい。もうこの世の生き物としてどうかと思うくらい気持ちが悪いです」
「エイミー。お前さん、ホントその口の悪さどうにかした方がいいぞ? いつか後ろから刺されるからな?」
白騎士団で他の団員がどのような気持ちだったのか。ギンは少しだけだが理解できたような気がした。
そうして、二人は皆がいる小屋へと戻っていった。




